第4話

そして到着した、吉姫の家。

相も変わらずガレージは空で、薄汚れたポストには黄色く染まったプリントが押し込められている。

庭に目を移せば、当然のように罪病の花が誇らしげに咲き乱れていた。

初めて見た時は綺麗な花だ、と思っていたタカも、この花が罪病の花だという事を知ってから見ると、不気味な花のようにしか見る事が出来なくなっていた。

早速タカは吉姫の家にアクセスする為に、扉に手の甲を向ける。

まずは軽く何度かノックして反応を確かめよう――と、軽く一度ノックした時。

「入っていますよ」

と、タカの聞き覚えのある、抑揚の無い声がその家の内部から放たれた。

「その声……まさか、セカイか?」

タカが尋ねると、吉姫の家の扉は内側から開けられる。

そこに佇んでいたのは、あの日タカが出会った小学生体型の少女、セカイだった。

「ええ、今度こそお久しぶり、ですね。タカお兄様。一体今日は何用で?」

「……いや、俺からまず質問を挟みたいが、お前は何故当たり前のように吉姫の家の中に居るんだ?」

「吉姫お姉様が消えるまでの間、許可を取って住まわせて貰っているだけですわ」

「許可を取る、って……」

最早タカには彼女が何を言っているのか意味が分からなかったが、とにかく吉姫はセカイを家に受け入れている、という事だけは何となく理解する事が出来た。

超常的な存在であるセカイに対し、自分の常識は通用する事は無い。

それを踏まえた上で会話をする必要があるだろう、とタカは気を引き締めた。

「それで、もう一度尋ねますがお兄様は何用で?」

「吉姫に会いに来た。会う事が出来るなら、会わせて欲しい」

タカがそう言うと、セカイはタカの脇の隙間を通り抜けるように出ていき、タカの背中を軽くとん、と押す。

「吉姫お姉様は二階にいらっしゃいます。タカお兄様が会いに行きたい、というのであれば、わたくしは止めませんわ。どうぞ、行ってらっしゃいませ」

「……まるで、召使のようだな」

セカイの言動を聞きながら、タカはそう感じた。

セカイの言うとおりにタカは二階へと足を進める。

すると、二階に昇りきってすぐ右手側の部屋の入り口付近に、罪病の花がフローリングを貫通して咲いているのが見えた。

(ここが、吉姫の居る部屋か……)

タカは自分の締めているネクタイを整えて、吉姫が居ると思われる部屋の扉を開ける。

その瞬間、タカの目の前に広がった光景は、セカイと初めて出会った時に連れ去られた異空間と似たような、そんな造形をしていた。

五畳ほどある部屋の中、一面に咲き誇った罪病の花は、タカの背筋に冷たい汗を流させる。

そして、その花を咲かせた人物――吉姫、と思われる人間は、窓枠に身体を寄せて、外の景色を眺めているように見えた。

「お前が……吉姫、か?」

タカの声に気付いたパジャマ姿の少女は、外の景色からタカの方に視線を向ける。

「……おや、申し訳ない。外の景色に夢中で気付かなかったよ」

窓枠から腰を降ろした少女は、タカの目の前で不敵に微笑んでみせる。

「そう、私が吉姫。吉姫 幽だ。そういうお前は何者だ?勝手に人の家に入って来て……あぁ、いや、待て」

吉姫はタカの正面に左の手のひらを向けて、もう片手の人差し指を自分のおでこに当て、考える。

「顔に見覚えがあるな。確か、高校一年生の時に一緒のクラスだったはずだ」

「同じクラス……?」

霧島からの言伝でしか吉姫の名を知らなかったタカは、かつて吉姫が元同級生である事など、知っているはずが無かった。いや、『元々は知っていた』のかもしれないが、罪病の花の力によって無かった事にされていたのだろう。

