第三十三札 もんすたーさーぺんと!! =大蛇=

まえがき

宮古と利剣は森の中。

さてさて鬼(黒子)が出るか蛇が出るか。



















「先ほどは失礼しました。利剣りけんさんは色々と人気者ですね」

「いえ、助かりました。……そんな狂信的きょうしんてきな人気はいらないんですが」


 しばらく走ってから、もうすぐ近くに妖怪がいるという所までやって来てから宮古みやこさんが詫びてくれたと同時に茶化してきたので俺は首を振った。


「しかし今回の一件で色々な事が確定してしまいましたね」

「ええ、俺の頭でも何となくそうだろうなぁと分かった気がします」


 野島家に起きた悲劇が事故ではなく誰かが起こした意図的な事件であった事。

 その事件があった洋館に突如として住みついた俺の存在が相手にとって邪魔である事。

 俺が小鬼退治でここに来るという情報を事前に知っている、もしくは尾行されているという可能性。

 だがこれについてはもし尾行していたのであればカスざきを俺と見間違わないのではないだろうか? そうなると前者という事になる。

 そして何より、妖怪を呼び出したという情報からすると相手もまた、法術士なのだ。


 つまりどこかの法術士が野島一家を殺害した。

 しかもカス崎のチームの二人が殺されて、リーダーが尻尾を巻いて逃げてきたという事は、番付的にもかなり上位の人間なのではないだろうか?

 下手したら人間を殺したとしても、もみ消せるような権力者?

 それこそ国政に携わる人間とか、法術師連盟の人間とか……?

 そんな不確かな所にまで推理を広げていた時だった。


「利剣さんは後ろに居てくださいね」


 とても静かで落ち着いた宮古さんの声で現実に引き戻される。


「え? あ、はい!」

「いました。大蛇です」


 宮古さんが小太刀の切っ先を向けた先。

 大木に太い体を巻き付けた大蛇が鎌首かまくびをもたげて俺達を見下ろしていた。


「で、でかい……」


 人一人を余裕で丸のみできそうなサイズの禍々しい大蛇。

 その口元から赤い液体がしたたり落ちていた。


「お、俺何か援護を―――」

「大丈夫ですよ」


 そう言って両手の小太刀を構えながら宮古さんが怯む事なくスタスタと歩みを進めた。


 その歩みはあまりにも無警戒で、まるで大蛇などいないかのような歩き方だった。


「ギシャアァァ‼」


 樹上から大蛇が大口を開けて宮古さんへと襲いかかる。


「宮古さん‼」


 ズドォォン‼


 大蛇の頭が宮古さんを飲み込んで、勢い余って地面に激突した。


 ……ように見えた。


「宮古さん!?」


 よく見れば宮古さんは半歩だけ体をずらした事によって大蛇の飲み込みを紙一重でかわしていた。


「す、すげえ……」


「ふっっ!!」


宮古さんが右手の小太刀を大蛇の喉元辺りに突き立てて上空へと斬り上げる。


「ギャァァァァ‼!?」


 喉からバッサリと斬られた大蛇がよく分からない色の液体をまき散らしながらのたうち回る。


 だがその瞬間には既に宮古さんは後方に跳躍して大蛇から離れており、小太刀に付着した液体を振り払っていた。


 よく、見えなかった。

 宮古さんの回避行動も、斬り終えた後の移動も。

 

