第三十二札 こまんだー!! =指揮官=

まえがき

「俺がこの隊の指揮を取る宮古みやこだ! GAHAHA!」

「み、宮古さんどうしたんですかそのキャラ……」

「俺に口答えするなこのウジ虫が!」

「ひぃっ!」

「おお! 丁度いいところに大蛇がいるじゃないか!」

「ひぇ! だ、大蛇! す、州崎が食べられてる!」

「よし行け! GOだ! GOGO!!」

「ひぇぇー!!」


※嘘です。












「ん!?」


 六角棒のスイングで複数の小鬼を殴り飛ばした仙波せんばが異変に気付く。


「こりゃあ不味まずい事になったかな……」


「ど、どうかしましたか……?」


 近くで棍を振り回していた黒縁眼鏡の男が仙波の漏らした声を聞いて恐る恐る尋ねる。


「ああ。俺たちから大分距離はあるんだが、あっちの方から小鬼なんて比じゃねぇほどの妖気を感じ取った。各隊の指揮官クラスは気づくだろうから無闇矢鱈むやみやたらに近づきはしねぇと思うが……」


「えぇ……。ま、まさか鬼でしょうか……!?」


 棍を握りしめた男が不安そうな面持ちで仙波が指さした方に視線を送る。


「その可能性もある。電話は……。チッ! 圏外か!!」


 懐から取り出したスマホを見て舌打ちをする仙波。


「ひとまず俺達の隊は一旦引き返す! 鬼相手にお前さん達じゃあ荷が重すぎらぁ!」


 棍の男と、二人の様子に気づいて近くまで来ていた鎖鎌の男は仙波の方針を聞いて心中で安堵のため息を漏らした。




 ・ ・ ・ ・ ・




「……!?」


能登のとさん!! ど、どうするんですか!?」


 薙刀なぎなたを持つ手をカタカタと震わせた女がヒステリックな声を上げる。


 能登の近くにいるボウガンの男も今はパニックを起こしていないだけで体全体に突き刺さる妖気の強さに顔面蒼白がんめんそうはくで脂汗をかいていた。


 仙波や州崎達と別れた後も、順調に小鬼を駆除していた能登隊。


 つい今しがたここにたむろしていた小鬼を祓い終えた時だった。


 強力で禍々しい妖気が突如として生まれたその直後、闇を引き裂くような女性の悲鳴が森の奥から聞こえてきた事で能登を除く二名は恐慌状態に陥っていた。


「は、早く逃げましょう!! こんな妖気は今まで感じた事がありません!! これはこの人数では対処できませんよ!」

「能登さん、俺も彼女に賛成です。冷静に判断してここは一度戻って他の隊と合流しましょう!!」


 一刻もこの場から離れたい二人がもっともらしい理由を早口でまくし立てて撤退を提案する。


「しかしさっき聞こえた悲鳴。あれは他の隊の女性だと思います。見捨てては……おけません」


 能登が自分に言い聞かせるように言ってから日本刀を握りしめ、二人を非難するような目で睨み返す。


「っ……」


 能登の眼力に怯んで閉口する薙刀女だったが、ボウガンの男はそれにも負けずに口を開いた。


「それでもやはり……。仙波さんや葉ノ上さんが居た方が勝算は上がると思い……ます……」


 男の口から仙波や葉ノ上の名を聞いた能登が不快感をあらわにして怒声を上げた。


「我々は妖怪を祓う力を与えられた法術師ですよ!! 今まさに人が襲われているいうのにそれを見捨てての退却など言語道断!! さぁ、行きますよ!!」 


 ピシャリと言って森の奥へと進みだす能登に対して、能登と男を交互に見る薙刀女。


「申し訳ないが俺が聞いて受諾した任務は小鬼の討伐。強力な妖怪に無策で突っ込んで死ぬのは御免だ。独断で戻らせてもらう」


 そう言って森の入り口へと引き返すボウガンの男。


「西山さん! 隊を預かっているのは私です!! 勝手な行動は……!」


 足を止めて振り返った能登が日本刀の切っ先をボウガンの男……西山に向ける。


「……隊のおさたる能登サンが無謀な作戦を敢行かんこうしようとしているから俺は反対の意志を表明して隊を抜けるだけの話だ。そんな事よりも法術師同士の私闘・戦闘は番付の剥奪はくだつもしくは厳罰があるはずだがね?」


 日本刀を構える能登に対してボウガンを構える西山。


「……! 好きにしなさい!! 行きますよ瀬戸さん!!」


 忌々しそうに言葉を吐き捨ててきびすを返して再び歩き出す能登の背を見て、西山も再び歩き出した。


「す、すみません!! 私も抜けます!! ごめんなさい!!」


 ズンズンと進んでいく能登に対し、瀬戸と呼ばれた薙刀女が素早く一礼だけをして西山の後へと駆け出した。


「……」


 使命感の無い弱者に何を言っても無駄ねと胸中で二人を蔑んだ能登は今度は振り返って引き止める事もせずに悲鳴がした方へと茂みをかき分けて進みだした。




 ・ ・ ・ ・ ・




 ガサササッ!!