「タカ……タカ何とか。確か、タカ何とか君と呼ばれていたな?」

タカは静かに頷いて、吉姫の言葉に肯定の意思を見せる。

「かつての級友に会う事はもう無いだろうと思っていたが、まさかこんな状態で会う事になるなんてね。私はもう長い身ではないからこれから短い間、よろしく頼むよ」

タカに向けて吉姫は手を伸ばす。

タカは少し躊躇しながら、伸ばされたその手を優しく握り返した。

ミステリアスな微笑みを浮かべる吉姫という少女は、本当にこれから罪病の花による孤独死を望んでいるようには、タカには到底思う事が出来なかった。

「それで、タカは一体どんな用で私に会いに来たんだ?老い先短い私からは与えられる助言や知恵袋のような類のものは一切持ち合わせていないんだが」

「別におばあちゃんの知恵袋を求めて来たわけじゃないし、そもそも年寄でも無いだろ、あんたは。――で、だ。俺がお前に会いに来た理由は、ただ一つ」

タカは握っていた手を離して、吉姫の目に自分の目を合わせる。

「俺は、お前を罪病の花から救いに来た。お前をこの世から消させない為に来たんだ」

吉姫はその言葉を聞いた後、きょとん、とした顔をタカに見せた。

そして、手を口に当てて小さく震えて笑って見せる。

「……そうかそうか、私を救いに来たのか」

部屋の外へと裸足を進める吉姫に合わせて、タカは身体を扉の前から離す。

「タカ、良かったら夕飯はうちで食べていくといい。詳しい話はそこで聞こう」




吉姫の家のリビングにあたる部屋にも、罪病の花は咲き乱れていた。

外は既に薄暗く、電灯を点けていなければ文字一つさえ読むことが出来ない暗闇の空間があるべき時間帯のはずだが、床に凛と生えた罪病の花の光によってリビングは青くライトアップされている。

そんな中、タカは吉姫の案内に応じて、リビング中央に置かれている大きなテーブルに添えられた椅子に腰をかけていた。

(この椅子……少し埃っぽいな)

タカは自分が座っている椅子の埃を手で軽く払いながら、吉姫がリビングに入ってくるのを待っていた。

やがて数分も経たない頃、吉姫はセカイを連れてリビングの中へと戻ってくる。

「待たせてすまないね、タカ。さ、セカイはタカの隣に座って」

セカイは吉姫の言葉に無言で頷き、タカの隣に置いてある椅子に腰をかける。

その間、吉姫は冷蔵庫の中に入っている白い大皿を取りに向かっていた。

「そうそう。タカはベジタリアンかい?」

「いや、そんな事は無い」

「OK。それじゃあ今夜はハンバーグに決定だ」

冷蔵庫から取り出された白い大皿は、黒い電子レンジの中に放り込まれた。

そして電子レンジが回る音をBGMに、吉姫はタカの対面にある椅子に座って、肘をテーブルにつく。

「さっき、タカは私を助けると言ったよな。その言葉がどんな意味を持つのか、分かってるのか?」

「どんな意味を持つのか……?どういう事だ」

タカはテーブルの上に手を乗せ、吉姫の瞳を見つめる。

「セカイから話を聞いているかもしれないが、私は孤独死を望んでいる。そして、罪病の花はもう私を完全に殺せる程に成長し、進行している。あと数日あれば私はこの世界から消えるだろう。そんな私の孤独死への決意を揺らがせる程に、生への魅力を語れる人間なのか?お前は」

