第二十一札 えびでんす!! =証拠=

まえがき

サキは咲紀だった。

という事は咲紀は美味しく食べられてしまったという事か…。

こうなれば粘土で人形を作って、そこに咲紀の魂をブチ込めば…!!





利剣りけん君の家にいるというサキ君は、野島咲紀のじま さき君である事に間違いはないんだね」

「間違い…ありません」


 写真から視線を外さないまま、答える。


 間違えるはずもない。


 嫌でも毎日顔を合わせているんだから。


「そうか…。咲紀君もさぞや無念だったとは思うが…。当時の記憶を失っているんだったな…」

「はい。自分の名前と、あの洋館が自分の家だという事くらいしか…」


 帰ったら咲紀に何て話そう。

 咲紀も、咲紀のご両親もこの館で三年前に亡くなったって事が分かったんだ、なんて簡単には言えそうにないな。


 幸い咲紀はあの館から出たくないって言ってたから真犯人を捜しに行くこともないし、肉体がない限りは誰かに危害を加える事もない。

 安心じゃないか。


「咲紀君が何か思い出してくれれば事件に進展はありそうなのだが…」

「咲紀にとって、思い出す事が幸せなんですかね…?」


 その言葉に、椎佳しいかれんさんは何も言わずただただ静かに俺の顔を見る。

 構わず俺は言葉を続けた。


「犯人を捕まえたとしても、咲紀と咲紀の両親は生き返らないんですよね…?」

「そうだ。生き返りはしない」


「咲紀がもし、記憶を取り戻して悪霊とかになったらどうするんですか!?」

「利剣! やめときぃや!」


 椎佳が俺の肩をつかんで制止しようとするが構うもんか。


「その時は咲紀を祓うんですよね!?」

「人に害を為す場合は、そうなる」


「サキはっ!!……咲紀は今はもう、俺の家族なんですよ…」


「利剣君…」

「利剣…」


 漂う静寂。

 二人とも、俺にかける最良の言葉を模索しているんだろう。


 大きく深呼吸を一度。

 たかぶった気持ちを落ち着かせてから俺はゆっくりと口を開いた。


「すみません、熱くなってしまいました。…本当は分かってるんです、咲紀をこのまま現世にとどまらせておく事は多分良くない事なんだろうって事は…」


 俺の言葉に、漣さんはゆっくりと首を振った。


「いや…、利剣君の気持ちは分かるなどと偉そうな事を言うつもりはないが…。君にとって咲紀君は大切な家族なのだと言う事はしっかり伝わった。しかし……それでも人を殺めた者が今も生きているのだとしたならば、わしはそれを捕まえて白日の下に晒して相応の罰を与えなければならんと思っておるよ」


「そう、ですね…」


 殺人犯をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。

 そりゃそうだよな…。


 ただ、こっちの世界では咲紀が俺にとって初めて出来た家族なんだよな。


 この世界に来た日、俺は家族を失って。


 咲紀は俺がこっちに来た事で、家族が出来た。


 咲紀が俺をどう思っているのかは正直な所分からない。


 聞いたことないし。


 けど、そう思っていてくれたら俺は嬉しいかな。


「漣さんのお話は分かりました。一家惨殺事件については俺個人で出来る限りは協力させてもらいたいと思います」

「そうか、有難う。……おい、えにしはおるか?」


「お呼びですか? お館様」


 ふすまの向こうから再びくぐもった声が聞こえた。


「一家惨殺事件についての資料と、あの掃除道具をここへ持って来てくれんか?」


「御意に」


 掃除用具…。

 俺のフローリングワイパーの事だろうな。

 という事は、俺が話す番が来た、って事か。


「次は俺が話す番ですかね? お話します。俺が何者なのかを……」


 並行世界に迷い込んで二カ月ちょい。

 まさかこんなに早く誰かに身の上話をする事になるとは思いもしなかった。


「漣さんは……、神様を信じますか?」


「……んん?」

「はぁ?」


 俺の質問を受けて、明らかに困惑する二人。


「ええと、利剣君の言う神様と言うのは、日本古来の神々の事だろうか?いる、のではないだろうか?」

「宗教の勧誘?」


ちがわい」


 切り出し方がまずかったか。


 コホン。


「実は、女神様が存在していまして」


「………」

「………」


 黙り込む二人。


 チョロロロ……カコーン!


 タイミング良く、鹿威ししおどしが存在感をアピールするかのように沈黙を打ち砕いた。


 漣さんが「椎佳、これはどういう事だ?」という目で椎佳を見て、

 椎佳は「そんなんウチに聞かれても分からへんわ!」という顔をしている。


「えっと! 実は俺、この世界の人間じゃないんです」


 単刀直入に結論を言ってしまおう。


「利剣君…。儂は真面目に話を聞きたいと思っておるんだが…」

「そやで、利剣…」


 うんざりした顔の二人が明らかに俺を責める雰囲気になっている。


 やべえ、最初の二言でふざけて喋っていると思われてるぞこれ!


