第十六札 くえすちょん!! =質問=




 翌日。


 いつもと同じように起きて飯を食い、一人の時は法術の発動練習をする。


 静流しずるの手が空いた時間に庭で手合わせをしてもらっていた時だった。


「お、頑張っとるやんてるね♪」


 玄関から片手を振りながら歩いてくる静流そっくりの妹。


 今日は黒のキャミソールに短いダメージパンツという露出の多い格好かっこう


 背中がぼやけているってことは歪曲札わいきょくふだを貼っている疾女はやめを背負っているな。


椎佳しいか!」


 俺と静流の声がハモる。


「椎佳、来る前には連絡をって…」


したでしたよ?」


 言って、したり顔で自分のスマホを見せてくる椎佳。


 画面にはトークアプリ「iineイイン」が映っていて、


(もうすぐ着くで)の文字。宛先は…


「俺宛かよ!!」


 手合わせの為、離れた所に置いてたから全く気付かなかった…。


 送信時間が十分前。


「連絡した、って言わんだろこれ…」


 もう家の間近でもうすぐ行くねと言われてもマトモに準備出来んわ!


「そうよ。それに利剣さんに連絡ではなく私にでしょう?」


「え?ウチ今日は利剣に会いに来たから利剣に送ったんやけどだけど


「え?」


 またしても静流と声がハモる。


「俺に?」


「そうそう」


 コクコクと頷いてニッと笑う椎佳。


「何で…ってか俺が外出してたらどうするつもりだったんだよ…」


「昨日予定聞いたら暇しとるって言うてたやんじゃん


 そうだったっけか。何か夕飯の時にそんな事を聞かれた気もする。


「そうか。んで、会いに来たってのは何でだ?」


「うん。ウチわたし京都から久々にこっちに来たからさー。色々案内して欲しいなーって思って♪」


 案内も何も、俺もこっちに来てから一ヶ月ちょいだぞ。


「そ、それなら静流の方が適任と思うんだけども」


静姉しずねえは勤務中やろでしょ?」


 言ってから椎佳は静流を見やる。


「む……」


 静流は何かを言いたそうに椎佳を見るが、気にせずに椎佳は言葉を続けた。


「静姉は勤務を放棄するのが嫌いからね。そんなら暇そうな利剣とデートしよかなぁーって」


 そう言って前のめりになって何故か谷間を強調してくる椎佳。


「で、デート!!?」


 思わず俺は声を上げてしまった。


 デート!?


 出会ってまだ二日目だぞ!?


 お、おおお落ち着け。


 椎佳の性格からして恐らく俺をからかうための言葉をわざと選んだんだろう。


 ここで浮かれたりはしゃいだりしたら椎佳の思うツボだ。


「い、いいぜ。デートするか」


「利剣さん?!」


 俺の言葉に静流が驚きの声を上げる。


「うん、♪」


「じゃあ俺、シャワーで汗を流して着替えてくるから!」


 二人にそれだけ伝えると俺はダッシュで家に向かう事にした。


 どこか検索サイトで調べた方がいいのかな…。




 ――――――




 軽い足取りで館に戻る利剣を見送ってから静流が口を開いた。


「父さんの差し金?」


ちゃうよちがうわよ。ただ個人的に色々話してみたいなぁって思っただけやでだよ


「個人的に…ねえ…?」


「うん。まぁ、父さんから大まかな内容は教えてもらったけどそんなに進展ないみたいやんじゃない?」


 椎佳の言葉に、ばつが悪そうに静流が目を伏せた。


「それは……認めるけど…」


「まっ、人には得手不得手えてふえてがあるしなぁ♪」


 普段静流には頭が上がらない点が多々ある椎佳がどこか誇らしげに胸をはってフォローする。


「……くれぐれも、今後の動きに支障が出そうな言動は控えて頂戴ちょうだいね?」


「だーいじょうぶやって!ウチにどーんと任せときっ!!」


「椎佳に物事を任せるのが一番心配なのだけど……」


 言って静流がはぁ、とため息をついた。


「大丈夫やて。ちょこっとデート、してくるだけから♪」




 ――――――




「とりあえず駅まで歩いて来たものの…何もねえな」


「ええんちゃう?こういうのんびりしたデートもウチは嫌いやないで?」


 都心から一時間以上離れた駅前。


 観光スポットとかデートスポットとかないのは分かっていたが、本当に何もない。


「えーっと……。どうする?電車で都心まで行くか?」


 都心に行けば何とか時間は稼げる…。その間に…!