「……」

タカは吉姫が放った言葉に対し、反論の言葉を放つ事は出来なかった。

それもそのはず、彼女が持つ『孤独死への決意』を書き換える事が出来る程の『立派な言葉』など、一介の高校生が持ち合わせているはずが無かったからだ。

「……ふふ、ちょっと意地悪な質問だったかな。もし私とタカが逆の立場だったとしても、私は何か言葉を返す事が出来なかっただろう」

電子レンジから短い金切音が響き渡る。

吉姫はミトンを片手に電子レンジの前に立ち、開く。

中からは目に見えない蒸気が溢れると同時に、ハンバーグから溢れた肉汁がじゅうじゅうと音を立てている様子が見られた。

吉姫は熱くなった白い大皿をミトンで手に取り、テーブルの中心に置く。

そして用済みとなったミトンを外した後、洗い場に干してある茶碗を手に取り、炊飯器からご飯を寄せ集め始めた。

「……俺に、手伝える事はあるか?」

「いや、大丈夫。三人分の米をよそうくらい、お茶の子さいさいだよ」

吉姫はまず、タカの目の前に大きな茶碗に山盛り一杯分の米をよそったものを置いた。

次にセカイの前に、タカの茶碗よりも一回り小さな茶碗に平盛りしたものを置く。

最後にセカイの茶碗と同じ程度のサイズの茶碗に米をよそい、それを持って席に着く。

「それじゃあ、頂きます」

座ると同時に吉姫は会食の合図を口にする。

タカとセカイはそれを聞き、手を合わせて静かに「いただきます」と口にする。

三人は、特に何かを喋る事も無く静かに食事を進めた。

タカは何か気の利いた、彼女を孤独死から救い出すような言葉をひたすらに考えながら口を動かしていたが、そんな都合の良い物がぱっと浮かぶはずもなく。

まるで味のしないゴムの塊を食べているような感覚を最後まで味わったまま、タカとセカイと吉姫の食事は静かに終わりを迎える事となった。

吉姫は三人分の食器を大皿にまとめて、洗い場へと運んでいく。

水の流れる音を聞きながら、タカは吉姫の方を向いて口を開いた。

「……吉姫はどうして、孤独死をしようと思ったんだ?」

「どうして……どうして、か。ううん、そうだね……」

吉姫はタカの方を一瞬、ちら、と振り向いて。

「したくなったから、じゃダメかい?」

「……そんな簡単に孤独死を……自殺をしたいって決められるものなのか?」

「少なくともこの私には簡単に決まったよ」

「そんな簡単に決められる理由が……何かあったのか?」

「理由が無ければ死んではいけない、という決まりでもあるのかい?」

吉姫は蛇口を捻って止め、タオルで手を拭きながらタカに言葉を返す。

「Aが起きるのはBという理由があるからだ、Cが起きるのはDという理由があるからだ。そして、私が孤独死を望むのはXという理由があるからだ。タカはそう考えちゃいないか?確かに物事には理由というものが付きがちではあるが、人間の心理はそうはいかない。ハンバーグを食べようと思った。理由は特にない。こういう理論が通じるように、私は孤独死をしようとした。理由は特にない。そういう理論が通じてもおかしくないんじゃないか?」

手を拭き終えた吉姫は、タカの対面に肘を付いて座る。

タカは彼女の言葉に、何も言い返す事が出来なかった。

タカはあくまでも『吉姫が孤独死をするには何かしら理由があるはずだ』と思って行動していた。そう思っていたからこそ、彼女が元々いじめを受けていないかと情報を集めていた。

だが、彼女は理由なく孤独死を望んでいる。

まるで夕飯の献立を決めるかの如く死を望み、罪病の花を享受している。

そんな彼女を救い出せる一言など……この世の中には存在するのだろうか?

