第十五札 もにたりんぐ!! =監視=




「私、帰りなさいって言ったわよね…?」


 夕食時。


 静流しずるほほをヒクつかせた笑顔で椎佳しいかに肉薄する。


「や、いやぁ~!利剣とサキが「一緒に食べて帰ったら?」とか言うてくれてぇ…。据え膳食すえぜんくわぬは何とやらいうやん…?」


「貴女は男じゃないからそれには当てはまりません」


 言いながら詰め寄る静流にじりじりと下がる椎佳。


「し、静流…? まぁ俺が食べて帰りなよって言った…みたいな……」


 食堂の片隅に追い詰められそれ以上下がれない椎佳を見ていたたまれなくなり本日二度目の助け船を出してやる利剣りけん


 本当は食べて帰ったら? なんて事は一切言っていない利剣だったが「せっかく京都からはるばる来たっちゅーのに積もる話も出来へんまま実家に帰れとかひどいわぁ、ウチ泣きそうや…」という泣き落としと「そう思わへん?利剣ー!」といって腕に胸を当ててきたハニートラップの合わせ技で見事に籠絡ろうらくされましたとは口が裂けても言えない。


 ちなみに椎佳の腕に当ててきたはこの館の女性の中でもトップクラスだったことを後述こうじゅつしておく。


「利剣さん……」


 ゆらり…と振り返った静流の目からは手合わせの時に感じるそれと全く相違そういない気迫を放っている。


 その場にいたサキに助けを求めるべく視線を動かすが、それよりも早くサキは視線を逸らして壁に話しかけていた。


「最近壁の調子どう? そっかぁ、それはいいねえ」


「お前普段からそんな事してないだろ! ってかそんな能力ねーだろ!!」


「お前じゃないよサキだよー。ねー?」


「くっ……訂正を求めつつその壁と会話する姿勢を崩さないサキに負けたよ…」


「利剣さん…、お食事だって人数分しかないメニューとしたらどうなさるおつもりなのですか?」


 椎佳から向き直った静流が今度はゆっくりと利剣に歩いてくる。


「え?あ、いやぁ……どうしようねぇ…?その時は俺、コンビニでも…」


「は?」


 静流の一声。


 それは苛立ちと怒りと不機嫌と殺意…とにかく負の感情全てがこもっている「は?」だった。


「ち、ちちちちなみに! 今日のメニューは……?」


「サラダにシチュー、パンですが?」


「し、シチューなら分け与えられるなっ!いやぁ、良かった良かった…」


「利剣さん! お優しいのは構いませんが今回の件は椎佳が無断で勝手に訪問してきてご迷惑をおかけしておりますので! 我が家がこんな失礼な家と思われては困りますし、私の妹ですので甘やかさずにこのまま帰らせて下さいませ!」


「ひ、ひぃっ!」

「ひぃっ!」


 普段聞くことが出来ない静流のマシンガントークに、利剣と椎佳の二人の声がハモる。


「し、静流さんっ! えっとっ…久しぶりの妹さんとのお食事、良いじゃないですか~っ♪」


 この一触即発の空気を一変させたのは流那りゅなの一言だった。


「そんなに毎日会える訳じゃないですしっ、流那は兄弟がいないので羨ましいなぁ~って…」


「うっ…」


 静流は流那の生い立ちを少しは知っているのだろうか。


 流那の何の気もない一言に、静流が言葉を詰まらせる。


 それでも静流は持ち直して言葉を続ける。


「し、しかし流那さん…。私たちはこのお屋敷にはお給金を貰ってお仕事をさせて頂いている立場です。それを勝手な判断で親族をアポイントもなしにというのは勝手が……」


「あー、いや、うん。許可する許可する」


 自分が雇用主である事を今更思いだし、片手を偉そうに上げて静流の発言を制止する利剣。


「利剣さん…」


 流那の言葉に乗っかってそのまま静流の勢いを殺しにかかるため、利剣は言葉を続けた。


「それにほら、何というか雇用主と労働者! みたいな紙面とか契約で取り交わしただけの関係性はお互い疲れるし俺はイヤだなぁ……。出来れば家族? 友達? うん、そういう関係と雰囲気で毎日楽しく過ごしたいってのがあるかな。俺はここに住んでからそれを望んでいる」


