第三十四札 えすけいぷ!! =逃走=

 まえがき

 州崎は双子だった!

 入れ替わり立ち代わりで疲れた体を休めて小鬼を退治していたのか!

「ハァハァ……! 待て小鬼!」

 ガサガサッ!

「あ! 州崎さん待ってくださ……」

 ガサッ!

「ふっ、見失ったぜ」

「あれ?州崎さん、さっきあちらの茂みに……」

「何を言っている? さぁ先を急ぐぞ。俺は疲れないからな」

 汚い、州崎……!


 ※嘘です。











「ふわぁぁ……何か何も役に立っていないんですが、眠いですわ……」

「あはは。長い時間精神を張り詰めながら森の中を歩いているんですから、疲れもきますよ」

「そんな事言ったら宮古みやこさんだって、張り詰めっぱなしじゃないですか……」

「いえいえ。私は適度に力を抜いてますので」


 この状況下で力を抜いたり入れたりできるって本当に凄いと思う。

 というか、小鬼退治自体が番付Bの宮古さんが来る程の案件じゃなかったしなぁ……。


「ああ、でも今回宮古さんが助っ人に来てくれて良かったですよ……」

「そうですか?」


「そうですよー。もし宮古さんがいてくれなかったら大蛇とか黒子に全滅させられてたんじゃないかなと」

「うーん……」


 そう言って宮古さんは立ち止まってから振り返った。


「どうかしました?」

「……すみません利剣りけんさん。このまま隠し通すのは今後の関係性に良くないと思ったので言ってしまいますが……」

「え?」


 宮古さんどうしたの?

 急に何を言おうとしているの?


「今回の件は私が助っ人に来たというよりは……父が仕組んだ事でして……」


 おいれん

 心の中で呼び捨てにするのはセーフだよね。


「仕組……んだ?」

「はい……」


 ばつが悪そうな顔をして頬をポリポリと掻く。

 本当はかゆくなんてないんだろうけど、美青年がそういう動きをすると何かサマになってうらやましいやら悔しいやら。


「特別法事件対策課って聞いたことはありますか?」

「あー……何となく?」


 確か法術師の手引きに書いてあったな。

 全国の警察署には特別法事件対策課なる部署が設置されていて、法術師達で法術や呪術を使った事件や犯罪、悪霊・鬼など妖怪の起こした不可解な事件を解決する課とかなんとか。


「利剣さんの住む地域の警察署の特別法事件対策課を指揮しています、葉ノ上宮古はのうえ みやこです。改めてよろしくお願いいたします」

「指揮……って事は偉い人ですか」


「はは……、まぁ人数は少ないですがそうなります」

「で、漣さんが仕組んだ、とは?」


「はい。利剣さんの住んでいる館で起きた惨殺事件と、利剣さんの館に侵入しようとした男達を雇った者は恐らく同一組織と見て間違いありません。そして今回長野で起きた小鬼が異常に増殖した事件も、もしかするとその組織が関わっていると思います」

「ふむ、何のために?」


「そう、それが分かりかねたので父に相談した所、「よし名案を思い付いた。利剣君を向かわせて敵の動きを見てみよう」となりまして……」


 いやいやいやいや、向かわせて動きを見てみよう! じゃねえし。

 それただの囮だし!


「も、もちろん利剣さんだけですと危険を伴う為、私が同行させて頂いて犯人を確保しようと思った次第で……」


 顔に出ていたのか、慌ててフォローを入れる宮古さん。


「まぁ、結果はカス……州崎すざきさんが襲われて、他人が命を落とした、と……」


 あぶねえ、心の呼び方が漏れそうになった。


「それについてはこちら側の目算が甘かったと言わざるを得ません……。まさか利剣さんだけでなく無差別に攻撃を仕掛けるとは……」

「利剣さんだけでなく、って俺の命を狙われる事は読んでたんですか?」


「……そういえば倉橋さんと仲良くなれました?」

「宮古さん!?」


 あからさま話題の転換に思わず俺はツッコミを入れてしまう。


「冗談ですよ。そうですね、命は狙われるかも知れないとは思っていましたが私がマンツーマンで行動すれば大丈夫と思っていました」

「なるほど。確かに大丈夫でしたね……。宮古さん鬼神のごとき強さだし」

「いえいえ……。私などまだまだですよ」


 そうは思えないけど。


「さて、話こんでしまいました。戻ってからですとこういうお話が出来ないので……」

「いえ、こちらこそ教えてくれてありがとうございます」


 連さんが弱かったらクレームの一つでもいいにいくのに。


 カサ……


「ん?」


 茂みが鳴り、そこから人影が現れた。


「げ……」

「州崎さん!?」


 茂みから出てきたのはカ州崎だった。


「一体なぜ戻って……」


 言いかけた宮古さんが言葉を止めて身構える。


「日本刀……見つけた」


「え?」


 カ州崎の声とは違う、男か女か判別しにくい高めの声。


 ビュッ!!


