第二十六札 へてろじーにあす!! =異質=

まえがき

椎佳さんの特別レッスンが始まります。

良い子の皆は真似しないでね!

※控えめに書いていますが後半若干暴力描写があります。







「ほな行くで」


 木刀を構えた俺にそう宣言してから椎佳しいかがゆっくりと距離を詰めてくる。

 椎佳の武器はもちろん槍。

 今まで静流としか手合わせをしていなかった俺は緊張のあまり木刀を握る手と肩に力が入る。

 ただでさえ初めて対峙たいじする武器で対処法が分からないってのに相手は葉ノ上漣はのうえ れんさんの娘だ。

 弱い訳がない。


 ええと。槍って突き出された刃先を切り落としたりとか攻撃を受け流してふところに入ればいい、んだよな…?

 少なくとも今まで見てきた漫画やアニメの知識ではそうだったはずだ。

 ここは相手の初撃を待つのが得策か…。


 俺は剣先を椎佳の喉元のどもと辺りに向けつつ椎佳の動きを観察する。


「ふぅん…」


 ニヤリと口の端を上げて椎佳が槍を振りかぶる。

 これは…!

 

大鎌おおがまァァ!」


 野球のバット宜しく椎佳が疾女はやめを真横にフルスイングしてくる。


 バッシィィィン!!


「ぐぁっっ!!」


 難なく木刀で受け止めたつもりだったが、予想を遥かに上回る衝撃と重さに襲われて俺の身体が横へと吹っ飛ばされる。


「くっそ……」


 地面を二度三度転がって受け身を取り跳ね起きた俺は椎佳のいる方を睨み付ける。

 と、椎佳は既に次の攻撃に移っていて、疾女を真上へと振り上げていた。


「やべっっ…」


 慌てて木刀を真上に構えようとして感じる違和感。

 と、振り下ろせる疾女を一向に振り下ろさないまま椎佳が口を開いた。


「木刀、になってしもたなぁ」


 ビュン、と疾女を頭の後ろに回し、柄に両手首を引っ掛けた椎佳があごをクイッと動かして木刀を差す。


 言われて視線を移すと刀身の中央が酷くめり込んでいる木刀。

 次に一撃を受け止めたら間違いなく真っ二つに折れていただろう。違和感の正体はこれか。


「ってか木刀をへし折るような一撃を放って来るなよ! 食らったら骨折するぞこれ!?」

「あはは…」


 俺の非難の声を受けた椎佳が誤魔化ごまかすように苦笑いする。


「ごめんごめん。アンタが静姉しずねえと手合わせしとるって聞いたから、静姉の剣速が見えてるんやったらウチのんは余裕で見れるやろなーって思ってつい…」


 つい、で骨を折られてたまるか。


「それにしてもどーすんだよこれ」


 俺は真っ二つに別れそうな木刀をブラブラさせる。

 静流からの借り物なのに。


「アンタにはがある!」


 何となく言われると思った。


か…」


 俺は渋々、俺専用の武器フローリングワイパーを取りに自室に向かうのだった。



 ・ ・ ・ ・ ・



 そして今俺はフローリングワイパーを構えている。


 ワイパー部分は邪魔だったので取っ払った。


 プラスチック部も何だか硬くなっていてなかなか外れなかったのだが、元がプラスチックだけにそこまで硬くはなく、椎佳の協力もあって勢い任せにひねったら


 外れたと言うと聞こえはいいが要するに破壊したんだが。

 その瞬間こいつは汚い床を掃除するための道具ではなくなってしまった。

 例えるならば天使の羽を失った堕天使だ。


「ワイパー部分を取ったから、これはすでにフローリングワイパーではないよな。ただのアルミ棒だな」


 取っ手の部分を握りしめた俺が素振りをしながらしみじみと呟く。


「強度的にもアルミとは言えへんよね」


「もはやアルミと名乗る事も許されないのかこのスティックは。アイデンティティ崩壊だな」

「せやな」


 意味のない会話をかわしてから俺はフロー…スティックを構える。

 うん、使いにくい。


「ほな行くで」


 スティックを構えた俺にそう宣言してから椎佳がゆっくりと距離を詰めてくる。


 うん、デジャブ。


 だが!


