第四十七札 すとぅらてじすと!! =策略家=

まえがき

商店街はまさに死の街と化していた。

至る所で炎が燃え上がりシャッターや窓は壊され、品物を奪い合う人々。

怒声や悲鳴が飛び交う中を駆け抜けた利剣は目当ての照明器具を見つけた。

だがその照明器具は……!!

※本編と全く関係ありません。






「買ってきたぞー」


 俺が延長コードと小型の投光器とうこうきを持って戻ってくると、流那りゅなに加えて椎佳しいかが物置に置かれていた箱に腰かけていた。


「お帰りー」

「お帰りなさいませっ!」

「あれ椎佳。上がってきたのか。他は?」


かばねはずっと解読作業。静姉しずねえはそれの監視で、咲紀さきは体とにらめっこしとるわ」

「そっか。んじゃあ俺は明かりを届けてやるとするか」

「気ぃつけてなー」

「お気をつけてっ……」


 一仕事終えたかのように手だけをヒラヒラと振る椎佳と心配そうな眼差しを向けてくる流那を後に、俺は再び地下室への梯子はしごに足をかける。


「あ。後で宮古みやこさんがこっちに向かっているらしいから、来たらここへ案内を頼む」

「わ、わかりましたっ」

「えっ、宮兄みやにいここ来るのん?」


 宮古さんの名を聞いて箱からパッと立ち上がる椎佳。


「ああ、来る」

「後でウチも地下室に行くわ」

「お、おう」


 お前は人を見て動きを変えるなよ! と言ってやりたい。


「じゃあ行ってくる」

「はいっ」


 こうして俺は投光器を片手に一段、また一段と地下へ向かって降り始めた。


「ただいま。これで明るくなるだろう」


 地下に降りた俺がスイッチをオンにすると、投光器が明るく点灯し、室内が明るくなる。


「お帰りなさいませ」

「うむ、ご苦労……」


「何か分かった事は?」


 戻るなり早速俺は気になった事を静流に尋ねてみる。


「はい。咲紀さんのお体ですが大きな傷などは見当たらず出血箇所も不明なくらい綺麗な状態でした。残念ながら利剣さんが見ることはご遠慮頂きたいのですが」

「見ねえよ」


 何か皆の中で俺はスケベキャラになりつつあるようだ。

 誠に遺憾である。


「なので衣類に付着していた大量の血液ですが、咲紀さんの血液なのか第三者の血液なのかはいまいち特定できませんね」

「なるほどな……」


「あとは脈や心臓の活動は見られず、綺麗な状態ではあるものの生命活動は停止しているみたいです。……ですが……」

「ですが?」


 そう言って静流がチラリと屍に視線を移したのでつられて俺も屍を見る。

 屍がふぅ、とため息をついて俺の方へ向き直った。


「今は生命活動を停止させておるようじゃが……もしかしたらもしかすると知れんの」

「もしかしたら?」


 俺の言葉に屍がコクリと頷いて話を続ける。


「効果があるのか分からぬが……いや、これだけ綺麗な状態なのじゃから効果はあるのじゃろう。虫避けの札に法力の流れを遮る札……そして対象の時間を止める札に法力を循環させて体を治す札なんてのも貼られておるようじゃ」

「すげぇ……。万能じゃないか」


 驚いた俺に屍も頷く。


「うむ。体内の法力を消費し続ける事で、傷を治す札についてもかなりの驚きなのじゃが対象の時間を止める札などという効果、法術界に発表出来ぬぞ……」

「まぁ、聞くだけでやばそうだな」


 相手の時間を止めるというのがどれくらいの時間と範囲なのかは分からんが、時間系の特技はどんな世界でもチートクラスの強さだよな。


「しかし驚かされるのはそれだけではなく、この術を使った者の才能じゃな。法術の知識量もさる事ながら術の至る所に呪術を練り込んであるという……まさに私が目指しておる高みの技じゃぞ……」

