第五十札 まざー!! =母親=

まえがき

鳩尾に一撃を食らいうずくまる利剣。

気が付けば朝になっていた。

※嘘です。本編は翌日になっていますがちゃんと規則正しい一日を過ごしています。多分。







「おはようございます、利剣りけんさん」

「おはようございますっ!」

「おはよう、静流しずる流那りゅな


正直な所まだ布団に潜っていたいが、今日はそういう訳にもいかない。


「利剣さんに先日お伝えしましたが、今日は私と椎佳の母がこちらに来ますので……」

「ああ、覚えてるよ」


そうなのだ。

今日は双子の母親である彩乃あやのさんがここに来る日だ。

宮古みやこさんや静流が「母ならもしかすると」という評価をしている所からすると法術師としてはかなりの実力者なのだろう。

ちなみに彩乃さんの知り合いに呪術士がいないかを静流が聞いてくれたみたいだが返ってきた答えは「何人かアテはあるけれど、咲紀さんの事は公にしない方がいいのでは? そう言った点からすると紫牙崎しがさきさんのお嬢さんが適任と思う」との事だったそうな。

まぁ、今は誰が敵なのか分からない状態だから咲紀の存在を知る人間は少ない方がいいという判断には賛成だ。


「ところで静流のお母さんってどんな人なんだ?」


名前はちょくちょく聞いてはいたが、どんな人物なのかが全く想像がつかない。

れんさんがだから、彩乃さんもさぞかし破天荒なのではないだろうか。


「いやー母さん! 久々やなぁ!」

「あらー椎佳ぁ! アンタも元気そうで何よりやわぁ~! ちゃんと食べとるんかぁ?」

「お陰様で毎日食っちゃ寝やわ♪」

「ホンマ、ええ加減にしとかなアカンでぇ?」


……強烈だな。

ダブル関西弁はやばい。


「あの、聞いてますか?」

「えっ? あ、すまん。ちょっと世界の終わりについて考えていた」

「はぁ……」

「で、すまん。なんだっけ?」

「母がどんな人か、と尋ねて来たのは利剣さんなんですが……」

「あぁ! そうそう!」


静流が呆れたような、俺に対して何かを諦めたかのような目で見てきたのでわざとらしく声を上げて誤魔化してみる。


「で、どんな人なの?」

「はぁ……。母は一言で言うならば、大和撫子みたいな人ですね」


誤魔化し成功。

いや、実際には失敗しているんだけど俺という人間がこういう奴だから仕方ないといった感じで許容してもらえていると言った方が正しいんだが。


「大和撫子、だと……? じゃあ椎佳は漣さんに似てるって事か」

「突くで?」


カフェオレを飲みながら空いた手の方で槍を突くジェスチャーをしてくる恐ろしい奴。


「椎佳の目元は母親譲りなんですが……」

「静姉、ウチの目以外は!?」


やや垂れ目の椎佳が姉の評価に異議を申し立てたが、静流はそれを無視して食事を摂る。


「どのみちもうすぐ会えますので……」

「そう、だよなぁ」


予定では昼頃には着くと聞いた。


「ご馳走様」

「あっ、はいっ!」


カチャ……とシルバーを食器の脇に添えた屍が手を合わせて席を立った。

シルバーと食器類をいそいそと下げる流那。


「あ、屍は彩乃さんを知っているのか?」


俺の問いかけに屍はチラリとだけ目線を移し、


「名前を知っている程度じゃな……。さて、私は地下室を見てくる」


とだけ言って食堂を後にした。

そのやり取りを見ていた椎佳が残っていたパンを口に押し込み、カフェオレで流し込んで慌ただしく席を立った。


「ごちそーさん!!」

「椎佳、もっと行儀よく食べなさい」

「ごめん! ウチも地下室見てくるわ!!」


静流の注意もほどほどに、屍の後を追って食堂を後にする椎佳。


「もう……」

「まぁ、何だかんだで咲紀の事が心配なんだろう。まだ屍とは距離があるけど……」

「そうですね。私もまだ完全に信じてはいませんが」

「これは手厳しい」

「利剣さんや流那さんがお優しすぎるからです。お二人が甘い分私や椎佳が厳しく見ないとバランスが取れないでしょう?」

「ふぇ……」


俺と流那を茶化すように言ってからクスリと笑う静流を見ていると、実はそこまで屍の事を信じていない訳でもないのかも知れない。


「さてと……昼までまだ時間があるし、二度寝でもするかな……」

「だ、ダメですよぅっ!」


俺の冗談を真に受けた流那が困った表情で首を振る。


「ははっ、冗談だよ。昼前まで時間があるから暇だなぁと思ってな」

「も、もぉっ……」


流那をからかって反応を楽しんでいる俺に、静流がニッコリとほほ笑んだ。


「あら、お暇でどうしようもないのでしたら男湯の掃除等の作業もありますが?」「お、おう……?」

「他にもお庭の雑草むしりとか、利剣さんのお部屋の掃除機がけなど、時間を潰す作業ならたくさんありますよ」

「俺、一応雇用主なんだけどっっ!?」

「ふふっ、冗談ですよ」


流那の敵討ちと言わんばかりに俺をからかって弄ぶ静流。


「ふぇぇ……」

「利剣さんっ、流那の真似をしないでくださぁいっ……」


あ、「ふぇぇ」が口癖だという自覚はあるんだな。


「さて、と。風呂掃除くらいは手伝うかな」

「えっ……? 冗談ですよ」


立ち上がった俺に動揺した様子の静流が両手で俺を留めようとする。

それに対して俺はゆっくりとかぶりを振って静流に微笑みかけた。


「いやいや、手伝うよ。……女湯の掃除でいいか?」


ふはは!

