第3話

時は移り、火曜日の放課後。

タカは朝から、セカイに向けて放った自分の言葉に深く疑問を抱いていた。

自分はもしかして、心の中では他の人間を必要としているのではないか、と。

(いや、そんなはずがない。俺にとって吉姫は不要な存在だ。生きていても死んでいても、ましてや消滅したとしても俺の生き方は変わらない)

だがしかし、それならばあの場で彼女を救おうとなんて言わなかったはずだ――。

脳内での自問自答だけが何度も繰り返されているせいか、彼は今読んでいるはずの文庫本の内容が一切頭に入ってこず、読書に集中出来ない状況下に陥っていた。

「ねぇ、タカ君。今日はずっと険しい顔をしてるけど、タカ君も体調が悪かったりする?」

そんな有様なので、タカは霧島にさえ心配の眼差しを向けられてしまった。

「俺と話している暇があるならさっさと新聞を完成させてくれ」

タカはその眼差しを持っていた本で逃げるように隠しながら、普段返すような言葉を霧島にぶつけた。霧島は頬を膨らませながら新聞作業に移り始める。

いつも通りが、いつも通りで無くなる。

吉姫という人間に、罪病の花というものに関わる度に、タカという人間が今まで築き上げてきた『自分』が崩れていく。タカにとって、それは不愉快以外の何物でも無かった。

ペンの走る音が流れては途切れ、流れては途切れを何度か繰り返した後、閃いたように霧島は口を開く。

「あ、そうだ!じゃあタカ君。手伝ってくれなくてもいいからさ、せめて松阪先輩を呼んできてもらえないかな?昨日手伝って貰えなかった分を手伝ってほしくて!多分保健室に居ると思うからさっ」

「……」

タカは一瞬、考えた。

松阪という人間はきっと、罪病の花について知っている。その花についての話を聞くことになってしまえば、自分を見失う更なるきっかけを生み出すのではないか、と。

少年は自分を見失っていく事に、恐れをなしていたのだ。

だが、当然ながらそれを理由に断るというのはお門違いという話で。

「……分かった。今すぐ呼んでこよう」

タカは持っていた文庫本を机の上に置いて、席を立ち、教室の外へと出向いていった。

保健室は一階の長廊下の途中にぽつん、と設置されている施設だ。

軽い駆け足で保健室へと向かい、真っ白なその扉を開ける。保健室特有の薬品のような匂いに加え、そこには数人の生徒と白衣をまとった先生が室内に佇んでいた。

「あら、あなたも怪我をしたのかしら?」

「いえ、自分は松阪先輩に用があって来たんですが」

「ああ、松阪ちゃんならもう委員長の業務を終えて教室の方に向かったから……三年一組の教室にいるはずよ?」

「分かりました、ありがとうございます」

タカは一礼して、保健室を出る。次に、同じく一階の長廊下を抜けた先にある三年一組の教室に向けて駆け足をしていく。

軽く息を切らしながら着いた三年一組の教室には、松阪ただ一人だけが教室内で鞄の中に教科書を詰め込んでいる姿が、扉の窓から見えた。

タカは教室の扉を二度ノックし、教室内へと足を踏み入れた。

「失礼します、松阪先輩に用があってきました」

「おや?君は……タカ君か。これから私もそっちに向かおうと思っていた所だったんだよ」

松阪は持っていた教科書を全て鞄に詰め込むと、タカの方に向かって歩いていく。

タカは足を一歩引いて、松阪が出るためのスペース作りをする。松阪は小声でありがとう、と感謝の言葉を伝えつつ、二人は並んで二年一組の教室へと向かおうとした。

しかし、一階から二階へと続く折り返し階段を昇っている最中、松阪は目を細めて。

「タカ君、ちょっと屋上に寄っていってもいいかな?外の空気が吸いたくてね」

タカはその言葉の真意を掴めぬまま、ひとまずその提案を承諾し、二人は二階から三階へ、三階から屋上へと階段を昇っていった。

飛鳥戸高等学校の屋上の扉には、南京錠こそ付いているものの既にぼろぼろに腐っていて、実質鍵はかかっていないものと同義だった。そのため、昼休みの時間などには生徒達が屋上に集まって食事をする事があったり、煙草を吸う職員が屋上で一服すませている姿を見る事ができる。