「それもええけど、ウチはとかがええいいなぁ~♪」


 そう言って椎佳が指差したのはどこにでもあるファーストフード店だった。


「え…でも…」


「お洒落なデートスポット巡りは次回の楽しみにとっておいて、まずはお互いの事知ろっか?」


「お、おう。そうだな」


 この女…!手慣れてやがる…!!


 とにかく無計画だった俺は椎佳の提案に救われ、ファーストフード店に向かう事にした。


「前はさ、静姉に怒られとったから聞けんかったけど、利剣って関西出身なん?」


 アイスコーヒーを一口飲んでから椎佳が興味津津きょうみしんしんに尋ねて来る。


「おお、そうなんだよ。関西出身だよ」


「その割には関西弁っていうか、言葉づかいがこっち寄りなんねぇ」


「あー……。俺さぁ、元々は声優を目指して上京してきたんだよね。」


 そうなんだよなー。


 俺ってば声優になる為に関東に上京してきたのに、並行世界に飛ばされちゃったんだよなぁ…。


 戸籍も経歴も、行ってた専門学校もこっちの世界では全く存在していないから実質無職なんだよな。


 あ、このハンバーガー、ペッパーが効いてて美味い。


「え?せ、声優になろうとしてる…?声の…?」


 ほら、椎佳も意外だ…って顔してるじゃん。


「そうそう、声の」


「えー!?法術師になろうって思ったんちゃうん?!」


「いやぁ、法術師はなんかたまたま恩恵があったってだけで……一切使えないし」


 ズズ…とアイスティーをすすって答える俺に、椎佳が質問を続けて来る。


「利剣の家族も関西?」


「うん。父さんと母さんと妹が一人」


「ご家族は法術師の家系?逢沢おうさわ、やんな?」


「うーん、家族は誰一人として法術師はいないなぁ。苗字は椎佳の家と違って全員逢沢だよ」


「へぇー……。恩恵とかもない?」


「んー…どうなんだろうな?」


 元の世界ではそもそも法術師なんてなかったし。


 恩恵も何もないだろう。


 ってか俺に恩恵がある事が一番の驚きだ。


「ほな利剣だけが先祖返りした、って可能性とかかも知れへんね?」


「そうかもな」


 その辺りは適当に話を合わせておく。


 並行世界から来たから一般人だよ!とか言っても信じてもらえないだろうし。


「そういう椎佳はどうなんだよ?」


 法術師と葉ノ上家に興味があるので逆に聞き返してやる。


「んー…ウチの家はー…なぁ…」


 目を泳がせて答えにくそうな顔をした椎佳だったが何だか意を決したような、真剣な顔つきになる。


「静姉に絶対言わんといてなわないでよね?」


「ん?お、おう……」


 椎佳の真剣な顔つきに気圧けおされて答えてしまった。


「ウチの家、葉ノ上家は関東でも指折りの与力方よりきがたやねんなの


「あー、信じるわ。すっげー信じるわ」


 静流、半端なく強いもん。


 それに静流との手合わせって話で椎佳が絶望したりしてる所を見ると相当スパルタなんだろう。


「父さん自体は関東で三本の指に入ると思う位の強さやと思う」


「納得いく」


 真剣な顔で話している二人のポテトがひょいひょいと胃袋に消えていく。


「ウチの母さん…、樹条の方は京都の方ではちょこっとだけ有名な法術師の家やで」


「ほう…」


 うわー、すげえ興味深い話が聞けてるなぁ。


 今まで謎だった葉ノ上家と樹条家の貴重な話題だ。


「ってことは、近接戦闘の葉ノ上家と法術が得意な樹条きじょう家の……政略結婚?」


「ううん。熱愛結婚」


「それはおめでたいこって……」


 あっさりと答える椎佳に何だか拍子抜けしてしまう。


「利剣の家系は樹条家とか全然知らへんないの?」


「あー…有名って話なのに悪いけど…知らないんだ」


「ふうん……」


 椎佳の視線に疑いの色が宿る。


「ま、そういう集まりに不参加の家もあるし人数も多いもんなぁ~…」


「そうそう…」


 誤魔化ごまかせたか?


