第二十七札 へるぷ!! =じょりょく=

まえがき

椎佳との手合わせから一ヶ月。

何事も無い日々だったが一通の封筒が届いた事からまた物語は動きだす…。





利剣りけんさん、管轄所からお手紙が届いております」


 れんさんの家に行って協力依頼を約束してから一ヶ月後ほど経ったある日。

 静流しずるが俺の部屋に一通の封筒を持ってきてくれた。

 ちなみにあれから不法侵入や怪しい人物の来訪もなく、至って平和な毎日を送っている。

 そういえば不法侵入した男三人について漣さんから教えてもらった話だが警察の取り調べの結果、それぞれの面識はなくただ知らない男にあの家を調べるよう頼まれたらしい。

 しかも前金で十万円支払われ、対象の女がいるかを見つけたら追加で四十万円という破格の報酬だったので金に困っていた三人は二つ返事で受けたらしい。

 なら大した罪にはならないと踏んだらしい。

 知らない男についてだが連絡先等は聞いておらず、犯行当日の夜に指定した場所に報告に来いと言う話だったらしいが、警察がサイレンを鳴らして現場に駆けつけて容疑者を連行していくという結果に終わった為、近くで仲間が監視していたとすれば恐らくだが、指定の場所に依頼した男は来ていないだろう。

 その日からしばらく警戒をしながら付近に怪しい人物がいないかと目を光らせはしたものの何事も起きはしなかった。

 これだけ何も起こらないのならば家事が出来ない椎佳しいかの解雇は近いかもしれないなんて考えてみる。


「管轄所…? ありがとう」


 受け取って見てみるが、差出人は静流の言う通り青龍管轄所。


「何だろ?」

「可能性が高いのは協力依頼でしょうか」


 少し考えてから可能性を示唆してくれる静流。


「え? 協力依頼? 何それ」

「管轄所に寄せられた妖怪発見に関する捕縛や退治の依頼等様々です」


 俺、法術使えないのに?


「俺にも来るのね」

「ええ。法術師登録をしている以上は来ますね」


 そんなシステム誰も教えてくれなかったよ…?


「俺とか、無能力なのでパスしたいんだけど…」

「参加拒否も出来ますので、大丈夫ですよ」


 安心した。それなら拒否しよう。

 俺は参加しないと心に決めて封を破る。


 中には一通の手紙と、参加不参加に関する返答書類と返信用封筒が入っていた。


 どれどれ。


 ――今回青龍管轄である長野県山中において、小鬼が大量に発生しているという報告が寄せられています。

 現地駐在の法術師も駆除と捕縛に当たってはいますが数が相当多い上に、日中はあまり活動が見られない為、解決には至っていない状況です。

 小鬼自体は大きな殺傷力を有しておらず好戦的でもないのですが農作物や家畜など人間以外を襲ったり、その妖気に惹かれて大きな妖怪を呼び寄せてしまう事もある為早めの対策が必要です。幸いにも戦闘に不慣れな者でも容易に駆除が可能な為、本書は登録間も無い法術師または式呼びの儀を終えていない法術師を中心に送らせてもらっております。

 現地には管轄所からも十分に経験を積んだ術師を数名派遣する予定なので実際はその術師達の指示に従ってもらう形になりますが、ご参加頂いた方には報酬と別途危険手当もお支払いさせて頂きます。

 人的被害が出る前に何卒皆さまのお力をお貸しくださいます様、お願い致します。



「……だそうだ」

「と言われましても、読んでいないので私には何がなにやら…」


 そりゃそうだ。心の中で読んだからな。静流には伝わらなかったようだ。


「テレパシーで送ったけど伝わらなかったか?」

「…利剣さんの元の世界ではテレパシーが使われていたんですか?」


「いや」

「……利剣さんがいなくても咲紀さんをお守りする分には何ら支障はありませんので存分に貢献されていらしては?」


 きっつぅ!!


「い、言う様になったな…」

「冗談に冗談でお返ししただけですよ」


 そう言ってクスッと笑う静流。

 冗談なんだよね? 本心じゃないよね?


「それに、利剣さんのおふざけに椎佳と咲紀さんの悪戯いたずらに……マトモに取り合っていたら疲れてしまいますよ…」

「あぁ、何か察した。ごめんね。はい、これ」


 そう言って静流に書類を渡す。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言って受け取り、目を通す静流。

 見えない所で苦労してるんだなぁ…。


「冗談はさておいて、式呼びの儀もまだでしたら後学こうがくの為に行かれるという手もありますが」

「そうそう後学の為に…って。俺が抜けても大丈夫なの…?」

「……。そうですね」


 今の間何よ。

 戦力は低下しないって言うのは冗談だったの?