しかし放課後の屋上は何故か滅多に使われる事はない。何故ならば、放課後の屋上は生徒同士の告白スポットとして利用される機会が多いからだ。

松阪とタカがその事を知っているかどうかはさておき、屋上の扉を開けた松阪は、我一番にとフェンスの方へと駆け出していった。

「いやぁ良い風だね、タカ君」

夕焼けの陽を浴びながら振り向いた松阪の言葉に対し、

「そうですね、気持ちがいいです」

と、感情がこもっているのか分からないトーンで返事を返すタカ。

二人は静かに屋上の風を浴びながら、これから下校していく生徒達や、サッカー部や陸上部などの活動を眺めていた。

「……それで、松阪先輩。どうして屋上に来たんですか?」

痺れを切らしたタカは、松阪が屋上に向かった理由を尋ねる。

外の空気を吸いたいだけなら、教室の窓を開けて深呼吸すればいいだけの話――。

松阪は別の用事で自分の事を呼んだのだ、とタカは感じていた。

すると、松阪は表情を僅かに暗くして、タカに向けて言葉をかけた。


「タカ君。……タカ君は、『罪病の花』について……知ってるかい?」


ぞくっ――。

タカの視線は下校していく生徒達から松阪の方へと向けられた。

「その反応を見る限り、知っているみたいだね。というより……セカイって子から、教えられた、っていう方が正しいのかな」

「……ええ、その通りで」

タカは、松阪に向けていた視線を空の方へと向ける。

「じゃあ、罪病の花が人をす花だ、っていう事も今のタカ君は知っちゃってるわけだ」

タカは静かに頷く。

罪病の花は、孤独死を望む者を宿主として咲き続ける美しい花。

そして、その宿主について知っている者の記憶を消し去り、宿主を存在しなかった事にする、という恐ろしい花。

セカイという少女がタカに伝えたのは、青く光る花の持つ本当の意味だった。

「そっか……」

松阪が顔を伏せると同時に、二人の間に静かな空白が出来た。

その空白を先に切り裂いたのは、タカの言葉だった。

「松阪さんは、どうして俺にそんな話を?」

「……私もかつてタカ君と同じ場面に遭遇した事があるから……かな」

「同じ、場面に……?」

松阪はフェンスに背中を預け、まだ星も見えない橙色の空を見上げながら、言葉を紡ぎ始める。

「私のクラスメイトにも居たんだよね。罪病の花を咲かせた子が、さ。そう、今から丁度二年くらい前の話だったかな。その子は入学したての頃は普通に学校に来てたんだけど、ある日を境にずっと学校に来なくなっちゃって。私はその子の家にプリントを届ける役目を任されてたから、毎週金曜日にその子と軽くお話しをしてたんだ」

(今の霧島と似たような事を……)

タカは空を見上げている松阪の横顔を見ながら、相槌を打つ。

「だけど、段々とその子が会話さえ出来ないくらいに調子を悪くしちゃってたみたいでさ。最後の方はプリントをポストに入れるだけで帰るようになっちゃったんだけど、その時ぐらいからかな。ちょうど玄関前の辺りに、青く光る花……罪病の花が咲き始めていたんだ」

松阪は空を撫でるように手を振り動かす。

「最初は綺麗な花だなぁくらいに思ってたんだけどさ、それから数週間経ってみたら、その青く光る花が全部真っ黒になってたんだ。それに家の扉にも鍵がかかってなくて、一体何があったのか教えて貰う為にそのクラスメイトの家の中に入ってみたら、さ」


