第五十四札 じゃぱんどーる!! =市松人形=

まえがき

咲紀の母親である千夏の実家を訪れた利剣。

「咲紀さんを俺に下さい!!」

葉ノ上家でも叫んだ事をまたもや叫ぶ利剣。

「咲紀はお前みたいなどこの馬の骨とも分からん者にはやれん!」

「確かに! この世界では戸籍の無いどこの馬の骨ですがぁぁ!?」

次はどの家で娘さんを下さいと叫ぶつもりなのか!?

※嘘です。 おふざけです。



















「こちらへ」


 道着姿の三十代の男が抑揚よくようのない短い言葉を発して俺を館へと招き入れてくれる。


 短く刈り込んだその男の後頭部と廊下から見える風情のある中庭を交互に眺めながら後についていくと、やがてある部屋の前で足を止めた。


「ご隠居様、客人をお連れしました」



 ご隠居様?

 つまり咲紀の祖父と祖母だろうか?


「……入れ」


 室内からご隠居と思われるしわがれた声が聞こえて「失礼いたします」と膝をついた男がふすまをそっと引いた。


 畳が敷き詰められたやたら広い和室に高い天井。

 部屋の奥側が十センチ程高くなっており、そこに二人の老人……お爺ちゃんとお婆ちゃんがそれぞれ落ち着いた色合いの和装に身を包んで胡坐あぐらと正座で座っていた。

 どちらも細身で、お爺ちゃんは細く長い顎鬚あごひげを生やしているのが印象的だ。


「ええと……」


 入室していいものかどうかを悩んで襖を開けた男を見てみたが、膝をついて頭を下げたままの姿勢でいるので尋ねようがない。

 まぁ、男からしたら権力者なのかもしれないが、俺からすればただの咲紀の爺ちゃんと婆ちゃんだ。

 正座をしたり頭を下げる必要もないかななんて軽い気持ちで「失礼します」と和室に足を踏み入れた。

 勿論畳のへりは踏まないが。


 物怖ものおじせずに部屋に入る俺をジロリと品定めをするかのように俺を見て、爺さんが口を開く。


「ヌシ、名は何と言ったか?」

逢沢利剣おうさわ りけんです」


 俺の名前を聞いた爺さんが隣を見るが婆さんは目を閉じて首を横に振った。

 何なんだ。


わしは現当主の先代、野島隆雲のじま りゅううんじゃ。当主である隆臣が不在の為本日は変わって儂が用向きを聞こう。立ち話も何じゃからそこに腰かけると良い」


 隆雲さんがそう言うと、室内にいた他の男が座布団を俺の傍にそっと置いてくれたので「どうも」と礼を言って腰を落として二人を交互に見る。


「玄関でも言いましたが、実は野島さんに、野島咲紀さんの件でお力添え頂きたく本日はご無礼を承知で突然訪問させて頂きました」

「咲紀……力添え……とな」


 咲紀の名を出した時、隆雲さんとお婆ちゃんの表情に一瞬翳かげりが見えたような気がした。


「それは如何いかな理由でじゃろうか?」

「え、如何な……って……」


 孫が実は生きているかも知れなくて、力を貸してくれれば助かる可能性があるという事以外の理由なんて必要なのか?


「お孫さんが助かるんですよ? それ以外に理由なんてありませんが……」

「儂らに孫などおりません」


 俺の言葉を聞いて突然口を開く婆さん。

 その目はひどく冷たかった。


千夏ちなつさんのご両親である貴方がたの力が必要なんです。どうか、千夏さんの娘さんの為に力を貸してもらえませんか……?」


 俺は胡座のままで深々と頭を下げる。

 ここで俺が事を荒立てたら得られる協力も得られなくなるしな。


「先程さかえが言った通りじゃが儂らに孫はおらぬし、娘の千夏も二十四才の時に亡くなっておる」


「……」


 二十四才。

 千夏さんが明晴あきはるさんと駆け落ちをした年齢だ。


「さて、話は以上かな? ではお引き取り願おう」


「ま、待って下さい! 俺には野島さんの家のしきたりとか、勘当した人間の扱いとかは分かりませんが! それでも家族なんですよ!?」

「お引き取りを!」


 部屋にいた男が俺の腕を掴んで来たが俺はそれを振り払って話を続ける。


「お願いします! 一人の女の子の人生が掛かってるんです!