からかってきた静流へ、俺は渾身の仕返しをお見舞いしてやったぜ。


「……ねますよ?」

「何を!!!?」


結局。

朝はそんなやり取りから始まり、男湯の風呂掃除で俺の午前中が過ぎていくのだった。




 ・ ・ ・ ・ ・




「初めまして。葉ノ上彩乃はのうえ あやのと申します」


そう挨拶をして綺麗なお辞儀をする目の前の黒髪ロングストレート着物美人。

目元が椎佳に似ている……いや、彩乃さんの目元が椎佳に似ているのか。

静流の母親だけあって目鼻顔立ちが非常に整った、いい年の取り方をした女性だ。


「よ、ようこそ! 逢沢利剣おうさわ りけんです!!」


漂う妖艶ようえんな雰囲気にどぎまぎしてしまい、つい声に力が入ってしまう。

なんだこの女性、反則だろう。


「い、いやぁ! 実にお美しいですね!」

「あらあら、こんなおばさんに……」


口元を手で隠し、困った様に微笑む彩乃さん。


「そんな事ありませんよ!」

「利剣、利剣」


ちょいちょいと俺の袖を引っ張る椎佳。


「ん? 何だよ椎佳」

「父さんに刎ねられるで」

「だから何をだよ!?」


お前ら姉妹で今それが流行ってるのか。

いや、しかしながら彩乃さんに色目を使おうものなられんさんにバッサリられるな。

深入りはやめておこう。


「もう……。お母さん、利剣さんをからかうのはその辺りで……」

「あら、からかってないわよ?」

「母さん、それも問題発言やから……」

「あら? 貴女が野島咲紀さん……かしら?」


彩乃さんが玄関の隅にいた咲紀を見て、ニッコリと笑いかける。


「は、はいっ! 野島咲紀です!」


咲紀が元気よく返事をしたのを受けて一度だけ頷く彩乃さん。


「お若いのに、今までよくお一人で頑張りましたね。いい結果になるように全力を尽くしますから」

「は……はいっ! お願い致します!」


そう言ってお互いにお辞儀をする二人。


「ほな母さん、こっちや」

「地下室に案内しますね」

「あら……」


姉妹に挟まれて館の中へと連行されていく彩乃さんと、後をついていく咲紀。


「あっ……待ってっ……おいて行かないでっ……!」


玄関に取り残された俺は慌てて四人の後を追った。



地下室に降りると、先に屍がスタンバイをして咲紀の体の横に立っていた。


「……初めまして。紫牙崎屍しがさき かばね……です」

「あら、貴女が紫牙崎さんの所の……。お名前は伺っております。葉ノ上彩乃と申します。」


さすがに年上の女性に「紫牙崎じゃ」とは言いにくかったのか少しの間をあけて普通に自己紹介をする屍。

彩乃さんも友好的に屍に話しかけているし、椎佳や静流と違って安心して眺めている事が出来そうだ。


「それにしても……。かなり複雑な術が施されているわねぇ……」


周囲をぐるりと見渡した彩乃さんが頬に手を添えて困ったような声を上げる。


「一目見て、分かるの……ですか?」


喋りにくそうな屍の口調が非常に気になるが。

屍が驚いた顔をして彩乃さんに尋ねる。


「御免なさい。ズルをしたつもりはないのだけど……、事前に静流からどんな効果の法術かは聞いていたのよ。正直な所、実際に見るまでは半信半疑だったのだけれど……。これは相当高度な術ねぇ……」

「そうなんです。法術に呪術も織り交ぜておる……いるようなん……ですが、なかなか打開策が浮かばなくて」


屍が非常に喋りにくそうなのが気の毒だ。

椎佳も屍の口調がツボに入ったのは吹きだすのを堪えているのか、微妙な顔をしている。


「これは紫牙崎さんと二人でゆっくりと解読していかないとダメかも知れないわねぇ……」

「勉強させて頂きます」


「それじゃあ、まずはこの術式から読み解いていきましょうか」

「お、お願いします!」


こうして、俺達を置いてけぼりにして彩乃さんと屍の解読作業が始まるのだった。

どうでもいいけど俺って、全然役に立ってないよな。








あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

気が付けば毎日更新で五十話まで書くことができました。

文才もなく、テンポも悪いですが書き続けていきたいと思います。

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