「床のフローリングを貫通してまで真っ黒く染まった花が咲き乱れていたんだ」


空に上げた手をぎゅっ、と握りしめた松阪は、その手を自分の胸の前に持っていく。

「あまりにも不気味な光景すぎて、私は吐き気を催したよ。ついこの前まで青く美しく光っていた花が泥炭のように黒く、しかも本来なら咲くはずの無い室内にまで咲いていたんだから――。私はその花達を踏みながら、クラスメイトがどこに居るのかを探したら、その子はリビングの床で倒れ伏せていたんだ。私は急いで病院に連れていこうと思って、その子を抱きかかえようとしたら、まるで水のようにその子の身体を手が貫通してね。その時、私は思ったよ。……ああ、これは夢なのかもしれない、ってね」

松阪は右手で空気を握っては離す、握っては離すを繰り返して、ふぅ、と小さなため息を吐いた。

「そして最終的に、黒い花が散っていくと同時にその子の身体も溶けていくかのように消えていったんだ。その時、私は分かったんだよ。この子はこの花達に殺されたんだ……ってね」

「……そんな、事が……」

松阪はまるで夢物語のような自分の体験を全て話し終えた時、再度空を見上げ、大きく深呼吸をした。

「未だに夢に見るんだ、あの子の身体が消えていくあの瞬間を。どうすれば私はあの子を救う事が出来たんだろう、どうすればあの子が消えずにすんだのだろう、ってね……」

松阪はくるり、とその場で回って見せる。

首元ほどまである髪が優しい風で旗のようになびいて見せた。

「……松阪先輩は、大して関わりの無いクラスメイトを失って、それをずっと後悔し続けている……って事ですか?」

「そういう事」

タカは松阪の言う『見知らぬ他人を失って得る後悔』というものが理解出来なかった。

身内や友人が失われて悲しむのならともかく、会話さえまともにした事の無い他人を失ったところで、何も感じるはずがない。はずだった。はずなのだ。

それでもタカは、全く関わりの無いクラスメイト、吉姫に対して手を伸ばそうとした。

「……やっぱり、理解出来ません」

あの時、吉姫を助けたいと言った時の自分の心境も、松阪の考えも。

二つの想いが入り混じったタカの吐露は、静かに空を漂った。

そんな様子のタカを見た松阪は、タカの方を向いて僅かに笑みを浮かべながら。

「今のタカ君は多分、見知らぬ子の命の手綱を握っている状態にあるんだ……って思う。タカ君がその花を咲かせた子を救うかどうかは自由だけど、私としては救ってあげても救わなくても、どっちでも良いと思ってる。だってその花を咲かせた子は、自ら孤独死を望んでいるんだから。だから、私はタカ君が最後まで後悔しない選択をすれば、それがタカ君の為になると思うよ。くれぐれも、私みたいにあれから二年間ずっと、根に持つ事が無いように、ね」

「最後まで後悔しない、選択を……?」

タカは松阪の放った言葉を反芻するように口に出した。

松阪はタカの困惑したような顔を見ながら小さく頷いて、フェンスから軽く飛び降りる。

「さて、それじゃあそろそろ千雪ちゃんの所に行こうか。待たせちゃうとまた怒られちゃうからね」

下り階段の方へと歩いていく松阪の背中を見ながら、タカは一人考えていた。

自分らしくない、誰かを助けるという選択。

しかし、その選択をした事は誤りだったという後悔の念は今の自分の中には存在しない。

タカはフェンスに力強く寄り掛かる。

背中に押し込まれたフェンスは、ぎしっ、と音を立てて重力に従って歪む。

(俺は、自分が取ろうとした行動に後悔をしていないのか……?)