 その子はたった一人で三年間眠り続けて、今もまだ世界に置き去りにされているんです……!!」

「ご隠居様の御前おんまえです! お帰りを! 誰か! 誰か!!」


 なかなか退室しない俺に痺れを切らした男が応援を呼ぶと襖が開き男が二人、追加で入ってきた。


「やめろ! 話は終わっていないんだ!」


 ここまで事が大きくなってしまうと落ち着いて話をすのはもはや無理だと判断し、俺は必死にあらがう。


「せめてっ……! せめて今の当主に話をさせてくれっっ!」


「逢沢……と言ったか。それも無駄な事じゃ。儂の発言は現当主の発言も同じ。諦めよ」

「諦め……! 諦められないんだよ! ここで諦めたら咲紀が……咲紀がぁ!」


「いい加減にしないと警察を呼ぶぞ!」


 二人の男が俺の両腕を掴み持ち上げる。

 

「やめろ! 離せよ!」

「黙れ!」

「ぅぐっっ……!」


 三人目の男が俺の腹部に正拳を打った事で鈍い痛みが走り、呼吸が満足に出来ず言葉が詰まってしまう。


「手荒な真似をさせるな!」

「俺はっ……!」


 抵抗しようにも両手両足を担がれて為す術もなく部屋を追い出されようとしたその時。


 カッッ……。


「うん?」

「なっ……!」


 庭の方から和室へと投げ込まれた黒い塊。

 丸い形をしていて、白い煙を吐き出している。


 それを見た男たちが血相を変えて慌てて俺から手を放す。


「ご、ご隠居様を!!」

「はっっ!」


 他の事には目もくれず三人は老人二人の前に全速力で移動して守るように覆い被さる。


「な、何事じゃ!」


 状況がいまいち把握できていない隆雲が男達の無礼な振る舞いに非難の怒声を上げた時。


 ブシュウウウゥゥゥ!!


 黒い塊から大量の煙が噴き出し、辺り一面が白一色の世界に包まれた。


「ぬぅ、煙幕か!」

「何奴!」

「誰ぞ! 誰ぞおるか! 侵入者だ!!」


 視界は見えないがバタバタと廊下から人が走ってくる音が聞こえ、俺は四つん這いで部屋の隅へと移動した。


「な、なんなんだ……? まさか椎佳の援護射撃……?」

「違います……よ」


 突然隣から聞こえたか細い声。


「えっ!?」


 驚いた俺が振り向くと、そこにいたのは市松子いちまつこだった。


「い、市松子……!」


 事態が把握できずつい心の中で命名した名前で呼んでしまったが、市松子は気にした様子もなく人差し指を口元に立てた。


「もうすぐ煙……晴れ……ます。もう少しこの場で、抗って下さい」

「あ、抗うったって、何をどう抗えば……」


「侵入者とあの客人はどこだ!?」

「探せ! それと煙玉を外に蹴り出せ!」


 シュゥゥゥ……。


 煙玉が吐き出す煙が徐々に勢いをなくし、それと同時に視界が少しずつ晴れていく。


「これ……、どうぞ」

「こ、これは……」


 市松子がそっと俺に差し出した物。

 それは木刀だった。


「使って?」

「え、でもこんな物を振り回したら……」


 躊躇ためらう俺の目の前にそっと木刀を置いた市松子。


「いたぞ! 隅だ!」


 煙が大分晴れ、一人の男が俺を指差し叫んでいる。


「野島家に討ち入る等、不届き千万! この場で処してくれる!」


 え、いや……俺は討ち入ってないんだけど!?

 全部市松子がやった事なんだが!!


 と、問答無用で男が棒で突きを放ってくる。


「うわっ!」


 カッッ!


 驚いた俺は咄嗟に手に取った木刀で棒の突きを跳ね上げてしまう。


「こいつ、武器を持っているぞぉぉ!」


「ご隠居様の命を狙うつもりぞ!」

「何だとぉ!? ご隠居様を早く安全な所へお連れせよ!」

「各々に武器を取れ! 抵抗するならば構わん! やれ! 後はどうとでもなろう!」


 何かとんでもなくひどい事を言ってるぞ。

 事態がどんどん悪くなっていく。


「やるしか……」


 市松子が畳を蹴って前へと飛んでいく。


「なっ……!? うごぉ……!!」


 棒を持っていた男が鳩尾に正拳突きを叩きこまれ、棒を落として崩れ落ちる。


「な、何でこんな事になるんだぁぁぁぁ!?」


 俺が叫び声を上げた時、煙玉がその役目を果たしてただの玉になる。


「逃れられんぞ! 賊め!!」


 木刀、薙刀、槍にトンファー。

 俺と市松子は全方位、十数人の武装した男どもに取り囲まれていた。







あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

巻き込まれ主人公の本領発揮です。

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