第四十一札 げすと!! =客人=

まえがき

椎佳、利剣へ深夜のお説教から数日が過ぎた。

結局特に何の変化もなく過ぎていく日々。


結局東京のバナナのお土産は八割を椎佳が食べてしまい

残る二割を流那と静流が分ける羽目になった。

それから数日。

「食べ物の恨みは恐ろしい」と言う言葉を表すかの如く。

頭に冷凍バナナが刺さった椎佳が遺体で発見された事から

洋館バナナ殺人事件の幕が今、開く。

「開かへんし、死んでへんから。それに八割ちゃうし! 六割や!」

「それでも私と流那さんは二割ずつなのよ?」

「……静姉、ごめんて……」

※最初の二行以外はほぼ嘘前書きです。






















椎佳しいかさん、ありがとうございます。わざわざお買い物に付き合って下さって……」

「ええって。流那りゅなの事守るんもウチの契約に入っとるし」


 駅近くのスーパー。

 夕飯前という時間帯で多くの主婦がエコバッグやビニール袋を提げて慌ただしく帰る中、同じようにエコバッグを持つ流那と槍にビニール袋を二つ引っかけた椎佳が帰路についていた。

 歪曲札わいきょくふだ愛槍あいそうである疾女はやめを人目から隠す事をしない椎佳の存在はいささか商店街で浮いている様に見えるのだが、刃先に布製のカバーを掛けているお陰で薙刀道場帰りの女性に見えなくもない。


「あー……ええ匂いやなぁ……」

「そうですねっ!」


 肉屋の店先では油が跳ねる音が聞こえ、同時にコロッケの匂いが辺りに漂っていた。


「なぁ、流那ぁ……」

「はいっ、何ですか?」


 椎佳がクイッと指さした方向。


「コロッケとか夕飯にどない?」


 肉屋を見て人懐ひとなつこい表情でニカッと笑う椎佳。


「えぇっ、でも今日はお魚のつもりで静流さんとお話してますからぁ~……」

「えぇっ!? さ、魚ぁ……?」

「はいっ、お魚さんですっ♪」

「が、ガクー!!」


 椎佳にとって天と地の差ほどある献立に擬音の声をあげてひざから崩れ落ちる。


「し、椎佳さんっ!?」

「アカン……。ウチの人生はここで終わったんや……」


 街中でオーバーアクションを取る椎佳に通りすぎるマダム達が一瞥いちべつしながら通りすぎていく。


「じ、人生っ!? た、立って下さいよぉっ……」


 ちょっと恥ずかしいな、なんて思った流那が椎佳の肩に手を置いてゆさゆさと揺さぶってみるが非力な流那が力を入れても立ち上がらせる事は出来ず、椎佳自身も一向に立ち上がる気配はない。


「し、椎佳さぁん……」

「あ」


 急に短く声を上げた椎佳がバネ仕掛けの玩具のように跳ね上がる。


「きゃっ!?」

「流那! ほな静姉しずねえがオッケー出したらええのん?」


 いい事を思い付いたと言わんばかりに椎佳が目を輝かせて流那の両肩をガシッと掴む。


「は、はいっ?」

「コロッケやん!!」


 返事を聞く前に椎佳がスマホを取り出して手慣れた操作で椎佳に電話を掛ける。


「し、椎佳さっ――」

「あ、もしもし静姉?」


 流那の返答などどこへやら。椎佳が通話相手の静姉に直接交渉に入る。


「今日の晩ご飯なんやけど、流那がコロッケにしよかぁって言うとるんやけどぉ~」

「ふぇぇっ!?」


 椎佳から突然名前を出された上に、献立を変更しようとしているのが自分であると嘘をつかれて驚きの声を上げる。


「し、椎佳さぁんっ!! 流那はっ! ひ、一言もーっ!!」


 静流に聞こえるように電話口に向けて冤罪である事を伝えようとする流那だったが、バスケットボールのディフェンスのように流那から背を向けて電話への割り込みを阻む椎佳。


「うん。うん? それやったらええって? やった♪ ほななっ!!」


 結論を急がせるように相槌を打ち、通話終了ボタンをポチっと押す椎佳。


「しーいーかーさーんーっ……」


 流那が頬を膨らませて下から椎佳を睨み付ける。

 だが流那は今まで人を睨むというおこないを全くしておらず、睨んでいるつもりがただねているように見えてしまう。

 内心で可愛いなぁ、なんて思いつつテヘッと舌を出して笑う椎佳。


「あははっ、ゴメンゴメン。でも、ええってさ♪」

「もぉーっ……」


 iineイイン


 そんなやり取りをしている最中に、流那のスマホがメッセージの到着を知らせてくれる。


「あら……?」

「あ、今は別に見んでもええんちゃうかな……。ほら、帰ろ帰ろ」


 流那がエコバッグからスマホを取り出してメッセージを確認しようとするのを、止めようとする椎佳。


「いえ! 静流さんから追加の食材を言われているかも知れないので見ないとダメです」

「あ、いやぁ、うーん……」


 その手の業務については流那も頑固な所があり、椎佳の説得に耳を貸す事無くiineのメッセージを確認する。


 送り主は静流。


「ほら、やっぱりです」


 タップしてメッセージを確認する流那。


「――先ほど椎佳から流那さんがコロッケに変更したいと言う内容の電話がありましたが本当ですか? 流那さんがそういった事を言う事が今までなかったので怪しいと思い流那さんに代わって下さいと言いましたが一方的に電話を切られました。」