 カ州崎が両腕を勢いよく振り上げる。


「利剣さん!」


 ギィン! ギィン!


 違和感を感じた時に小太刀を抜いていた宮古さんが割って入り、何かを叩き落とす。


「ぐっ…!」


 俺の右腕を何かがかすり、そこから全身に痛みが走る。


 ドンッ!


 宮古さんが弾き落とした物、俺の腕を掠めて後ろの木に突き刺さった物。

 それは苦無だった。 


「く、苦無!?」

「例の黒子ですよ!」


 そう声を上げて宮古さんが黒子へと駆け出す。


「………邪魔するな」


 黒子が再び何本もの苦無を宮古さん目掛けて放つ。


「当たりませんよ!」


 キィン! ギンッ!!


 迫る苦無を両手の小太刀で自分に当たりそうな物だけを器用に弾き落す宮古さん。


「これは……厳しいな」


 黒子がそう言って後ろの腰に手を回す。


「はっ!!」


 宮古さんが二本の小太刀を肩口と腰目掛けて振り下ろす。


 ギィィン!!


 その攻撃を、黒子もまた二本の短刀で受け止める。


 宮古さんの斬撃を受け止めるとか、黒子強いぞ。


「ふっっ!!」


 小太刀で押し込めながら右足で蹴りを放った宮古さんだったが、黒子が地面を蹴って後方へ下がった事で空振りで終わってしまう。

 再度繰り出した足を地面に付けて距離を縮めようとする宮古さんだったが、黒子はその一瞬の隙をついて懐から出した札を破っていた。


「逢沢を殺す間でいい。邪魔をするな」


 やだあの黒子怖い。

 世にも恐ろしい事を言って黒子が短剣を宮古さんの喉元に繰り出すが、宮古さんはそれを小太刀で受け流す。

 宮古さんが短剣を繰り出してきた黒子の腕を斬ろうとしたその時。


「ちぃ!!」


 宮古さんが忌々しげに舌打ちして後方へとる。

 宮古さんの顔があった場所に太い腕が通り過ぎていく。

 仰け反っていなければ美しい顔が無くなっていたかもしれない。


「み、宮古さん!?」

「利剣さん、気を付けて下さい!」


 俺の元に跳躍して戻ってきた宮古さんが頬を流れる血を拭って黒子の方を睨み付けたまま叫ぶ。


「さぁ、早く終わらせよう……」


 黒子の隣にいたのは……鬼。


「グガァァァ……」


 背丈は四メートルほどで青一色の巨体、頭の中央にごつごつした角が一本はえている。

 その形相はまさに鬼の名に相応しい、憤怒に満ちた表情だった。

 

「み、宮古さん……」


 俺は慌てて鞘から模造刀を抜いて戦闘態勢に入る。


「お、俺も加勢します……!」

「いえ……。利剣さんは私が飛び出したら一目散に逃げてください」


 俺の隣に来て、ボソリと囁く宮古さん。


「何言ってんすか!? そんな事したら二対一じゃないですか」

「あはは……どのみち今の状態でも、実質二対一ですよ」


 耳が痛い事を言う。


「そ、そりゃあ俺はあんな高度な戦闘はできませんけど……!」


「それに、黒子の狙いは利剣さんです。利剣さんさえ逃げれば黒子は利剣さんを追うでしょう。その隙を突いて黒子を倒します。鬼はその後で……祓いますよ」

「そんなに思い通りに敵が動いてくれるとは思いませんが……」


 俺を納得させようとプランを話してくれるが、成功率が高いとは到底思えない。


「行け、氷鬼ひょうき。あの二刀使いを殺せ」

「グオオオオオ!!」


 黒子の命令を聞く妖怪なのか、氷鬼と呼ばれた鬼が雄叫びを上げてこちらに全速力で突進してくる。狙いは宮古さんだ。

 図体の割りになかなか早い。


「利剣さん、逃げて下さいね!!」


 俺に有無を言わさずに宮古さんが走り出す。


「宮……! くそっ!!」


 俺は背を向けて全速力で駆け出した。

 宮古さんの指示に従わずに黒子へと突進する事も出来たのに。

 「宮古さんが逃げろと言ったから逃げた」というまさに逃げの選択肢を選んでしまった。


 鬼の突進を横飛びでかわし、速度を落とさず黒子へと向かう。


「あくまで狙いはこちらか」


 短剣を構えて宮古さんの攻撃を待ち構える黒子。


「せいっ!!」


 ギィン!!


 宮古さんと黒子の刃がぶつかり合う金属音が辺りに響いた。









あとがき


  たたかう

  ぼうぎょ

  おどる

[〉にげる


利剣は逃げ出した!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る