「いや、俺も真面目なんですってば」

「利剣…父さんが怒ったらウチ、抑えるの無理やからな…?」


 椎佳の最終通告なんだろうか。

 漣さんがキレたら、俺どうなるんだろうなー…。


 いやいや、それでもだ。


 椎佳に何と言われようと、漣さんに最悪キレられて斬られようとも。


 俺に出来る事は俺の事を話すだけだ。


「信じてもらえないと思いますが、順序立てて話しますから聞いてください」


 俺は二人に話した。


 元々似たような世界に住んでいてその世界では法術という技術が確立されていない事。

 フローリングワイパーを振りまわしていたら世界と世界の狭間に飛び込んでしまい、並行世界であるこちらに来てしまった事。

 女神様の姿をした存在から、元の世界に戻る事は不可能なのでこっちの世界で生きていかざるを得ないと言われた事。

 女神様の力で、既にこの世を去っている前所有者の戸籍と財産、住所を俺の物に記憶を操作して書き換えてもらった事……とにかく全てを話した。


「聞けば聞くほど荒唐無稽こうとうむけいな話なんだが……」

「利剣~~~……」


 俺が作り話をして漣さんをからかっていると思っているのか、椎佳が泣きそうな顔で俺にすがってくる。

 ええい、俺は正気だ!


「でも、それが真実なんです」


 真剣な俺の目に漣さんも渋い顔をする。


「…確かに、椎佳から聞いた利剣君の出生地の「逢沢おうさわ」という家系の法術師を調べてはみたが利剣君はどの家にも居なかった事は確かだが…」


 調べたんかい。


「一般家庭の逢沢さんやったら正直手詰まりやわ…」


 この女狐。女スパイめ!


「何より、利剣君の住民票などもいきなり最初からあの洋館だしのう…」


 取ったんかい。


「国や役所で発行される書類だから、偽造とか虚偽等は出来ない物だからな…」


「そうですね。俺はあの館からこっちの人生始まってますんで…」


 漣さんが徐々に俺の話を認めざるを得ない時だった。


「お館様、お待たせいたしました」


 襖の向こうから俺が並行世界から来たという証拠になるであろうキーアイテムフローリングワイパーを持って来た狐面きつねめんの女の子の声がした。




 ・ ・ ・ ・ ・ ・




「静流さんの家なのに、何で利剣と行かなかったの~?」


 気になった咲紀が廊下で掃除機をかけている静流の横で尋ねる。


「……え? 何かおっしゃいました?」


 掃除機の音がうるさくて聞こえなかったらしく、静流が片耳に手を添えた。


 本当は聞こえていたのだが、どう答えて誤魔化すのが一番良いのかを考える時間を作る為のいわゆる時間稼ぎである。


「なーんーでっ! 利剣とっ! 一緒にっ! 行かなかったのー!?」


 静流の嘘を信じた咲紀がさっきより言葉を区切り区切り大声で叫ぶ。


 ごめんなさい、と静流は胸中で咲紀に謝る。


「私にはこのお家でのお仕事がありましたので。それに、椎佳が駅まで迎えに来てくれていたからですね」

「そっか~。 静流さんは真面目だもんね~っ」


 納得する咲紀を見て、我ながらスマートに嘘がつけたと静流は内心安堵した。


 父さんと利剣さんのお話は無事に進んでいるのかしら、等と考えてしまう。


 実際静流はサキが咲紀である事はちょくちょく来ている椎佳から聞いていたので知っている。

 この館に来た最初の目的は利剣が何者なのかを調査する事だったのだが、椎佳にも怒られたように利剣との距離感の詰め方が分からずにただただ家事手伝いをして信頼を得ただけになってしまった。

 サキが幽霊として存在している事を早期に知る事が出来たのは幸運だったが、逆をいえばそれ以外の情報については何も得られていないのであった。


 そして椎佳がこの館に来てから、新たにもう一つの目的が静流に与えられた。


 ピリっと肌に刺さるような刺々しい空気。


 静流はその空気が何であるかをよく知っていた。


 敵意。


 Iineイイン


 静流のポケットでIineのメッセージ通知音が鳴った。


「……」


「誰誰ー? 利剣から?」


 興味津津しんしんでスマホを覗きこもうとした咲紀だったがそれよりも早く。


 メッセージを確認し終えた静流がスマホの画面を消してポケットにしまい込む。


「あーっ…」


 不満そうに声を上げる咲紀だったが、静流が真剣な表情で向き直る。


「咲紀さんに、お願いがあるんですが」


「え? な、何っ?」


 出ていないはずなのだが、静流の真剣な表情を見て咲紀は生唾を飲み込んだ。




あとがき

貴方は神を信じますか?

女神様はいますよ。

なんて真顔で言われたらちょっと距離置きたくなりますよね。

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