「さて……早めに終わらせますよ」


 スッと宮古さんが姿勢を低くする。


「シャァァ‼」


 大蛇の尻尾が地面を滑り、砂埃を巻き上げながら宮古さんを薙ぎ払おうとする。


「尾癖が悪いですね」


 よける事も受ける事もせず、宮古さんは迫ってきた尻尾を鮮やかに斬り飛ばす。

 斬られた尻尾がズン! と木にぶつかって地面に落ちる。

 うえぇ……、斬られた尻尾がグネグネとのたうってるよ……。


「はっ!!」


 掛け声と共に宮古さんが地を蹴って大蛇へと接近する。

 喉を斬られた上に尻尾を切り落とされた大蛇は宮古さんの動きについていけてはいなかった。


 シュッ……‼


 宮古さんの握る小太刀が何の抵抗もなくスッと大蛇の首に入り込んで抜けていく。


「ギャッ‼」 


 短い悲鳴を上げる大蛇。


「ふぅ……」


 反対側に綺麗に着地した宮古さんが一息ついた直後。


 ズンッ……‼


 大蛇の首がグラリと体から離れ、地面へと落ちた。


「後は黒子なる人物がいればよかったんですが」

「そ、そうですね……」


 れんさんもだけど宮古さんも怒らせたらダメだ。

 俺は遺伝子と脳にその情報を深く深く刻み込んだ。


「あのぉ……宮古さん……」

「何ですか?」


 持っていた布で小太刀に付いた血を拭っている宮古さんに俺は恐る恐る声をかける。


「秘密ならいいんですけど……宮古さんって番付何位なんですか……?」

「ふむ。ここで言わなくても調べたら分かりますしね。Bの88ですよ」

「B88……」


 俺は法術師の手引書を思い出す。


 日本にいる一万二千人の法術師のうち、上位百人ぐらいの位置づけだ。


「日本のトップ100が俺の目の前にいるんですね」 

「実際に私より戦闘上手な人はもっといますけどね……」


 そう言って苦笑いする宮古さん。


「でも、小鬼の時も今の大蛇もそうですけど、宮古さんの動きに全く無駄がないんですもん。凄いですよ……」

「慣れ、ですねえ……」


 慣れだけでこんな怪物になれるの?


「小鬼や大蛇は昔からずっと戦っているので……」

「大蛇もですか」


「私の父はスパルタなんです」

「どこかで聞いたようなセリフ……」


「あはは。さて、周囲に大きな妖気もありませんし……一度戻りますか」

「賛成です。こんな森、一刻も早く立ち去りたいです」


「同感ですね」


 そう言って宮古さんは小太刀を鞘に収めた。




 ・ ・ ・ ・ ・




「これだけか?」


 森から一旦出た仙波せんばは、合流できたメンバーを確認して声を上げた。


 仙波隊三名を始め、葉ノ上隊の二名と能登のと隊の二名の七名のみがいる現状。


 指揮官である能登と葉ノ上、番外の逢沢おうさわ。そして州崎隊に至っては三人全員がまだ戻ってきていない。


「能登隊と葉ノ上隊の状態は分かったが……」


 戻ってきた人間から能登と葉ノ上の独断行動を聞き、二人には困ったものだと仙波は頭を抱えたい気持ちになった。


「さて……どう動くのが最適か……」


 仙波が増援か待機かの行動を考えていた時だった。


「す、州崎さん!?」


 瀬戸が森から出てきた人物を見て声を上げた。


「州崎さんだと!?」


 仙波は次の行動を考える事を一旦やめて森の方を見る。

 そこには森から力なくゆっくりと歩いてくる州崎の姿があった。


「州崎さん! 大丈夫かい!?」


 西山が慌てて駆け寄ろうとするが、州崎が右手を上げてそれを制止する。


「俺は、大丈夫だ……」

「で、でも……」

「州崎さん、何があったんだ? 他の二人はどうした?」


 仙波が州崎に近づきながら他の二人の事を確認する。


「突然不審な人物が現れて、逢沢はいるかと聞いてきた。今ここにそいつはいるのか?」


 州崎が俯いて尋ねた質問に仙波は首を振った。


「いや。逢沢さんは今葉ノ上さんと行動を共にしているらしいが……」

「そう、か……」


 それだけ聞いて踵を返す州崎。


「お、おい! 州崎さん! 何処に行くんだ‼」

「俺は……行く」


「単独行動は危険だ! ひとまずはここで……。それより他の二人はどうしたんだ?」


 仙波が州崎の肩を掴もうとするが、州崎はそれをバランスを崩してよろけた事で仙波の指をかわした。


「州崎さ……」

「すぐ戻る」


 そう言って州崎は森の方へと走って行った。


「州崎さん! 戻れ!!」


 仙波がすぐに後を追って茂みをかき分けたが、すでに州崎の姿はそこにはなかった。


「おーい!!」


 仙波が叫ぶが返事はない。


「くそっ!! どいつもこいつも!!」


 仙波は乱暴に木を素手で殴りつけた。

 ジィン……と手に痛みが生まれる。


「あ、あれ……?」


 と、またもや瀬戸が声を上げる。


「どうした瀬戸さん」


 木を殴った手をさすりながら仙波が瀬戸を見る。


「あ、あれ……」


 瀬戸が一点を見つめて指さした方向。

 

「す、州崎さん?」


 一同の視線が集中した。

 先ほど目の前の森に飛び込んだ州崎が、五十メートル程離れた茂みから出てきたのだ。


「州崎さん!!」


 仙波の声に気付いた州崎がこちらを向いてゆっくりと歩いてくる。

 歩き方がぎこちない所を見ると足を怪我しているようだ。


「州崎さん! 怪我をしているのか!! すぐに手当てを!」

「は、はい!」


 大慌てで州崎に駆け寄る一同。


「み、皆……良かった……」


 無事に皆の元に戻ってこれた州崎は安堵のあまり脱力して、地面に倒れ込んだ。







あとがき

州崎、双子だったのかよ(違)

まだ続きます。

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