 今度は俺が地を蹴って椎佳目掛けて突進する。


「っっ!?」


 意表を突かれた椎佳が疾女を構えて前に突きだそうとするが既に俺は刃先より中に入り込んでいた。


 さっきのフルスイングのお返しだ!


「おんどりゃあぁぁ死にさらせやぁぁぁあ!!」


 どこぞの極道映画のチンピラのような雄叫びを上げて俺は椎佳のひたい目掛けてスティックを振り下ろした。


「くっ!」


 顔をしかめながらも椎佳は器用に刃先から一番離れたの部分で俺の一撃を受け止める。


 キィィィィン!!


 中身が空洞の、アルミ特有の音が鳴り渡りジーンと俺の手に痺れが伝わってくる。


「ちっ!」


 俺は舌打ちする。

 せめぎあいの最中俺は自分の失態に気づいたからだ。

 そう、大事な事が分かってなかった。

 距離を取って仕切り直そうかと思ったがもしかしたら椎佳は気づいていないかも? なんて微かな希望を抱いて俺は次の攻撃に移った。


「やっ!」


 スティックの軽さを生かして俺は椎佳の胴を薙いだ。


 パシッッ!


「な……!」


 椎佳は俺の攻撃を受け止めなかった。

 スティックが椎佳の横っ腹に当たる。


「ほいっ!」


 ゴッッ!!


「いっっってぇぇぇぇ!!」


 その直後、疾女の柄が俺の頭に勢いよく落とされて俺は頭を抱えて転げ回った。

 

「利剣、気付いたやろ…?」


 中腰で俺が痛がる様子を眺めつつ椎佳が問いかけてくる。


「き…づいた……」

「重さがないから、打たれても致命傷にならへんなぁ…それ……」


 そうなのだ。

 俺のスティックは…(いや、卑猥ひわいな意味ではないぞ。)硬くて軽いんだが、重さはアルミニウムのそれなのだ。

 つまり耐久力と機動力はあるんだが、重さがないから打ち込んでも威力が低い。

 だから椎佳はあえてガードを捨てて腹で受け止めて、反撃に転じたと言うわけだ。


「おー…いてて…」


 俺は涙目で頭をさすりながら立ち上がった。


「そのスティック、一回溶かしてからナイフにするとか防具にした方が良さげやなぁ……」

「そうかも知れない……」


 溶けるのか? こいつ。

 普通に模造刀とかを買った方がいいかもしれん。



・ ・ ・ ・ ・



 ―――某県某市 夜―――



 辺りは鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた森。明かりらしい明かりはない。

 幸い月が出ている為、周囲の様子や足元くらいは何とか視認出来る。


「ギィィッ!」


 金切り声を上げて小型の獣が複数、森の中を駆ける。

 小鬼。

 その小鬼は平安や戦国時代に描かれた妖怪絵巻物ようかいえまきものからそっくりそのまま出てきたような姿形をしていた。

 背丈は成人男性のももくらい。

 ギョロリとした目に尖った耳、口は裂け、頭や胴に比べて不自然な程腹は膨らんでおり、手足の爪は鋭い。


 ビュン!


 小鬼の背後から複数枚の札が飛来し、そのうち何枚かが小鬼に当たる。


「ギィィィ!!」


 札に触れた小鬼が叫び声と共に札に吸い込まれてその姿を消す。


「何匹やれた?」


 鉢金はちがねを巻いた黒髪の男が隣にいる法被はっぴにねじり鉢巻の男に尋ねる。

 

