第四十六札 べーすめんと!! =地下室=

まえがき

屍によって利剣のへその緒が奪われた。

へその緒は並行世界に来た事で非常に硬くなっていた……!

「こ、これは……! まさかオリハルコン!!」

「いいえ、へその緒です」

※嘘です。




















「え……?」

「なっ……」

「っっ……!!」


 かばねさんが持っていたのは一枚の札。

 その札を掲げた直後、一同は言葉を失った。


「ふっ……くく……! あはははははは……!!」


 静寂を切り裂いて室内に響き渡った屍さんの笑い声。


「さ、咲紀さき……?」


 俺が夢が幻を見ていないのなら。


「わた……し……?」


 咲紀が驚きに目を見開く。

 いや、ここにいる全員が驚いていた。


 台に横たわっていたのは……咲紀だった。

 いつも見ている巫女服姿の咲紀。

 違う所を上げるとすれば、真っ白な服の上衣が赤黒い色にびっしり染まっている点ぐらいだ。

 あれは……血か?


「咲紀ィ!!」


 椎佳しいかが咲紀の体に駆け寄ろうとするのを屍さんが制止した。


「落ち着くのじゃ」

「何でや!! 咲紀が血まみれやないか!!」


 声を上げる椎佳に屍さんは冷静に、そっと咲紀の上衣に触れてから椎佳に手を見せる。


「この血は今の血ではないぞ」

「え……? そ、そうなんか……?」


 ゆっくりと咲紀に近づいてスマホのライトを照らす椎佳。

 血は完全に乾いており、変色している事から昔に出た血が固まった物と分かって椎佳が地面にペタンと座り込む。


「はぁ……良かったわぁ……」

「屍さん、これは一体どういう事なんだ?」


 俺も咲紀に近づき、顔をしっかりと確認する。

 咲紀は目を閉じた状態で寝かされているが胸が上下していない所を見ると呼吸もしていないように見えた。


「どこ見てるのさ!?」


 咲紀が非難の声を上げるが、今回ばかりは冤罪だ。


「呼吸をしているか見ただけなんだが……」


「信じられへん」

「信じられない」

「先ほどの様子を見るに、ちと苦しい言い訳じゃのう」


 こ、こいつら……


静流しずるは信じてくれるよな?」


 俺は頼みの綱の静流へと向き直るが、静流は何事もなかったように咲紀の体を観察していた。


「あの、静流……」

「わー、この体に貼られている札はいったいなんなんでしょうー!?」


 おい大根役者。

 俺と目を合わせてくれない静流が屍を見てわざとらしい声を上げて質問している。


「うむ、解読がまだ出来ておらんので何とも言えんが……」


 一枚一枚札を見て、その力を読み解こうとしている屍さん。


「剥がしたらアカンの?」


 札を指差した椎佳に、屍がキッと睨み付ける。


「その札の意味が分からぬうちに剥がすなどもってのほかじゃぞ。咲紀の肉体が滅びる可能性もあるかも知れんのじゃぞ?」

「椎佳やめてええええええ!!」


 霊体咲紀が椎佳に体当たりをかまして触れないように妨害を試みる。


「いや、さすがのウチでも剥がさへんから安心してや……」


 咲紀の当たらない連撃を受けて椎佳がポリポリと頭を掻く。

 さすがの、って破天荒な自覚はあるんだな。


「しかし……ふふ……あはは……」


 我慢できずに屍さんが再び笑い声を漏らす。


「か、屍さんが壊れた……」

「当たり前じゃろう!!」


 俺の呟きを聞いて屍さんが俺にツカツカと詰め寄る。


「三年前に死んだはずの咲紀がこうして地下に安置されておったのじゃぞ!? しかも見た事の無い札を貼られていて遺体は無傷! 洋館には霊体の咲紀が浮遊しており、地下には法力が漏れないように丁寧に札まで貼られておった!! これが笑わずにいられようか!?」

「わ、分かった……! 分からんけど分かったから! 顔、近い……」

「む……。こ、これは失礼した……!」


 顔を真っ赤にした俺の反応を見て、屍さんがスッと離れる。


「何にせよこの術式を解き明かせば、法術界はますます発展するかも知れぬ……」


 そう言って屍さんは再び咲紀の身体へと歩き始めた。


「…………」

「咲紀さん……」


 じっと自分の身体を見つめている咲紀を、心配そうな静流が声をかける。


「咲紀の身体……食べられてなかったね……」

「ええ、そうですね……」


「血……一杯出てるけど大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ、きっと」


 根拠はないのだが、静流の言葉を聞いた咲紀はコクンと頷いた。


「お主」

「利剣って呼んでもいいのよ?」


 その呼ばれ方は何か好きじゃない。


「では利剣さん」

「何だい屍」


 俺の呼び方に屍が絶句している。


「……お主の距離感の詰め方がよく分からない」

「さん付けとか無しの方が俺は話しやすい」


 何か呆れた様子でかぶりを振る屍。

 失礼だな!