「お言葉ですが利剣さんが自由に動き回れるように椎佳を雇用したのでは?」

「あ……」


 失念してたわ。

 さっきの椎佳解雇云々は撤回しよう。


「それに、数日程度でしたら利剣さんが外出なさっている間、翡翠さんなり縁なりに来てもらいますので…」

「あぁ、そうだよな。咲紀は今や事件の鍵を握っているかもしれない重要参考人、生き証人ならぬだもんな」


「はい」


 俺のジョークにも一切笑う事なく真顔で返してくれる静流が好きだ。

 言っておくが俺はマゾじゃない。


「よし分かった!」


 俺は意気揚々と参加不参加に関する書類を取り出し、ボールペンを走らせる。

 名前を書き、住所を書き、そして―――参加に丸をつけた。


「面倒くさいから行かない!!」


 ドヤ顔で鼻息を出して静流に紙を突き出した俺を冷たい目で見る静流。


「さっきの一連の会話は一体何だったんでしょうか……」

「え? 行くような話してた? 最初から無能力だから参加したくないって言ってたけど…」

「言っておられましたね…はぁ…」


 静流さん、これ見よがしにため息つくのやめてくんない?


「それに俺は動くとしたら咲紀の親族の家に行って話を聞きたいと思ってるしな」

「危険では?」


 確かに。

 考えたくはないが黒幕が咲紀の親族という可能性もゼロではないからだ。

 咲紀には伝えなかったが漣さんから見せてもらった野島家に関する資料には、咲紀の両親の事や親戚の事もしっかりと調べられていた。

 実は咲紀の両親は恋仲になるも咲紀の母方の家の猛反対を受けて駆け落ちをしていた。

 理由は単純。

 咲紀の母、野島千夏の家は代々優秀な法術師を輩出している由緒正しい家柄のようで、現在でも東北地方の管轄長をしているほどの有力者だそうだ。

 対する野島明晴の家は大した法力もないごくごく一般的な…下手すれば平均よりやや下といってもいいくらいの実力しかなかったらしい。

 余談ではあるがどちらも同じ野島姓だったという事には少し驚いた。

 もしかしたら遥か昔の祖先を辿れば遠い親戚筋なのかもしれないがそれは俺の勝手な想像なのでこの際おいておこう。

 この二人が一体どんな出会いをして身分違いと言える恋に落ち、駆け落ちたのかを聞く術はもはやないのだが…いや、もしかしたら咲紀の記憶が戻る事があるとすれば両親の慣れ染めを聞かせてもらっているのかもしれないが、それが元で実の親に殺されている可能性もあると言う訳だ。

 成程お父さんはともかく咲紀のお母さんがそれほど実力のある家の生まれと言う事であれば大型の妖怪を自身の命と引き換えに祓ったのだろうという漣さんの推理もあながち間違いではないのかもしれない。


「やっぱり危険かな?」


 俺の問いかけに静流は少し考えてからうなづいた。


「率直に申し上げて危険かと。もし咲紀さんとご両親を事故に見せかけて殺害した犯人であった場合はもちろん咲紀さんの幽霊がいる事を話すべきではありませんし、加えて利剣さんがここに住んでいる事をプレッシャーに感じているからこそ人を雇って調査に来させたのではないでしょうか?」


「そうだよな……」


 俺はうーんとうなる。


「そうなると野島両家に行くのは得策ではないって事になるなぁ…」

「利剣さんに両家へおもむいて頂いて、相手が利剣さんを知っているか等、どんな反応をするのかを見てみるという策は良いかと思いますが…」

「え? いいの?」

「相手に害意と殺意があった場合は利剣さんはそこで行方不明になるかと思います」


「却下」

「先ほど咲紀さんの為に動きたい、とおっしゃっておられましたのに…」


 ふぅ、とため息をつく静流。

 まじでおにちく鬼畜


「咲紀の為に動くとは言ったが、咲紀の為に死ぬとは言ってない」

「そうですよね、冗談が過ぎました」


 ぺこりと頭を下げる静流。

 本当に冗談だったのだろうか…。


 ピルルル……


 と、俺のスマホが鳴った。

 発信主は……葉ノ上漣さん。


「………このタイミングで静流の親父さんから電話とか嫌な予感しかしない」

「私もです」


 ピッ……


「…もしもし? 逢沢おうさわです」


(おぉ、利剣君か! 青龍管轄からの封筒が今日あたり届くと思うのだが…)


「あ、届きました」


(そうかそうか! いや利剣君に電話したのはその件でなぁ!)


「俺も、その件かなって思いました……」


(その件なのだが、わしが頼んだ助っ人も行かせる故、力を貸してくれんか?)


「俺、無能力なんですが…」


(大丈夫だ! 武器に法術で付与してやってくれと頼んである! 後は剣術の腕前だけあれば問題ない!)


 俺の平穏が壊れて行く。

 いや、平穏なんて始めからなかったんだろうか。


「それなら、大丈夫ソウデスネー…」


 俺の受け答えに、静流が心底申し訳なさそうな顔をして俺をあわれんでいる。


(うむ! 管轄長の葵さんも利剣君に期待しておると言うておったぞ!)


 葵さんて誰だよ……。

 知らない人に期待されても正直嬉しくない…。


(では当日宜しく頼むぞ! ではな!)


 プツッ……


 なし崩し的に俺から承諾を取れたと判断した漣さんが電話を切った。


「り、利剣さん……」


 静流が何か声を掛けようとしてくれているが、何をどういえばいいのか分からずそのまま俯いて黙りこんでしまう。

 俺は無言で不参加に付けた丸を二つの線で取り消して、そっと「参加」に丸をつけた。





あとがき

利剣、長野県に出向決定!

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