 この世界に利剣の本当の親族や親友はいない。


 並行世界に来た事で自分に縁のある人間はゼロなのだ。


 そんな中で静流と流那を雇い、サキと出会った。


「利剣さんっ…♪」


 俺の言葉に流那が心底嬉しそうに微笑む。


「分かりました……」


 よく分からないが悲痛な願いと重みを利剣の言葉から感じ取った静流はそれ以上反論することをやめた。


「どうしても静流がスッキリしないって言うなら静流の給料から一食分天引きしておくから」


「…ではそれでお願い致します。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 折れた静流が深々と利剣に一礼をする。


「ありがとー! 利剣ー!」


 するりと静流の脇から抜け出した椎佳は嬉々とした表情で利剣の腕に絡みついた。


「お、おいおいーやめろってぇ~……」


「……本当にっ……!」


 さっきまでの悲痛な言葉はなんだったのか。


 口では制止しつつ顔は全く拒否していない利剣を見て静流の怒りは再燃しようとしていた。


「ふぅ……何事もなくてよかったよぉ…」


 途中から壁に話しかける事に飽きて事の顛末てんまつを見守っていたサキが出てもいない汗を袖で拭った。




 ――――――




 夕食後。


「私の部屋に来なさい」


 と言われた椎佳は静流の部屋を訪れていた。


 机と椅子、ベッドと本棚だけの味気ない部屋。


 洋室なのに部屋の一部に三畳程の畳が敷かれており、そこには紫苑しおんの手入れ具等が置かれていた。


 殺風景な部屋。


 実家でも静姉はこんな部屋やったなぁと椎佳は昔を思い出す。


「…で?」


 椅子に腰かけた静流がベッドに座る椎佳を凝視ぎょうしする。


「ここに来た目的は何なの?」


「イヤやなぁ、ホンマにただ静姉の様子を見に来ただけやってば」


 懐疑的かいぎてきになっている静流に対して椎佳はアハハと笑って手を左右に振る。


「京都も実家も、静姉が考えとるような動きには今のところなってへんよ」


「椎佳! 発言には気をつけて。この館にはサキさんが……」


「大丈夫やて。サキはこの部屋周りにはおれへんよ」


 目をスゥ…っと細めて椎佳がニヤリと笑う。


「それなら先にそう言って頂戴ちょうだい。今はまだ色々調べている段階なんだから」


難航なんこうしとるん?」


「そうね…。分かった事は逐一ちくいち報告はしてるけど、どれも核心には至っていないわ」


「ふーん…。せやけど住み込みでメイドとか静姉しずねえも思い切った事するなぁ~!」


 ニシシと笑う椎佳に、静流がため息をついてから椎佳を睨む。


「椎佳が家事が一切出来ないから私に白羽の矢が立ったんだけどね?」


「そんなん、他の人とかにさせたらええやん…」


「他は他でする事があるし、父さんが「静流なら適任だ! 社会を見てこい」って言うから……」


「あー、言いそう言いそう」


 それからしばらくはお互いの近況と両親の様子などを語り合う二人だったが、一時間程話した頃。


「ウチは今日どこで寝たらええん?ベッド?」


「実家」


「ちぇー…」


 ブレない静流に椎佳が不満を漏らす。


「ちゃんと父さんに事情を自分から話すのよ」


「死ぬわ、殺されるわ。遊びに来たとだけ言うとこ……」


「後、今度からは来る前にちゃんと連絡する事」


「へーい…。あ、でも近々またすぐ来る事になると思うで」


「やっぱり?」


「うん。 何か誰かが見とるっちゅうんかな…?変な感じがするわ」


 そう言って窓の外を見る椎佳。


 外は外灯も少ない為真っ暗だったので、何も見えはしなかったが。


「そう……。気をつけるわ」


「うん。ほなね」


「駅まで送るわ」


「ええって。ウチにはこれがあるし」


 そう言って椎佳は疾女はやめを地面にトンっと当てて不敵に笑った。

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