タカは自分自身に問いをかける。

自分の事を一番知っているのは自分だ。

ぐちゃぐちゃになった脳内をはっきりとさせる為、タカは自身の頬を強く叩く。

ぱしぃん、と張りのある音が屋上に小さく響き渡った。


「俺には……俺には、吉姫をただ見捨てるなんて事は出来ない。それが、俺の後悔しない選択だ」

タカは薄らと雲が流れている夕焼け空を見上げながら、一人誓うように言葉を吐いた。




     ■     ◆     ■




タカが吉姫を救う事を自分に誓ったその翌日、水曜日の放課後。

少年は吉姫が不登校になった理由を探す為、他のクラスに顔を出していた。

飛鳥戸高等学校には、一学年につき一組から四組までの4つの学級がある。

そして一年生から二年生に進級する際にクラス替えという儀式を挟むため、吉姫の元クラスメイトが二年一組以外に散らばっている可能性は高かった。

しかし、二年二組、二年三組、二年四組と、全てのクラスを回ってみたが、タカが求めていた吉姫についての情報は一切得る事が出来なかった。

「これも、罪病の花の影響なのか……?」

咲かせた者に関する記憶を周囲の人間から抹消する花、罪病の花。

その花の記憶消去は既にかつて一年級友だった者の記憶さえも蝕んでいたのだった。

タカは肩を落として、ひとまず自分が在住している教室へと足を運ぶ。

教室の扉を開けようとした瞬間、教室の中から一人の少女の歓声が聞こえる。

「でっきた~!ようやく完成したよー!」

その声を聴いてからタカは教室の中に入ると、霧島の視線はタカの方に向かう。

「あ、タカくん!無事に新聞が完成したよ~!」

もし霧島に尻尾が存在するとすれば、ぶんぶんと振り回しているようなそんな様子でタカに歩み寄っていく霧島。

そんな霧島に向かって、タカは。

「そうか、良かったな」

と普段通り淡泊に言葉を返す。

「というわけでタカ君、先生のところに新聞を運ぶから、手伝ってくれるかな?」

霧島は少々シニカルな様子で尋ねる。

今までも何度か新聞運びをタカに頼んでいたが、一度も受けてくれた事が無いからだ。

しかし、今のタカはこれまでのタカとは少し、違う。

「ああ、分かった。手伝ってやるよ」

「あー、やっぱりね!じゃあ私一人で……え?今、手伝ってくれるって言った?」

霧島はずっこけたような体勢でタカを見上げる。

タカはそんな霧島の横を歩いて教室の中に入り、新聞を優しく四つ折りにして軽く担ぐ。

「……えーっと、タカ君、どうしたの?いきなり優しくなっちゃって……もしかして、明日雨が降るとか雷が降るとか槍が降るとか?」

「偶然先生に用があるから、お前の新聞運びを手伝ってやろうって思っただけだ」

「あぁ、なーんだ。でも手伝ってくれるのは嬉しいよ。ありがとね、タカ君」

霧島はタカに柔らかな笑顔を見せる。

二人は教室を並んで出ていき、そして職員室に向かって足を運んでいった。

職員室は二階から一階に降りる階段の側に設置されている為、さほど向かう時間はかからない。早速到着した霧島とタカは、こんこん、と職員室の扉をノックする。

「失礼します」

先行して職員室の中に入っていった霧島は、新聞部の顧問でもある二年一組の担任の先生に向けて頭を下げる。

「新聞が完成したので、確認して頂きに参りました」

「おう、もう完成したのか。入っていいぞ」

先生の許可を得られた為、タカと霧島は二人、職員室の中に入っていく。

職員室の中は長机が4つ置かれていて、一つの長机につき三人の教師がそのスペースを利用出来るようになっている。

二年一組の教師兼新聞部の顧問である先生は、職員室に入ってすぐ左手側、机の右側に自分のスペースを持っているようだった。

早速タカは自分が持っている新聞を先生に手渡す。

先生はそれを受け取り、新聞を長机の上に広げるように置く。

そして、松阪が見ていたような順序で、上から新聞を見下ろしていく。

その間、霧島は両手を胸の前にもってきていて、先生の評価が下されるのを今か今かと待ちわびていた。