「え……」


 流那には静流がコロッケでも良いと嘘をつき。

 静流には流那がコロッケにしたいと嘘をついた。

 夕飯をコロッケにしたいが為に二人を巧妙な手口で騙そうとした椎佳。


「し、椎佳さーーーーんっ!!」


 流那にしては珍しい大きな声で椎佳を怒鳴ろうとするが、犯行が露見した椎佳の行動は早く、すでに横断歩道を渡った向こう側に立って手を振っていた。


「も、もぉっ……」


 近くに行ったらお説教です! と意気込んだ流那はとたとたと椎佳の後を追う。

 追いつくと思えば椎佳が駆け出し距離をあけ、それを追いかければまた距離を離されを繰り返して結局流那が椎佳を怒る事はなかった。


 家に着いた椎佳に待っていたのは静流のお説教と言う名の手合わせだった。




 ・ ・ ・ ・ ・




 以前俺は思った。


 新潟の野島家に行ったけど収穫もなく空振りに終わったと。


 だが俺はその言葉を撤回する事になる。


 人生とは本当に何が起こるか分からないもので。

 あの日の出来事が小さな歯車として回り出したせいで大きな歯車が回ろうとしていた。


「っていう感じで小説を書いたらとてもカッコよくない?」

「いーんじゃない?」


「……咲紀に聞いた俺が馬鹿だった」

「なんでさぁ!?」


 俺の言葉に反応した咲紀がガバッとこっちを見る。

 ここは一階の和室。

 テレビが垂れ流されている空間に俺と咲紀の二人だけしかいない。


「テレビ見ながらいんじゃない? って言われても全然心に響かんわ」

「だって、本当にどうでもいいもん」


「くっそ、塩撒くぞオラァ!」

「別にいいけど、ちゃんと後で掃除してよね」


 塩を撒いても霊体には全く効果がないのが実証済みだから、ふてぶてしいもんだ。


「……俺、言い合いに勝てる気がしない」

「利剣ってこのテの言い合いに弱いよねー」


 今までの話し合いや言い合いを見てきた咲紀が冷静な評価を俺にくれる。

 正直気付きたくなかった。


「皆どこで学ぶの? どうやったら言い合いに勝てるの?」

「そんなの知らないし。多分咲紀も誰からも学んでないよ……」

「ちくしょう。憎しみで人を殺せたら……」

「咲紀の得意技取らないでよ。あと今の場合憎むのは自分の未熟さでしょ」


 だったのか、それ。


「ってか自分を憎んだらそれって自殺じゃねえかよ」

「あ、気付いた?」

「てんめぇ…………!!」


 リンゴーン……!


 咲紀と下らないやりとりをしていたとき、玄関のチャイムが鳴った。


「珍しいな。誰だろう」

「出たら?」


「いや、出なくてもいいようにメイドさん雇ってるんだけど」

「メイドさんねえ……。椎佳って普段ダラダラしてるけど、あれでお給料出るの?」

「何それ、詳しく聞かせてほしいわ」


 突然の給料泥棒のタレコミが入った事で俺の顔つきが険しくなる。


「うーん、基本的にはテレビ見たり、食べたり寝たりかなぁ」

「おいマジかよ。減給だなこれは」

「減給するの?」

「いやぁ、実際はなんだかんだあってもしてなかったけどさ。今の話でそろそろ減給せんと示しがつかないかなぁと」

「ふぅーん……」


 コンコン……。


「はい?」


 俺の声で引き戸がカラリと開く。


「利剣さん、お客様がお見えになっていますが……」


 玄関で応対してくれた静流が報告に来てくれた。


「客? え、誰?」


 もしかして美砂みささん?


「……野島さんの家から住所を聞いてきたので主に会わせてほしい、と女性の方が……」


「女性だと……!」

「野島家から……!?」


 俺と咲紀が思い思いの点に反応し、二人とも神妙な面持ちになる。


「利剣さん、反応される所はそこ性別ではないかと思いますが……」


 そう言って俺を見る静流の目は非常に冷たかった。









あとがき

利剣さん、色々飢えてるんですか。

さて、野島家からの繋がりのある来訪者。

それは一体……!?

次回「遥か遠い理想郷ハーレム

※嘘です。

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