第五十二札 ろっくはんど!! =岩手=
まえがき
「利剣ってさ」
「何だ? 咲紀」
「館の主ってだけで、何の役にも立ってないよね」
「ひ、人が気にしてる事を……。け、ケーキ買ってきたじゃないか!」
「咲紀食べてないし、食べられないし……」
「ぐはっ……!」
「この家だって、咲紀のお父さんとお母さんの家だよね……」
「そ、そうだと思います」
「咲紀がもし甦ったら……どうなるのかなぁ?」
「え、ヤダ怖い……この子そんな事考えてたの……!?」
「住みたい?」
「す、住みたいです」
「どうしよっかなぁ……」
「俺はこの子を甦らせていいんだろうか……!」
※嘘です。
「で……本当に来ちゃうんだもんなぁ」
駅のホームに降り立った俺がしみじみと呟く。
「まぁまぁ。面倒な事は早い方がええって言うし」
俺の後に続いて電車を降りた
「で、何処見て回る? 盛岡八幡宮とか? お昼はわんこそばか盛岡冷麺悩むわぁ……」
「観光に来たんじゃないからな!?」
「そ、そうですよっ……」
椎佳の後に電車から降りた
「ちぇー。でも時間が余ったら美味しいモンは食べたいやん? そういうのもあって流那を連れて来たんちゃうん?」
「むぅ……」
結局家に居ても
勿論野島家が黒幕じゃないという確証はないが、そもそも咲紀の両親を殺した犯人が野島家なら
そして椎佳の言った事も的を得ている訳で。
流那には月の公休をちゃんと与えているもののこういった外出・旅行関連を全くさせてあげられていないという引け目が少しあって今回は連れてきた。
いや、別に外出させてあげられてないと言っても監禁している訳じゃないから自由に出かけてもらっていいんだけどさ。
ただ、何と言うか俺と咲紀のドロドロした事件に巻き込まれて一人で旅行や遠方に行こうものなら人質として
流那もそれを分かっているのか一人で出かける際は必ず俺か静流に行き先を伝えて、俺か椎佳がついて行くようにはしている。
今回については椎佳と俺がいるという事で流那に長期休暇を与えて、ここ岩手まで足を伸ばしたという訳だ。
「まぁ、椎佳の槍の腕前は俺も知ってるから俺一人で野島家に行けるっちゃ行けるけどさぁ……」
「そう? 利剣がそこまで言うならウチと流那は盛岡観光に――」
「そ、それは危ないですよっ……」
一人にしたら一番危ない子に心配される俺。
後、そこまでして観光に行ってこいなんて言ってない。
「はぁ……、とりあえずもう正午だから昼ご飯を食べてから玄武管轄所まで行くか」
「はいっ」
「よっしゃ! 駅の近くで盛岡冷麺が食べれるみたいやで! 行こ行こ!」
椎佳の一存で俺達の昼飯は盛岡冷麺になってしまった。
俺、辛いの苦手なんだけどな……。
苦手ではあるんだがやはり「ご当地」と言う魔法の前には勝てないようで、その土地に来たら名物を口に入れておかないと損した気持ちになる。
「盛岡冷麺って……あの赤いスープのでしょうか……?」
速足で移動する椎佳の背中を追いながら流那がヒソヒソと俺に囁いてくる。
「そうみたいだ。あの辛そうなヤツだ」
「ふぇぇ……流那、辛いのは苦手なんですよ……」
仲間発見。
「多分盛岡冷麺の他にも何かメニューはあるはずだから、その時に別なのを食べればいいと思うぜ」
「は、はいっ……」
「早よー! こっちこっちー! ウチ腹ペコやー!」
遠くから関西弁が聞こえる。
椎佳よ、東京もそうだったがここはもはやお前の敵地だぞ。
現に関西弁が珍しいのか、腹ペコと
「は、はいぃっ!」
椎佳の催促を受けてとたとたと小走りになる流那。
「はぁ……俺も行くか……」
(男なんやからレディの荷物は持ってあげるべきや! 体も鍛えられるで!)
そう言われて自分の荷物に加えて流那と椎佳の荷物も持った俺は文字通り重い足取りで二人の後を追いかけた。
・ ・ ・ ・ ・
「申し訳ありません。野島管轄長は本日休みを取られております」
昼食後、玄武管轄所を訪れた俺に受付の女性が淡々と答える。
どうでもいいけどまだ舌が辛さでピリピリする。
「ご自宅にいるんですかね?」
「申し訳ありません。個人情報については一切お答え出来ません」
そうだよな。
さすがに教えちゃくれないか。
「なぁ、おねーさん。ウチら野島さんの知人やねん♪ そこをちょっと連絡を……」
「申し訳ありません。個人情報なので……」
お前はどこのチンピラだ。
これ以上関西のイメージを悪くするんじゃない。
「行くぞ、椎佳」
「でもアニキ……」
誰がアニキだ。
お前分かってて受付のお姉さんに絡んでるな?