「ひーふーみー…五匹かな」

「今何匹だ?」


「三十やそこらだな」

「まだそんだけかよ…」


 鉢金男がうんざりした声で新たな札を懐から取り出す。


「まぁそう言うなよ。俺達くらいの番付じゃあ小鬼相手くらいが妥当って事だろ?」


 地面に散らばった札を拾いながら、小鬼を封じた札と捕えられなかった札を選り分ける法被男が愚痴をこぼす鉢金男を宥めた。


「しかし多くないか? 小鬼百匹の捕縛って」

「そうか? 詳しい事は分からんが、色々な用途で使うからじゃないか? はいこれ、未使用札」


 ありがとうと言って未使用札を受け取って懐にしまう。


「色々って、何にだよ…?」

「さぁ? 式呼びの儀専用とか、妖怪実験とか?」


「実験とかあるのかよ?」

「いや、何となくありそうじゃないか?」


 怖いなそれ、と鉢金男が笑いながらツッコミを入れた。


 二人はかれこれ一時間以上森に籠っていた。

 小鬼を見つけては捕縛札ほばくふだを投げるという単純な作業の為、危険も大して感じずに退屈から雑談を交えながらどんどんと森の奥へ進んでいく。



 それからさらに二時間。

 男達の目標とする小鬼百匹に到達するまで後僅かという所まで来た。

 時刻はもうすぐ零時を回ろうとしていた。


「後十匹くらいだ」


 危険はなかったが長時間森の中を歩き回っている為、法被男の声にやや疲労の色が窺える。


「ようやくか。管轄の人驚くだろうぜ」


 同じく疲労を感じている鉢金男が額の汗を拭い、笑みをこぼす。


「そうだな。何より管轄からの直接依頼だからな」

「ああ。報酬もかなり高額だし、早めに達成すればするほど番付の上がりも早くなるとか言ってたしな」


 鉢金男の言葉に、法被男がうんうんと頷く。


「小鬼の出現も昼間より夜の方が多いって教えてくれた上に、捕縛札まで譲渡してくれた。まさに至れり尽くせりだよな」

「全くだよ。ありがたやありがたや」


 組織に感謝の言葉を述べつつ茂みをかきわけた時だった。

 突如二人の背中に悪寒が走った。


「お、おい…」

「な、何だよこれ……」


 森の奥から感じる凄まじい威圧感。

 流れて来る風に、明確な敵意と悪意が混じっている。

 小鬼では感じる事のなかった恐怖が二人を包む。


「これ以上は、ヤバい…。引き返そう」

「ああ、戻ろう」


 その判断を下して戻ろうとしたが、それは遅すぎる判断だった。


 ザザザザ!!!!


 奥の茂みが物凄い勢いで揺れた。


 ビュッッ!!


「ぐわぁっ!!」


 飛んできた何かが法被男にぶつかり、法被男が勢いよく地面を転がって近くの木にぶつかる。


「な、何…!?」


 頭を振ってよろよろと起き上がり、法被男が目にした光景。


「あ………」


 大きな背中。

 とても大きな背中。

 月明かりのせいでよく分からないが、赤銅色しゃくどういろをした……成人男性三人分はあろう大きさの大男の背中。

 それは地面にしゃがんで、何かを咀嚼そしゃくしている。

 大男の股下から、見慣れた人間が横たわっているのが見える。


「い、飯田…?」


 法被男が掠れた声で呼びかけるが、飯田と呼ばれた鉢金男から返事はなかった。

 と、大男が法被男の方へと振り返って立ちあがった。


「お、鬼……」


 法被男は恐怖に目を見開いた。

 鬼。

 日本古来から存在する妖怪の類で先程の小鬼と顔つきは似ているが、頭に二本の角が生えておりその表情には憤怒ふんぬの色がありありと出ていた。

 背丈は三メートルほどあり、腕や足は丸太の様に太く黒い毛で覆われていた。


「な…んで……」


 法被男の呟きに誰も答える事はなく。


「ガアアアア!!!!」


 鬼は一度咆哮ほうこうしてから法被男に飛びかかった。


 その日。

 二名の法術師見習いが人知れず行方知れずとなる。

 集めた札は忽然こつぜんとその姿を消していた。







あとがき

あ、今回初めての死者?

いや、咲紀が最初の犠牲者か……。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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