 いや、実際失礼なのは俺か?


「はぁ……。では利剣は一階に上がって何か照明を持ってきてもらえぬか?」

「それなら椎佳とかも連れて……」

「上がるのめんどくさいわ」

「てめえ」


「あー……」


 俺と椎佳のやり取りに割って入る屍。


「後は利剣に席を外して欲しいという理由もあるでの。そこは察してもらおう」

「え? 仲間外れって事?」


 察せない俺が思い付いたままの事を口にする。


「……咲紀の身体に外傷がないか、札を剥がさぬように色々と状態を見たいのじゃ」

「察した」


「全部言われたら察したとは言わへんて」

「うるさいよ。ほんじゃまぁ、上がって照明になりそうなの見てくるわ。後流那りゅなにも知らせてくる」


「うむ。頼んだ」


 梯子を上がる途中、俺ってこの館の所有者なのになーとか思ったけど状況が状況だもんな。

 仕方ないと割り切りながら鉄臭い梯子を登っていく。

 この鉄臭さももしかして……血だろうか?

 深く考えるのはよそう。




 ・ ・ ・ ・ ・




「あっ! 利剣さんっ!」


 物置では流那が皆の事をずっと待っていてくれたらしく、俺を笑顔で出迎えてくれた。


「ただいま」

「下の方で色々と声が聞こえて……。ごめんなさいっ、流那も降りるべきでしょうか……」


「いや。地下室は狭いし暗いし、降りなくても大丈夫だよ」

「そ、そうですかぁ……」


 狭くて暗い所に行かなくていいといわれ、ホッと安堵する流那。


「咲紀の遺体があった」

「ふぇ……?」


 俺の言葉に凍り付く流那。


「い、い、遺体ですか……?」

「うん、傷の無さそうな綺麗な遺体」


 流那の顔がみるみる青ざめていく。


「け、警察に通報をっ!」

「待って待って。それはとりあえずナシで」


「で、でもぉっ……!」

「落ち着けって。遺体にはな、色々法術が施されているらしいんだ」


「法術が……?」

「そう。もしかしたら咲紀が甦ったりするかも知れんぞ!」


「そ、そうなんですね……!」

「あ。流那ナイス!」


「ふぇ?」


 俺の言葉に、首をかしげる流那。

「警察に通報を」で思い出した。

 俺はスマホを取り出して宮古みやこさんに電話を掛ける。


 プルル……。


 しばらくのコール音の後、宮古さんが通話に出る。


「宮古さんご無沙汰してます。逢沢です。」

(利剣さん、ご無沙汰しています)


「突然ですが我が家の地下で野島咲紀の遺体が発見されました」

(地下? 遺体? え? え??)


「紫牙崎、ってご存じですか?」

(え、ええ。呪術士の家系でかなりの実力者ですよ)


 やっぱり知名度はあるんだな、あの


「実はですね……」


 俺は宮古さんに紫牙崎家と野島家が家族ぐるみで付き合いがあった事、法力が漏れているという事で紫牙崎屍に家の調査を許可した事や今までのいきさつを全て話した。


(利剣さん、今からそちらに伺っても宜しいですか?)

「ええ、勿論です。知識のある人は多い方がいいですし」


(分かりました。それでは後程……)

「はい、ではのちほど。」


 ピッ……。


「と言う訳だ」

「な、なるほどぉ……」


 宮古さんに説明しつつ、隣で不安そうにしていた流那にも分かりやすく伝えてあげる俺、優しい。


「咲紀さんのお体、何事もなければいいですね……」


 咲紀の事を心配している流那の言葉に俺は「そうだな」と頷いた。


「さて、俺はひとっぱしり懐中電灯か照明器具を買ってくるわ」

「あっ! 流那が買ってまいりましょうか?」

「いや。外も最近は色々と物騒だからな。俺が行ってくるよ」

「そうですか……。お役に立てずで……」


 俺や咲紀をつけ狙っている連中が流那を人質にでも取ったらますますややこしくなる。

 俺は財布を持って館のドアを開いた。


 外はとてもいい天気だ。

 そして買いに行くのは照明器具。


「俺が今やろうとしてる事は超平凡な事なのに館の地下では今、非現実的な出来事が起きてるんだもんな。ははっ、ホントに嘘みたいだな」


 そんな独り言を言いながら俺は駅前の商店街目掛けて駆け出した。









 あとがき

 次回、はじめてのお使い。

「ぶらり駅前商店街!利剣を襲う無数の誘惑」

 お楽しみに!

 ※次回予告と実際の放送は異なる場合がございます。




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