第十四札 ちぇんじ!! =変化=

まえがき

静流って一体なんなの?

色々と不思議で不審な点が多すぎる…!

利剣、何かに巻き込まれる前兆か…!








 カチャ…


「ただいま、戻りました…」


 館のドアがゆっくりと開き、顔だけをそっと覗かせる静流しずる


「あっ、静流さん。お帰りなさいませっ」


 タイミング良く玄関を通りかかった流那りゅなが静流に気付いてニッコリと笑い、声をかけた。


「あっ! どうも…」


「?」


 感じた違和感に小首をかしげる流那。


「静流…さん」


「な、何でしょうか?」


「いつもとお洋服が違うんですねっ♪」


 流那の言う通りだった。


 いつもは黒のスラックスに白のワイシャツというオフィスレディ風コーディネートなのだが今日に限っては丈の長いノースリーブに七分丈のレディースパンツというラフな格好をしていた。


「………ええ。たまには違う洋服も着てみようかなと。あと、剣の修行で汗臭かったので…」


 しばらくの間があったものの、至って平静な顔で答えた静流に「そうでしたか」と答えて流那がとててっ、と駆け寄る。


「わぁ~っ! すごいお洒落しゃれなお洋服ですねーっ♪」


 近付いて上から下まで出で立ちを見てから、ある事に気づいて声を上げる。


「あっ!!」


「は、はい!?」


 突然流那から発せられた大声に静流の体がビクンと跳ね上がった。


「スーパーへお買い物に行ってらしたのでは~?」


「そ…それが、お財布を忘れてしまって………えへ」


 コツン、と自分の頭を軽くぶって静流は舌を出した。


「静流さんっ、流那みたいですね~っ♪」


「りゅな、さんみたいでしょうか?ふふっ」


「あれ? 静流お帰り。早かったな」


 二階から降りてきた利剣が玄関で笑い合う二人に声をかける。


逢沢おうさわさん、ただいま戻りました」


 言ってうやうやしく一礼する静流。


「ん? 逢沢さん?」


 いつもと違う呼び方に利剣が眉をひそめる。


「えっ、まさかいつも下の名前で呼んで―――」


 カチャッ…


「ただいま戻りました」


 玄関を開けて入ってきた人物。


「し、静流が二人!?」


「静流さんっ!?」


「はい? あ……」


 買い物袋を片手に持った静流が、ノースリーブの静流に気付きいてピタリと動きを止めた。


「あちゃぁ……」


 それに対してノースリーブの静流は、片手で顔を抑えつつうめき声を漏らすのだった。




 ――――――




「で?」


 静流が笑顔で目の前で正座している静流に短く問いかける。


 笑顔だが、目は笑っていない。


「わぁ~……、静流さんが二人に見えるよー!」


 応接間に集まった4人と1霊。


 瓜二つの二人の静流に驚きの声を上げるサキ。


「いやぁ…そのぉ……」


 正座をしている状態でしどろもどろになっている静流に苛立いらだった静流が紫苑しおんさやを首筋に当てる。


 今応接間は取調室と化していた。


「で? 一体何をしていたのかしら?椎佳しいか


「ひっ…」


 椎佳と呼ばれた人物が息をのんで命乞いをするように静流を見上げる。


「い、いやぁ~……、ちょっと前に父さんから静姉しずねえがこっちで住み込みで仕事しとるしてるって聞いて、なぁ…? ちょっと遊びに来たんよきたのよ~…」


「わっ…」

「大阪弁?大阪弁?」


 発音のアクセントからして関西の方なのだろう。


 利剣以外の流那とサキがその言葉に興味を示した。


「関西のイントネーションは懐かしいなぁ…」


「え? 逢沢さんは関西の……、いやぁ…何でもないでーす…」


 利剣の呟きに食いついた椎佳だったが、殺気混じりの静流の睨みを受けて口を閉じて縮こまる。


「遊びに、来るのなら、まずは私に、連絡を入れて、敷地の外で、会うのが、マナーではないかしら?」


「そ、そうやねそうよね…。そう思いまぁす……」


 言葉の端々はしばしを強調して、言い含めるように聞かせる静流。


「ま、まぁ静流……。特に悪意があった訳じゃないんだし反省してるみたいだから許してやっても…」


「そ、そうですよ~っ…」


「むぅ……」


 利剣と流那の擁護ようごの声に、一声うなってから静流が口をつぐむ。


「あ、ありがとうありがとう逢沢さん、りゅなちゃん~っ…!」


 顔をほころばせ、神仏を拝むかのように合わせた両手を頭の上に掲げてお礼を言う椎佳。


「お二人がそうおっしゃるならこれ以上は言わないわ…。その代わり後で手合わせよ」


「ひぃっっ!!!」


 安堵で緩んでいた顔だったのに、一瞬にして恐怖でひきつった顔になる椎佳。


 それを見て利剣は一体いつもどんな手合わせをしているのか凄く気になった。


「ところで椎佳、疾女はやめは…?」


 人物だろうか?