「……さて。そろそろ時間も遅くなってきたし、今日はここでお開きにしよう」

吉姫は手を大きく開き、セカイとタカに向けて優しい声色で伝えた。

セカイは小さく頷き、リビングを出て階段を昇り、二階へと向かっていく。

タカは膝の上の握りこぶしから力を抜き、学生鞄をしっかりと背負い直して席を立つ。

今日は吉姫を救う事が出来なかったが、次こそは――。

心の中で静かに誓ったタカは、吉姫に向かって。

「吉姫、明日もまた来るぞ。罪病の花なんかにお前を殺させはしない」

捨て台詞を残して、玄関の方へと足を向けていった。

逃げるように帰っていったタカの背中を見送った吉姫は、一人。

「――お前に私を助ける事は出来ないし、助ける必要も無いのに」

蛇口から水滴が垂れ落ちた音が、リビングの中に響き渡る。

罪病の花を咲かせた少女は、椅子を揺らしながら天井を眺めていた。




     ■     ◆     ■




タカと吉姫が出会ったその翌日、木曜日の放課後。

「タカ君、どうしたの?朝からずっとぼーっとしてるけど」

霧島がタカに声をかける。タカの今日の初めての会話相手は普段と同じ、霧島だった。

「ああ、霧島か……。ちょっと吉姫について考えていてな」

タカが何気なくそう言うと、霧島は軽く首を傾げて。

「よし……ひめ?よしひめって、何?」

「……!?お前、憶えてないのか!?」

タカは思わず立ち上がり、霧島の肩を掴む。

「い、いたた、痛いよ、タカ君!」

「あ、ああ、すまない……」

ついに、罪病の花は霧島の記憶さえも侵食してしまった。

恐らく、タカが知る中で一番吉姫と接点を持っていたであろう霧島から吉姫の記憶が消えたという事は、霧島よりも接点を持っていない先生の記憶も危ぶまれるだろう。

そうなれば、吉姫についての記憶を保有している者は、セカイを除けばただ一人。

(……とうとう、俺だけになってしまったのか)

タカは罪病の花の恐ろしさを目の当たりにしながら、椅子に力無く座る。

そんな様子のタカを見て、霧島は焦りながら言葉を紡ぐ。

「ご、ごめんね。私、そんな記憶力無いからさ……。よしひめ……さん?が分からなくて……。何組の人の話なのかな?」

「俺達と同じ二年一組の生徒だよ。今は不登校だから、霧島が憶えていなくても仕方ないさ」

一週間ほど前、自分が言われた言葉を今度はタカが言い返す。

ただ、自分の記憶から吉姫が消えるのも時間の問題だろう――と、タカは確信した。何せ、タカと吉姫の関わりは『元クラスメイト』という糸一本程度の細さの繋がりなのだから。

霧島はタカの言葉に「ふぅん」と面白くなさそうに返して、タカと対面するように椅子に座る。

「それで、タカ君は何でその吉姫さん?の事について考えてたの?」

「それは……」

あと数日で消えてしまう事になる吉姫を救う手段を考えていた――とは答えられない。

罪病の花、などという非現実的な物体について説明をしても、今の霧島に信じて貰うのは難しいだろう。

――そう、思っていたのだが。

タカの脳裏にふと、霧島が書いていた新聞の内容がよぎった。

「――そういえば、霧島。お前、新聞を昨日先生に提出したよな?」

「ええっ?うん、確かに提出したよ。タカ君と一緒に出しにいったよね」

「その時提出した新聞のコラムの内容、憶えてるか?」

「コラムの内容?うーんと……」

霧島は顎に手を当てて、身体を左右に揺らし始める。

もしコラムの内容を覚えているのであれば、霧島は『吉姫の家の庭に行った』という事実がそこに残る事になる。つまり、霧島は吉姫に関する記憶がまだ残っているという証明になる。タカはそう踏んでコラムの内容を問うたのだが――。