「!?」


 向かっている方向の茂みが揺れた事で足を止める宮古さんと俺。


「ハァ……ハァ……」


 長髪の黒髪男が飛び出して来たと思うと、そのまま地面に倒れ込んだ。


州崎すざきさん!!」


 小太刀を一旦さやに収めた宮古さんが大急ぎで州崎とかいう男に駆け寄る。


 あ、こいつ知ってる。

 俺に「足だけは引っ張るなよこのウジ虫が! ペッ!!」とか言った奴だ。

 俺の中でこいつは悪意の権化へとクラスアップを果たしていた。


葉ノ上はのうえ……さん……」


 左の太腿ふとももから出血していて、体の至る所に小さな裂傷はあるものの命に別状は無さそうだ。


 だが足場の悪い森で片足が動かし辛い中を全力で走ったせいか全身は土や泥まみれで呼吸も荒々しかった。


「一体何があったんですか!?」


 倒れた州崎を抱き起こして宮古さんが状況を確認する。


「大蛇が出た……俺の他にいた二人は……殺られた」

「な……」


 人が死んだ?


 その事実に思わず声を漏らした俺を一瞥いちべつする州崎。


「番外が何でここに……」

「そんな事より、何故突然大蛇が?」


 余計な一言を受けた俺は州崎を睨み付けそうになったがすかさず宮古さんが言葉をかぶせて話を戻してくれる。


 「小鬼を倒していたら突然森の奥から黒子が現れたんだ……。そいつはいきなり日本刀を持っているお前は逢沢おうさわか? と尋ねてきたから人違いだと言ったんだ。」


 ……んんん!?


 今しれっとカスザキから俺の名前が出なかったか?

 あ。こいつの事を俺は今からカス崎と呼ぶ事にした。


「そしたら突然苦無くないを放ってきて……佐々木さんが殺された」

「黒子……」


 宮古さんが真剣な顔で話を聞いていたが俺は内心ドキドキしていた。

 黒子って逢沢か? って言ったのか? 逢沢利剣おうさわ りけんか? って言ったのか?

 今ここで逢沢は俺だ、なんて事がバレたらカス崎、怒るんじゃね?

 てか黒子って誰よ。なんで俺の事探してんの?


「俺は奮戦して黒子を追い詰めたんだが、奴は札から大蛇を召喚させやがった……。佐々木婦人と連携して大蛇と戦ったんだが婦人も大蛇の餌食に……」


 カス崎はそこまで言ってから俯いて「自分の力不足のせいで……!」と地面に向かって悔しそうに言葉を吐き捨てた。


「事情は分かりました。黒子と大蛇……。目的は一体何なのか……」


 宮古さんはスッと立ち上がると俺の方を見た。

 宮古さんやめて! 俺の名前とか出さないで!! と俺は捨てられた子犬のような眼差しをしている気分で宮古さんを見つめた。

 実際にはキモい青年がそこに居たのかもしれない。言うな。わかってる。

 俺の心の叫びが伝わったのか宮古さんはカ州崎に見えないように一瞬だけ俺を見てニコリと笑って、向き直る。


「州崎さん。私達が走ってきた方向に進めば森の出口です。恐らくは他の法術師も集合しているでしょう」

「え!? 俺を一人で行かせる……んですか!?」


 素が出かけたカス崎が咄嗟とっさ言葉尻ことばじりを丁寧にする。

 隠しきれない自己保身感。


「ええ、私はこの先に進んで大蛇なり黒子なりに一当ひとあたりしてみて時間を稼ぎます」


「む、無茶では!? 黒子も大蛇もかなりの実力なんスよ!?」


 重々しく一度頷いてから宮古さんは収めていた小太刀を再び鞘から抜く。


「それでも、州崎さんが戦略的に撤退する時間は稼いでみます。後は仙波さんと能登さんの力があれば事態を収拾できるでしょうし」


 そう言って宮古さんは再び森の奥へと歩き出した。

 本気で宮古さんを引き止める気は元からないのだろう。

 カス崎は食い下がる事もなく、ぶるぶると腕を震わせて拳を握りしめた。


「俺も、コンディションが万全なら少しは助けになれたんですが……すみません! 俺と佐々木夫妻の無念を晴らしてください……!」


 演技がかった口調で宮古さんを送りだすカス崎。

 権力者には媚びて弱い奴には偉そうな性格してるわー。


「さぁ、行きますよ。番外君」

「ア、ハイ」


 名前を呼ばれなかった事に安堵した俺は間の抜けた声で返事をして、カス崎の横をすり抜けた。

 すれ違いざまにカス崎は俺に対して何かを言いそうな雰囲気ではあったが、宮古さんがいる手前てまえ何を言う訳でもなく左足を不器用に動かしながら森の出口へと歩いて行った。


 その後ろ姿を一度にらみ付けてから気を取り直した俺は、体にまとわりつくような不快な空気が流れ込んでくる方へと歩みを進めた。







あとがき

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

第5回カクヨムWeb小説コンテストにエントリーしてみました。

もしご興味がありましたら今後ともご愛読頂ければ大変うれしく思います!

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