「利剣、最近法術師登録したんやんだよね?」


「そうなんだよー…。ホント初体験で緊張したぜ」


「という事は…式呼しきよびのとかもまだなん?」


「うん?式呼びの儀?何だそれ」


「あれ…誰も教えてくれてへんのや…」


「手引書も見てない」


 静流もそんな事、一言も言ってなかったな。


「式呼びの儀ってのはな、一人前の法術師になりましたーって親とか親戚に見てもらう儀式やねん」


「ほう」


 親とか親戚いませんな。


「基本的には親族が用意してくれる一人で倒せそうな小鬼とか弱い霊とかを一人ではらうねん」


「実戦か」


「そうそう。まぁ、そう言った負の存在に慣れさせる為の初陣ういじんって意味合いが強いんかなぁ」


「静流と椎佳も経験したのか?」


「うん。やったで」


「へえ~…」


「ウチらの時は静姉と二人で一緒にやったからなぁ……成人男性くらいの大きさの鬼を出されたわ……」


 そう言って窓の外を眺める椎佳の視線がどこか遠い。


「そ、それは大変だったんだな…」


「法術師ってやっぱり危険が伴うんよね。式呼びの儀をせんしないままいざぶっつけ本番! 実戦投入したのはええけど異形いぎょうの存在を目の当たりにして足がすくんで戦えへん、とかパニックになられると一緒に戦う仲間にも被害が及ぶからな~…」


「そう、だよな……」


「せやから利剣も法術師として生きるんやったら式呼びの儀だけはちゃんと受けときや」


「お、おう…」


 頭では分かっていたつもりだった。


 だけど、椎佳の話を聞いて…忠告を受けて…。


 俺自身どこか遊び半分で法術師の世界に足を突っ込んでいたんだと気付かされた。


「あ、でも」


「うん…?」


 俺の気持ちが沈んだ事を察したのか


「利剣は有名な声優になるのが夢なんやっけか?」


 と、椎佳は茶化すように、元気づけるように俺をからかってニカっと笑ってくれた。


「そうだな。歌えて祓える声優でも目指すかなぁ」


 そんな椎佳の気遣いに、俺も冗談交じりに軽口を叩いた。




 ――――――




「あぁー、楽しかった!すっかり話し込んでしもうたわぁ」


 外に出るとすでに夕暮れになっていた。


 何時間話したんだろう。


「椎佳、今日は色々ありがと」


「ううん、ウチも静姉を雇っとるご主人サマの事が色々聞けておもろかったわ♪」


「いや、俺も色々思う事はあったし勉強になったよ」


「そっかそっか。それなら良かったわ♪」


「これからどうする?もしあれなら家で夕飯でも食ってくか?」


「んー…」


 あごに人差し指を当てて少し考え込む椎佳。


「ううん。今日はやめとく。このまま実家の方に帰るわ」


「そっか。何だか残念だ」


「寂しがらんでも、帰ったらウチそっくりの姉がおるやん」


 言って椎佳が笑う。


「そっかーじゃあ大丈夫…って別人やがな! あと寂しいとかはないけどな!」


「おぉ! ノリツッコミ」


 関西圏の人間とはこういうやり取りが出来るからいいんだよな。


「っと。ほなウチは帰るわ。おごってくれてありがとー!」


「いいって。デートって男が出すもんなんだろ?」


「ぷっ…。キザやなぁ!! ほなね!」


「あぁ、じゃあな!」


 お互いに軽く手を振り合って背中を向ける。


 今日は誰にも話せなかった事を色々話せてスッキリした。


 法術の事…手引書を読んでみよう…。


 そう心に決めて館に向かって歩き出した。




 ――――――




「あーおもろおもしろかった…」


 電車に乗ってから椎佳が呟く。


「色々教えてもろたし、これでちょっとは進展するかな…。白か…黒か…どっちやろ…」




あとがき

椎佳と利剣のデート?無事終了です。

利剣が色々と漏らした情報で一体どう動きがあるのか…。

全く波がないストーリーで本当にすみません。




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