 何かに気付いた静流が椎佳に尋ねる。


「あぁ、疾女持って入ったら静姉ちゃうじゃないって速攻バレるから門扉の横に立てかけてったよ立てかけてきたよ


「すぐ取って来なさい!!!!!」


「は、はいいいーーー!!!」


 館で働き始めてから今までの間で聞いた事のない静流の怒声を受けて椎佳が脱兎だっとのごとく駆け出した。


 途端に嵐が過ぎ去ったようにシンと静まり返る室内。


「えっと、疾女って…?」


 気になった利剣が沈黙を破り、恐る恐る静流に尋ねると静流は指で目頭を押さえつつ、


「我が家の家宝の槍です……」


 と答えてくれた。




 ――――――




「改めて初めましてー。樹条椎佳きじょうしいかって言います」


 自分の背丈より長い槍を片手に椎佳がペコリと頭を下げる。


 黒光りする柄に刃先には布が巻かれている槍。


「樹条、椎佳さんか。……逢沢利剣だ。宜しく」


 葉ノ上椎佳ではない事に引っかかりを感じ利剣だったが、すぐに静流が面接の時に「両親が別居」と言っていた事を思い出して深く聞くのをやめた。


「葉ノ上椎佳じゃないんだね~っ」


 空気を読んだ利剣の努力を無駄にしたサキが思ったことを口にする。


 心中で「この空気も読めない空気より存在も頭も軽いサキめ」と毒づく利剣。


「あぁ、うん。ちょい色々とトラブルがあってなぁ~…。今はウチと母さんで京都の方におるねん」


「そーなんだ」


「うん。あ、せやけど別に夫婦仲が悪いとか離婚前の別居とかとちゃうで?むしろ夫婦ラブラブや」


「あら、いいですね~♪」


「あ、そうなのね…」


 椎佳の返答に喜劇のように転びたくなったが踏みとどまって、恨めしそうに静流を見る利剣。


「……?」


 だがそれは利剣が勝手にそう思い込んでいた、というだけの話である。


「そーそー。ウチの父さんはあれで実は関東で――」


「椎佳」


 突如静流に名前を呼ばれ、咄嗟とっさに言葉を切る椎佳。


「……すみません。我が家の父の話をしても面白くありませんので…」


 何事かと視線が集まる中、理由を話して頭を下げる静流。


「まぁ~……そやなぁ……」


 ポリポリと頬を掻き、椎佳が同意するのを見て何か引っかかりを感じた利剣だったが静流は話したくないのだろう、と思い聞くのを諦めて話題を変える事にした。


「って事は樹条さんも法術師なのかな?」


「あー、ウチの事は椎佳でええよ。何か樹条さんとかよそよそしいわ」


「お、おう。じゃあ俺の事も利剣でいいよ」


「ん、宜しく利剣」


 いきなり呼び捨てで呼べる辺り、静流とはほぼ全てにおいて正反対の性格なんだろうなぁ。


 しかし非常にフレンドリーで話しやすい子ではある、と利剣は評価した。


「ウチも一応法術師…って言うか与力方よりきがたやね」


 与力方。


 法術師の前に立ち、武器を操って戦う役割である。


「槍を持ってるって事でそうなんだろうなぁとは思ってたが……」


「うん。京都やから管轄所は麒麟きりん


 この世界では県によって所属する管轄が違う。


 利剣と静流は関東に住んでいるので管轄所は青龍。


 椎佳は京都に住んでいるので麒麟といった具合だ。


「あ……!」


 突然声を上げる静流。


「どうした?」


「も、申し訳ありません。お夕飯の支度が全然…!」


「あっ…!そうでした~っ!!」


 時計を見ると時刻は既に五時半。


 後一時間もすれば普段なら夕飯の時間だった。


「も、申し訳ありませんが一度失礼させて頂きます…!」


「流那もですっ!」


「……別に遅れてもいいんだけど…」


 利剣の言葉に静流が首を振る。


「業務ですので」


 そうキッパリ言ってから椎佳に向き直る。


「椎佳。今日は東京の実家に帰ってね」


「え……でも今日の事父さんにバレたらウチ、多分死ぬ……」


「黙っておくから帰りなさい」


 本当に時間が無いのか静流は一方的に会話を打ち切って流那と共に退室した。


「静流さんってホントにまじめだね~…。誰かさんも見習えばいいのに」


「うるせーぞサキ」


「サキ、かぁ~」


 興味津津に椎佳がサキの前に行く。


「宜しくなぁ♪」


「うんっ、宜しくね椎佳っ!」


 と二人は掴めないのだが握手を交わすのだった。


 トラブルメーカーが増えた気がする。


 そう感じた利剣の予想が的中するのは、もう少し先の話である。


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