第二十二札 いんとりゅーじょん!! =侵入=




「……人影は…ないな」

「ああ…」


 辺りをキョロキョロと見回しながら二人の男が洋館の敷地内の茂みを中腰でゆっくりと歩いている。

 声から察するに男性なのだがその姿は黒いマスクにサングラス、頭にはニット帽という顔を見られない為の対策を取られており詳細な年齢はうかがええなかった。

 だがその出で立ちと挙動からして招かれた客人でないことは明らかだった。


「この館は主が外に出ていて、いるとしても住み込みの家政婦が二人だけみたいだ」

「しっかし本当なのかねぇ? 女の姿を確認するだけで四十万円貰えるとか…」


 手に木刀を握りしめた男が前を歩いている伸縮式の警棒を持った男に話しかける。


「お前も前金で十万貰ったんじゃねえの? 多分マジだろ。…額からしてヤバい話ってのはソーゾー想像つくけどヤクザじゃないって聞いたから死にはしねーだろ」

「分かってるよ。…何にしても俺は金が欲しいからな」


 ピタ、と動きを止めて警棒を持った男が振り返った。


「俺も金が必要なんでな。ま、上手くやろうや」

「おう」


 そこで会話を終えると二人は茂みを再び進み始める。

 正面玄関から侵入するのはさすがに馬鹿がする事だという事で二人は裏口もしくは開いている窓がないかを探し始めた。

 幸いと言っていいのか、庭の手入れが完璧にされている訳ではなかったので中腰で茂みを進めば館からは見つかりにくい状態だった為、容易に西側の側面に回り込む事が出来た。


「ちっ、裏口見当たらねえな」

「窓ガラス、割るか?」

「音が出るからダメだろ。最悪の場合は正面から入って何とかすりゃよくねえ?」


 男達の目的は渡されたある女の姿を確認する事。

 それが家政婦の二人でない事は事前に聞かされていたので、正面から入っても一か所に二人を集めて拘束すれば容易に目的の女探しを行えると言う楽観的な考えがあった。


 誤算だったのは。

 家政婦の一人が葉ノ上静流はのうえ しずるという女性であると言う事だった。


「ここは雇用主の私有地です。即刻武器を捨てて地面に伏せて下さい」


「え?」

「だ、誰だよお前!」


 男達は突然背後から声を掛けられて明らかにうろたえている。

 そんな二人を静かに見据えて静流はスッと木刀を構えた。


「武器を捨てて下さい」


「おい、どーすんだよ…!」

「やるしかねえだろ!」


 そう吠えた男が警棒を構えながら静流目掛けて迫ってくる。

 

「おりゃあ!!」


 人を殺す事には抵抗があるのか、静流の肩口目掛けて振り下ろされる警棒。


「……」


 その動作を完全に見切っている静流が身体を半歩ずらして攻撃をかわすと警棒は空しく大気を切り裂く。

 無言で木刀を振り上げ、静流は男の右肩目掛けて振り下ろした。


 バシィッ!!


「いってぇぇぇ!!!!」


 激痛で警棒を落とし、右肩付近をかばった男が地に両膝をついてうずくまる。


「や、やべえ…! ひぃぃっ!!」


 木刀の男が後ずさり、静流目掛けて木刀を投げつけると同時に踵を返す。


「お…いっ…!!」


 見捨てられた男が悲痛な声を上げるがそんな声を無視して走り出す男。


 カンッ!!


 投げつけられた木刀を静流は弾き飛ばして、静流はそっと印を組む。


「風よ、我にまといて力となれ…」


 ぶわっ…と追い風が吹いた。


「なっ……!?」


 男の眼前に突如木刀を構えた静流が現れ。


 喉に激痛が走った直後、男は意識を失った。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・



 柵を乗り越えた男が飛び降り、茂みだらけの地面に着地する。


「(……あいつらは準備からしてダメっぽいからな」」


 先程の二人と同じく、顔を隠した一人の男。

 違いがあげるとすればこの男は目出めだし帽にスキーでつけるようなゴーグル、そして全身迷彩服という軍事関係を匂わせる出で立ちであるという所だろうか。


「(別行動を提案しておいて良かった)」


 内心ほくそ笑みながら男は家の裏手側の茂みに回りこんだ。

 事前に地図アプリと自前のドローンで勝手口の場所は把握していた為、ここまでは実に簡単なミッションだった。


「(侵入行動とは綿密に練られた計画の上で行ってこそだからな)」


 と、西側で怒声が聞こえた。

 どうやら二人の馬鹿が見つかったようだ。


「(チッ!! 早すぎだろ!!)」


 男は内心焦ったが、これはチャンスだと思考を切り替える。

 あの馬鹿二人が目立っている間に勝手口から侵入し、悠々とミッションをこなせばいい。


「(よし、GOだ!! GOGO!!)」


 茂みからバッと飛び出した男は勝手口まで全速力で駆ける。

 そしてドアノブに手を掛け―――


「はい、お疲れ様でした」


 背後から突然聞こえた女の声。


「な……!?」


 振り返る間もなく首に何かが巻きつく。

 背中に当たる柔らかな感触。


「く……か………」


 どれだけもがいても絞められた腕は離れてはくれず。


 絞め技を極められて、男の意識はそのまま刈り取られた。




 ・ ・ ・ ・ ・



「ふぅ……」


 通報を終え、二人の気絶した男を見ながら息を吐いた。


「父さんの予想がこんなにも早く的中するなんて、ね……」


 咲紀には流那を二階の掃除に誘導してもらうようにお願いしている。

 最初はそのお願いに対して不思議そうな顔をしていた咲紀だったが、正直に咲紀を祓おうとしている者が迫っている可能性がある事を伝えるとコクコクと首を振って素直に指示に従ってくれた。


「静流様、終わりました。あちらでノビておりますわ」


 館の裏手から歩いてくる忍装束の女性。

 茶色の肩くらいまでの長さの髪にウェーブパーマをかけ、口元のホクロが非常に扇情的な美人。


「有難うございます。翡翠さん」


「いえ、これもお館様と静流様の為なので」


 そう言って翡翠ひすいは静かに一礼した。

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