「野島千夏ちなつさん、なんだろうか?」


「恐らくは……の。じゃが残念な事に解読は出来てもどうやれば咲紀の魂を体に戻すのかが皆目見当もつかぬ……」


 目を伏せ、指の爪を噛んで悔しがる屍。


「あ、それならこっち系に詳しそうな助っ人を一人、呼んであるぞ」

「ん?」


「りけーーん! 宮兄来たでぇー!」


 地下室の上から椎佳の大きな声が降ってきた。

 実にナイスタイミングだ。


「宮古さーん! 足元気をつけてくださいねー!」

「宮古……?」


 俺が注意を促したのを聞いて、屍が反応して声を漏らす。


「ん? 知ってるのか?」

「まぁ……ちと、な」


 反応が気になって聞いてみると屍が目をそらして言いにくそうに答えた。


「ふぅん?」

「こんな地下室があったなんて……」

「あ、宮古さん」


 声がした方へ振り返るとそこには地下室の壁や天井を見回している宮古さんと、その後ろについてきている椎佳。


「おや……」


 と、宮古さんが屍に気付いて動きを止める。

 屍は宮古さんが降りてきた事に気付いていたようだが声を掛ける事はせずチラリと一瞥いちべつしただけだった。



紫牙崎しがさき屍さん……ですよね? お久しぶりです」

「葉ノ上宮古さん、お久しぶりじゃの」


 そう挨拶を交わす二人の間に微妙な空気が流れているように感じた。


「お、お二人は知り合いなんですか?」


 俺が聞いた質問に屍は無視して咲紀の体へと向きを変え、宮古さんは「捜査の時にちょっと……」と少し言いにくそうに答えてくれた。


「そうでしたか……」


 それ以上は追及することをやめて、俺は話題を変える事にした。


「そうだ宮古さん! 咲紀の遺体があったんです!」

「どうやら、そうみたいですね……」


 一点を見つめ、咲紀の体へと歩き出す宮古さん。


「部屋を見る限り法術と呪術の両方を使っているみたいですが……。紫牙崎さんは何かお分かりになりましたか?」

「私が気付いた事ならば葉ノ上殿もお気付きになられるのでは?」


 宮古さんの質問を受けても咲紀の体に貼られている札から目を離さないままの状態で屍がそっけなく答える。


「生憎と呪術の方は不勉強でして……」

「ご謙遜を」


 うわあ、何だろうこの空気。

 静流や椎佳なんか一言も発せずにいるし。

 咲紀は咲紀で宮古さんと屍を交互に見てあわあわしている。


「とりあえず咲紀さんの体に貼られている札の効果は何となく分かりましたが、どうやれば咲紀さんの魂と肉体を繋ぎ合わせられるのかは全く分かりませんね……」


 一通り札を見てからかぶりを振る宮古さんを横目に屍が少し笑ったように見えた。


「ふぅむ、相反する術を用いる事で咲紀にかけられている術を相殺あるいは無効化出来れば何とかなるとは思うのじゃが……」

「なるほど。それは思い付きもしませんでしたよ」

「……」


 宮古の反応を無言で見る屍。

 宮古さんに分からなかった事が自分には分かった事って事が嬉しいんだろうけど、宮古さんのポーカーフェイスのせいで本気か演技かを判断しかねているようだ。

 こいつ、負けず嫌いなんだろうな。


「さて……高度な法術の使用や解析となれば私では力量不足ですね……」

「いや、宮兄やったら余裕やろ……」


 椎佳のツッコミを受けた宮古さんは首を振った。


「そうでもないよ。戦闘に使う法力、法術ではなく術式の無効化や生成もしくは破壊に長けている人の力が必要な案件だからね……」

「……母さん、ですか?」


 静流の言葉を受けて宮古さんが神妙に頷く。


「葉ノ上彩乃あやの殿か」


 静流達の母親……彩乃さんって有名なのか。

 まぁ、そりゃあ葉ノ上家ってモンスター一家だもんな。

 実は葉ノ上家は宇宙から来た戦闘民族なんだとカミングアウトされても信じるぞ俺。


「利剣さん、申し訳ありませんが……」

「え? へ?」


 宮古さんの突然の謝罪に俺は変な声で反応してしまう。


「咲紀さんの案件、私の力ではどうにもできないので母をこちらに呼んでも良いでしょうか?」

「あ、はい。俺は構いませんよ」

「有難うございます。すぐ連絡を取って近日中に来てもらうようにします」

「分かりました。んじゃあ皆一度地下から出ますか」


 俺の言葉で皆がぞろぞろと梯子へ向かう。


「利剣」

「ん?」


 皆が順番に上がっていく中、不意に屍に声をかけられて振り返る。


「相談……というか交渉があるのじゃが」

「え……?」


 また呪術で精神操作をされては堪らない。

 学習した俺は屍から目を逸らしながら反応を返してやる。


「交渉の内容は?」

「参謀はいらぬか?」


「参謀?」


 何それかっこいい。

 呪術にかかっていないのに、俺の心が非常にくすぐられる。


「孔明はいらぬのかと聞いておる」

「こ、孔明!!」


 こいつ、男のロマンを分かってやがる。


「うむ。見たところお主の元には関羽と張飛がおるようじゃが……軍師がおらぬとは思わぬか?」

「た、確かに……」


 ええと、椎佳は確実に張飛だろうな。

 静流は関羽っぽい!!


「咲紀の事もあって今後色々な術家じゅつけが関わってきたり、事件の黒幕が動いて来るやも知れん。そんな時に作戦を立案する頭脳が必要ではないかの?」

「むむむ……」


 屍の言う事がなるほど納得すぎて反論の余地がない。


「それに私は呪術が扱えるし法術に関してもやや覚えがある。傍において損はないと思うがのう?」

「うーん……」


 確かにそうだよな。

 法術と呪術の知識があって、頭も回る。

 しかも稀少なのじゃっ子だ。

 だが。


「屍の言い分は分かった。けどさ、俺にしかメリットがなさそうなんだが? 屍に一体何のメリットがあるんだ?」

「私にか? まず、咲紀にかかっている術関連の知識を得る事が出来る。そして咲紀がもし目覚めたら咲紀の法術を間近で見て色々学ぶことができる。それだけでも十分大きいメリットだと思わぬか?」

「そうだよな」


 今までの話をまとめると確かにwin-winだ。


「それに……」

「それに?」


「……さすがに十年以上幼なじみをしておると情も湧くものでのう。咲紀の両親を殺害した上に咲紀をあんな風にした輩をこの手でどうにかしてやりたい、という気持ちがあると言うのも一つの理由じゃな」


 そう言って屍は照れ臭そうな顔をして目を逸らした。


「……話は分かった」

「うむ」


「俺個人としてはいい話だと思うが、実際の所俺の一存では決められない。だから皆に一度相談するよ」

「? お主がこの館の主じゃろう? そんなものはお主の一声で……」


 屍の言葉を聞いて俺がフハハッ! と軽く笑う。


「この家で俺が一番偉そうに見えたか?」

「……」


 俺の質問に、屍は答える事が出来なかった。

 そこは嘘でも何か答えてくれよ。










あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

葉ノ上家が揃い踏みですね。

咲紀編(勝手に命名)の行方はどうなるのか!?


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