第十七札 ふろーりんぐわいぱー!! =掃除道具=




「やほやほ~! 利剣りけん、漫画読みに来たで~!」


「漫画読む為にわざわざ一時間以上かけて来るなよ……」


 ノックもせずに元気に入ってくる椎佳しいかに俺はツッコまずにいられなかった。


 そう、あれからほぼ毎日のように椎佳が顔を出すようになったのだ。


 持ち前の明るさとコミュ力の高さからすぐにサキと流那りゅなとも打ち解け、その期間の短さに悔しさを感じているのか静流がちょっとヘコんでいたが。


 まぁ、それぞれに良さがあるから気にするなと言ってやりたい。


 言うとますます気にしちゃいそうだから言わんけど。


「そや、気になっとったんやけどさー」


「ん?」


 俺の部屋でベッドに寝転びながら漫画を読んでいた椎佳が唐突に口を開いた。


 てか男の部屋でベッドに寝転ぶとか無防備というか…危機感がないのだろうか。


 まぁ、男的には何やらご褒美ほうび感はあるが。


 そう思うのは俺だけではないはずだ多分。


「何で部屋にフローリングワイパーが飾ってあるん?」


 椎佳が指さしたのは壁に横向きに飾られたフローリングワイパー。


「あぁ…あれか…」


 俺はフローリングワイパーを見て、ふっと思いをせた。


 何を隠そうこのフローリングワイパーは俺が元いた世界からの付き合いなのだ。


 元の世界で俺はフローリングワイパーを握りしめて、その……一人時代劇をしていたのだ。


 その相手のいないチャンバラをしていた時に並行世界に繋がる狭間に飛びこんでしまったという誰にも言えない黒歴史があるのだ。


 ちなみに俺がこの世界に来た時に所持していたのはフローリングワイパーと電波の繋がらないスマホだけだった。


 スマホは記念に机の中にしまっていて、今使っているのはこっちの世界で造られたスマホだ。


「あのフローリングワイパーはそうだな……とても大事な、本当の俺を知る昔からの相棒だからだよ…」


 意味深な含みを持たせて椎佳に答えてやる。


 元の世界では転移当日にホームセンターで買った物だから付き合いなんてほぼないけど。


「へぇ……。持ってみてもええ?」


「いいけど、普通のフローリングワイパーだぞ?」


「まぁまぁ」


 そう言って立ち上がった椎佳がフローリングワイパーに手を掛ける。


「ふーん………。……んー?」


 何の気なしに手に持って眺めていた椎佳だったが、違和感を感じたのか疑問の声をあげる。


 槍のように一度振ってみたり、グッと握っては離したりしてブンブンと回してみたりしている。


「これ、どこで買うたん?」


「え、ええっと関西のホームセンターだけど……」


「嘘つきぃやつかないでよ!!」


 突然出された椎佳の大声に驚いた俺は肩を震わせてしまった。


「え、えぇ……。嘘やんって言われてもホントだし……」


 真剣な椎佳の顔つきに、突然混乱してしどろもどろになる俺。


 情けねえ~……。


「ついて来て」


 そう言って椎佳はフローリングワイパーを片手に部屋のドアに手をかけた。


「え、し、椎佳?」


 彼女の奇行が気になったが、俺はただただ訳が分からないまま椎佳についていく事しか出来なかった。


 スタスタと二階の廊下を歩く椎佳の後をとぼとぼとついていく俺。


 何かこれからお説教されるみたいになっとるがな。


 と、買い物に出かけようとしていたのか玄関のドアノブに手をかけようとしている静流しずる


静姉しずねえ~~!!」


 と、椎佳がダッと階段を駆け降りる。


「椎佳……?」


 椎佳の声に気付き振り向いた静流の表情が一瞬で変わる。


「静姉ェェェ!!」


 ダンッ!!


 階段の中頃からフローリングワイパーを振り上げて、勢いよく静流の脳天目掛けて振り下ろす椎佳。


「っっ!!!!」


 声を上げる間もなく静流が紫苑しおんさやから抜いて上段に構え、椎佳の一撃を受け止めた。


 ガキィィィン!!!!