「今回の新聞、コラムの内容が思い浮かばなかったからナシにしたんじゃなかったっけ?」

「……そうか。そう、だったよな」

今の質問に霧島が嘘をつく必要はないし、そもそも霧島は嘘をつくような人間ではない。

それがタカの中に、一つの確信を生んだ。

罪病の花の記憶の改ざんは完璧で、本物だ。

それに加えて、罪病の花についての情報が『都合よく』無かった事にされている。

こうなってしまうと、もう誰かの力を借りて吉姫を救う事は出来ない。

タカは、タカ自身の力で吉姫を救い出さなければならないのだ。

タカは椅子から勢いよく立ち上がり、教室の外の方へと足を向ける。

それを見た霧島は、焦って自分の学生鞄を背負ってからタカの背中を追いかける。

「タカ君、どこ行くの!?」

「図書室に行くつもりだ。本に囲まれているあそこは一番気分が落ち着く」

「ちょ、ちょっと待って!私も行くから!」

タカは早歩きで廊下を突き進みながら、二階の長廊下の先にある図書室へと向かう。

その間も吉姫をどうすれば救えるのかを考えながら。

二、三分歩いて直ぐの場所にある図書室の扉を勢いよく開けるタカ。

入ってすぐ右手側の貸し出しカウンターの中に座っている二人組の図書委員は、いきなり入ってきた生徒に驚いたが、直ぐに自分達の手元にある小説に目を向ける。

後から入ってきた霧島は、図書委員二人に軽く頭を下げながら、タカの背中をついていく。

タカは本を一冊も取らず、図書室の中にいくつか設置されている長テーブルの間に置かれている椅子に腰をかけ、目を細めた。

(吉姫を救うには、一体俺はどうすればいいんだ……?)

そう考えながら、今までの情報を脳内で整理していく。

まず、吉姫はいじめを受けるような性格の人物では無かった。タカは実際に吉姫と話してみて、いじめを受けるような陰湿な性格ではない事を理解している。次に家庭内暴力等々を受けている様子も、まるで見受けられなかった。

吉姫の親御の姿こそ見る事は無かったものの、吉姫の顔は比較的健康そうな顔で、腕や足に怪我の跡が残っているという様子でも無かったためだ。

つまり、本当に彼女は特に理由も無く孤独死を望んでいるのだろうか……?

タカがふとそう思った時、彼の脳内に不自然な光景が浮かび上がる。

それは『薄汚れた空のガレージ』だった。

タカは吉姫の家に二度寄ったが、その両日共に車が存在する事は無かった。

もしかしたらタカの家と同じく深夜に両親が帰ってきているのかもしれないが、吉姫の家の場合『そもそもガレージを使用されている形跡が無かった』のだ。

それに加え、先日先生から聞いた吉姫家の事情。

『吉姫が不登校になる前は電話に出ていた親御さんが、不登校になった瞬間に電話に出なくなった』。

この二つの情報が組み合わさると、一体どうなるのか?