分かったよ、お前の悪ノリに乗ってやるよ。
「いいから行くぞ!」
「姉ちゃん、また来るでぇ」
「し、失礼いたしましたっっ!」
流那だけは去り際に深々と一礼をして後をついてくる。
「……は、はい」
ポカンと呆れるお姉さんの視線を背に受けながら俺達は管轄所を後にした。
「おいぃぃ! 変な事すんなよ!」
「いやー、不愛想やし暇やったもん」
「あの不愛想はああいう仕事なんだよっ!」
「デパートのサービスコーナーのお姉さんはもっと愛想いいで?」
「営利と非営利を混ぜるんじゃねえよっ!」
「まぁ、分かっとったけど」
こいつ。
まぁ待て。
こりゃ真面目に返してたら疲れるやつだ。
しかし初日から会えないとなると、
「はぁ……。まぁこういう事も想定して何日か宿泊の予約をしてはいるけど……」
「まさか……利剣と一緒の部屋?」
「ああ。節約の為に三人一部屋だぜ」
ここで俺は椎佳にからかわれた仕返しに嘘をついてやる。
すると、椎佳だけに仕返ししてやるつもりだったのに俺の発言を聞いた流那が困った顔で俺に
「えぇっ……それは……困ります……」
「うわぁ、流那もウチもドン引きやわ」
「まぁ、嘘だけどな!」
「良かったです……」
「ホンマ良かったわ。
流那の心底安心した表情を見ると、本当に
こんな言葉遊びをするために盛岡冷麺を食べたんじゃない。
ってか椎佳は疾女で俺を突き殺すつもりだったのかよ。
「ほんじゃ、とりあえずホテル? 旅館?」
「駅近で取ったからホテルだ」
「荷物預けて、観光やな!」
「……そう、だなぁ……」
観光してる場合か!
とは思ったものの管轄所にいないんじゃしょうがない。
そう思った俺は渋々椎佳の提案に同意する事にした。
荷物も重たいし。
・ ・ ・ ・ ・
ピリリリ……!
ピッ……
「もしもし……、はい。目標を発見しました」
(~~~! ~~~~~?)
「分かりました。ひとまず尾行して接触を図ります」
(~~! ~~~~!?)
「お任せ下さい。全てぬかりなく……」
(~~~!! ~~~~!!)
ピッ……
「逢沢……利剣……見つけました」
・ ・ ・ ・ ・
スマホのメッセージ受信音が鳴り、
(盛岡観光なう)
「はぁ……」
盛岡八幡宮をバックに椎佳と流那がピースしている写真が送られてきたのを確認して静流がため息をついた。
「あらぁ、椎佳から?」
和室でお茶を啜っていた彩乃がメッセージ内容を尋ねてきたので静流はそっと写真を見せた。
「あらあら、盛岡八幡宮ねぇ。最近のカメラは綺麗に撮れるわねえ」
「えっ? 椎佳? どれどれー?」
写真を眺める彩乃の隣にふよふよと飛んできて送られてきた画像を見る咲紀。
「わー! すっごぉい! これお寺?神社?」
「盛岡八幡宮は神社よお」
「へぇー……!
咲紀の問いかけに、窓の傍で本を読んでいた屍が咲紀をチラリと見て「いや、私はいい」とだけ答えて再び読書を続ける屍。
「屍は何を読んでるの?」
彩乃の傍を離れて屍の方へと向かう咲紀。
咲紀が屍の隣まで近づいて本に目を落とすが、昔の文字だった為読めなかった。
「よ、読めない……」
「そうか。これは利剣の書物庫にあった本なのじゃが……」
そう言って屍は本を閉じて表紙を見せる。
「この館に昔からあった本のようじゃ。利剣は住んだ時から置いてあったと言っていたが……そんな事があるものなのかのう?」
「あぁー……利剣もよく分からないままいきなり所有者になったみたいだしねぇ……」
「よく分からないままいきなり所有者に?」
「あ……」
ついうっかり口を滑らせた咲紀が慌てて静流を見る。
静流も咲紀を見てから、そっと彩乃を見る。
「逢沢さん、いきなりお屋敷の所有者になったってどういう事かしら?」
「お、お父さんから何も聞いていないのですか……!?」
静流の問いにコクリと頷く彩乃。
「咲紀? 利剣がここにいきなり所有者になった経緯を聞かせてもらえんかのう?」
「え? ……あ……それは……」
ニコリと冷たい笑みを浮かべる屍。
「静流? お母さんもその話に興味があるのだけれど……」
「そ、それはお父さんに…」
ゆっくりと立ち上がって静流の傍に歩いてくる彩乃。
「し、静流さんごめんっっ!!」
ビュンッッ!!
「あっ、咲紀、待たぬかっ!!」
捕まらない、壁を抜けられるのをいい事に咲紀が天井へと飛びあがってそのまま二階へと逃げて行った。
「さ、咲紀さんっ!? くっ……」
静流も彩乃から逃れんと和室の戸に手を掛けようとする。
「逃がしませんよ?」
静流の肩にスッと薙刀を乗せる彩乃。
目は笑っているが心は笑っていない。
「もはや……これまで……」
戦に敗れたサムライのように。
静流は畳の上に力なく膝をついた。
あとがき
ここまでお読み下さりありがとうございました。
前半と後半の間に何やら不穏なやり取りが。
皆さんお待ちかねの事件ですね。
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