 ワイパーと紫苑がぶつかり合い、けたたましい金属音が鳴り響く。


「お、おい椎佳!? 何やってんだよ!!」


 何で椎佳が静流に殴りかかったのか理解できなかったが、予想外の出来事に俺は制止の声を上げる。


「静姉……」


「椎佳……何の真似かしら……」


 互いに互いを睨んで名前を呟きあう。


「椎佳……いきなりこんな事をして……。おふざけでは済まないわよ…?」


「静姉……。ウチが今振り下ろしたモン見て何も気付かへんか?」


「振り下ろした……?じゃないの」


 振り下ろされたフローリングワイパーをチラリと一瞥いちべつし、再び椎佳に目線を戻した。


「せや。や」


「何が言いたいの?」


 いまいち意味が分からない椎佳の言動に、静流が苛立ちを覚えて答える。


「静姉の紫苑に全力で振り下ろしても、ヘコみも曲がりもせえへん、フローリングワイパーや」


「!!!?」


 椎佳の言葉に、再びフローリングワイパーを見た静流は驚きに目を見開いた。


 止めに入った俺も二人の会話を聞いて静流と同じように驚いた。


 そうなのだ。


 ホームセンターで買った安いアルミ製の柄のワイパーだぞ。


 そんなもんをジャンプして振り下ろしたら折れ曲がるかへこむ。


 それが、傷一つないのだ。


「静姉……正座」


 ポツリと呟く椎佳。


「え……? 椎佳……?」


「静姉!! 正座!!」


 玄関周りに椎佳の怒声が響き渡った。




 ――――――




 応接間。


 さっきの金属音とどなり声は何ですか? と慌ててやって来た流那りゅなに姉妹喧嘩と説明して買い物に行かせ、応接間にいるのは俺と椎佳とサキ―――そして正座している静流。


「ねえ、利剣……これってどういう状況なの……?」


 サキが俺の隣に漂ってきて小声で尋ねる。


「うーん……。俺のフローリングワイパーが招いた事件といえばいいのか……」


「さっぱり意味が分からないけど、俺のフローリングワイパーって…、椎佳に何かエッチな事したの?」


「するかよ!!!!」


 この子何言っちゃってんの!?


 俺のフローリングワイパーとかそんな表現の仕方しねえよ!!


「そこ、うるさいで」


「すいません」


 騒ぐ俺に椎佳がこちらをにらんで注意してくる。


 原因はここの幽霊なのに……。


「さて、静姉……」


「………」


 口を真一文字に結び、納得できない表情で瞳を閉じている静流に、椎佳が向き直る。


「メイドの仕事はええねん。それ自体役に立っとるし、業務もちゃあんとこなしとる」


「……はい……」


 本当に事態が飲み込めない。


 でも口を出したらまた椎佳に怒られそうだから黙っておこう。


 サキはサキで、静流が正座させられている状況を目の当たりにして珍しい物を見る目で見学している。


「利剣からも信頼してもろとるし、そこについてはさすが静姉やわ……」


「………」


 黙りこむ静流に、椎佳が拳をグッと握りしめる。


「でもな!! でもやで!? 普通自分の部屋にフローリングワイパーが飾ってあったら、聞くやろ!? 聞けへんかかないの!? それとも何や? フローリングワイパーの存在に気付いてなかったん!?」


「それは……気づいてたけれど……」


「けれど!?」


 食い気味に話す椎佳。


 何か関西弁だからか? いまいち真剣味に欠ける。


「何か大事な物っていうか……。そういうご趣味があるのかなと…」


「いやそんな趣味ねえよ!!」


 思わずツッコんでしまった。


 だが俺のツッコみの鋭さと間に満足したのか、椎佳は俺を見てうんうんと頷く。


 ホントなんなのこの劇。


「静姉、もうええんちゃう?」


「………」


 椎佳の言葉を受けて静流が無言で見つめ返す。


「利剣の人となりはしばらく一緒におって分かっとるんやろ?」


「それは……。でも……」


 俺の人となり?


「ええっと、俺の話が出てるんだけど……一体どういうこと?」


「利剣、あんなあのね……」


「待って椎佳」


 話しかけた椎佳を静流が制止し、スッと立ち上がる。


「私から話す……から」


「ん……そっか」


 一度頷いてから、椎佳はそのまま口を閉ざした。


「利剣さん」


「は、はい」


 真剣な表情の静流に、思わず返事に気合が入ってしまう。


「会って欲しい人がいます」


「会って欲しい……人……?」


「私と椎佳の父です」


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