タカの額から冷や汗が一筋、零れ落ちた。

「もしかして……吉姫の両親は、車の事故か何かに遭ったのか……?」

彼が辿りついた結論は、吉姫がちょうど不登校になった時期に彼女の両親が車の事故か何かで亡くなってしまった、というものだった。

もしこれが正しければ、ガレージが長い間使われていなかった理由の説明も付くし、先生が彼女の両親に電話がつかなくなった理由の説明にもなる。

――そして。

彼女が孤独死を望む理由にも説明が付く。

それは、『両親を失った悲しみのあまり、孤独死を選択した』というものだ。

ただ、これはあくまでも仮説にしかすぎない。

これを実証にする為には、彼女の両親が本当に事故で亡くなったのかを調べる必要がある。

タカは椅子から立ち上がり、本を読んでいた図書委員二人に対して声をかける。

「すいません、古新聞を貯蔵している部屋はありますか?」

図書委員二人は顔を見合わせた後、片方の図書委員はカウンターから出て、タカを古新聞を集めている部屋へと案内した。




飛鳥戸高等学校の図書室の一角にある、古新聞を保存する小さな一室。

タカと霧島は、吉姫に関する情報を得るためにそこに佇んでいた。

「それで、タカ君。私はどうすればいいの?」

「今年の四月前後の新聞に『吉姫』の名前が記載されている記事があるはずだ。それを見つけ次第俺に教えてくれ」

タカはそう言いながら、古新聞が保存されているファイルを片っ端から開いていく。

タカは三月の古新聞が入っているファイルを、霧島は四月の古新聞が入っているファイルを。

見逃しが無いように一ページ一ページ、精神をすり減らしながら記事を全て見ていく。

その中に『吉姫』という表示があれば、吉姫の両親に何かがあった事が判明するのだ。

その僅かな可能性にかけて二人はページを開き続けた。

そして時間が流星のように流れ、陽の光がすっかり落ちかけていた頃。

「……あ、これ……タカ君!これ!」

霧島はタカの背中をつつきながら、一つのファイルを地面に置く。

タカは目を擦りながら、霧島が開いたファイルの新聞のとある一記事を見つめる。

そこには、以下のような内容の記事が記載されていた。

『夕方、飛鳥戸市内で車と車の衝突事故が発生しました。

 17時半ごろ、飛鳥戸市内の交差点で車と車が衝突。

 その内、車に乗車していた『吉姫 とおる』さんと『吉姫 瑞貴みずき』さんが亡くなりました』

記事の内容を読み切ったタカは、ここでついに確信を持つことが出来た。

吉姫が孤独死を望む理由はただ一つ。自分の両親を失った事なのだ、と。

ただ、それと同時にもう一つの悩みを抱える事となった。

両親を失った吉姫に対して、かけられる言葉が何一つとして見つからないのだ。

同情の言葉をかけてやればいいのか?自分は親を失った事なんて無いのに。

励ましの言葉をかけてやればいいのか?失った親を蘇らせる事なんて出来ないのに。

価値の無い自問自答だけがタカの中で繰り返されていた時、霧島は口を開く。

「タカ君、考えている時に口を挟むようで悪いけど……タカ君にとって吉姫さんって、どんな人なの?」

「俺に……とって?」

タカは唐突な霧島の質問に対し、首を小さく傾げる。

「うん。だって、今までタカ君って友達とか全然作ってなかったでしょ?それなのに、いきなり吉姫さんについて調べようとしてて……。ちょっと変だな、って思って」

霧島はあちらこちらに視線を散らしながら、頬を少し膨らませてタカに話を振る。

(そうか、霧島は吉姫に関する記憶が無いから、俺が突然吉姫について調べようとしているという風に思ってしまっているのか)

タカは手元の古新聞のファイルを閉じ、霧島の方に視線を移す。

「俺にとって吉姫は……大した人物じゃないさ。知り合い以上、友達未満って所だな。霧島が思っているほど俺と吉姫の距離は近くは無い。ただ……」

ただ、まで口に出した所で、タカは言葉が詰まった。

霧島に対して、その吉姫という見知らぬ人物が自殺しようとしている事など、言う必要があるのだろうか?

「ただ……?ただ、何?」

しかし、霧島はタカが口に出した「ただ」が引っかかるようで、タカに対してずいっ、と迫っていく。こんな場面で都合の良い嘘が浮かぶほどタカは賢くは無いため、身から出た錆。

タカは大人しく、霧島に真実を伝える事にした。

「ただ、吉姫って奴はこれから自殺をしようとしている。俺はそれを止める為に、吉姫に関する情報を集める必要があったんだ」

霧島は一瞬、ぽかん、とした表情を浮かべたが、タカの言っている言葉の意味が分かったようで、直ぐに真剣な表情を見せる。

「……そっか、吉姫さんが自殺、か。タカ君が嘘を付くようにも見えないから、きっと本当の事なんだね?」

「話が早くて助かる」

霧島は腕を組んで、タカの方をじっと見据える。

「……やっぱりタカ君は、松阪先輩が言った通りお人よしなのかもしれないね」

「お人よし?なんで今更その話を……」

「だって、友人とも言えない知り合いを自殺から助けようとしてるんでしょ?私だったら……残酷な言い方をするかもしれないけど、助けようとは思わないし、思えないよ」

「……俺も、最初の頃はそう思ってたはずなんだけどな」

しかし、セカイと出会って、人間の存在そのものを抹消させる罪病の花の事を知って。

そして、たった今吉姫が自殺する理由を勝手に見つけて。

それでいて、吉姫を自殺から救おうとしている。

そんな人間を松阪の言葉を借りて言うならば、こう示すのだろう。


「どうやら俺は、本当にただの『お人よし』なのかもしれんな」

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