そして。

「……うん……うん。今回の新聞も良い出来だな、これなら問題無く校内新聞として貼りだせそうだ」

「……!ありがとうございます!」

霧島の作り出した新聞に評価が下され、霧島は大きな声で礼を言いながら頭を下げる。

タカは自分も頭を下げるべきなのか悩んでいたが、霧島があまりにも深々と頭を下げていた為、つられるように自分も頭を下げた。

「それじゃあ来週の月曜日からこの新聞を玄関前に貼りだしておくよ。お疲れ様」

先生からの賛辞の言葉を聞いて、霧島はにこやかな笑顔を先生に向ける。

「よし、タカ君!活動も終わったし、折角だから一緒に帰ろうか?」

「いや、俺は先生にちょっと聞きたい事があるから、帰るなら先に帰っていてくれ」

「そう?じゃあ先に帰らせて貰うね?」

失礼しました、という声と共に霧島は職員室から出ていく。

残ったタカは座っている先生の正面に立ち。

「先生、質問があるんですがいいですか?」

「タカが質問なんて珍しいな。一体何について聞きたいんだ?授業の事か?」

「いえ、授業の事ではなくて……吉姫さんについての事なんですけど」

先生は顎髭を弄りながら、首を傾げる。

「吉姫について?吉姫について何が知りたいんだ?」

「吉姫さんがどうして不登校になったのか……それが知りたくて」

「吉姫が不登校になった理由……それを聞いてお前はどうするんだ?」

「ええと――」

先生の質問に、タカは口ごもる。

ここで『吉姫さんにまた学校に来て貰う為です』という事を言っても茶化されるような気もするし、『吉姫さんについて知りたいからです』と言ったら、それはそれでまずいような気もする。

「――気になるじゃないですか、二年生に上がってずっと登校しないクラスメイトって。もし病気か何かだったらお見舞いしてあげたいですし」

タカは自分のアドリブ力に思わず心の中でガッツポーズを取った。

これならば特に怪しまれる事も無く、吉姫についての情報を得られると確信したからだ。

「まぁ教えてやってもいいけど、タカの口からお見舞いって言葉が出る事にびっくりしたよ。そういう事をするような性格じゃないと思ってたからなぁ」

先生は口元に手を運んで、くつくつと笑いながら言葉を発する。

タカの普段の行動を垣間見ればその通りだった。

「ただ、俺も吉姫が学校に来なくなった理由についてはあまり詳しくは知らないんだ。一年生の頃は普通に登校していたみたいだし、いじめを受けていたという報告も聞いていない」

「そうでしたか……」

いじめ等が理由で塞ぎこんでいる、という重い理由ではないだけ幾分マシか――。

タカはそう心の中で唱えながら、先生に感謝の言葉を伝え、職員室を後にしようとすると。

「あ、ちょっと待った」

タカの耳元に先生が引き留める声が届いた。

「そういえばタカには関係無い話かもしれんが、吉姫が不登校になり始める前は吉姫の家に電話した時に親御さんが出てくれていたもんだったが、吉姫が不登校になり始めてからは何度電話しても出てくれなくなったんだよな。それが吉姫の不登校に関係があるかどうか分からんが、念のため伝えておくよ」

「……はい、ありがとうございます」

タカは今度こそ職員室を後にする。

タカが得る事が出来た情報は、吉姫という人間はいじめを受けるような人間では無いと言う事、もう一つおまけに吉姫の家に電話をしても今は誰も出ない、という物だった。

「さて、どうしたものかな……」

タカは職員室の扉に背中を預け、顎に手を当てて考えた。

まず一つ、いじめを受けるような人間では無いイコール吉姫は学校の人間関係が原因で孤独死を望むような状況下にはない。ただし、あくまでも先生から見たらそういう様子であっただけで、陰でいじめを受けていた可能性がある。

次に一つ、今の吉姫の家に電話をしても誰も出ないイコール彼女の親は何らかの理由で現在家を離れている可能性がある。例えばタカ自身の家と同じように、両親が共働きするようになった為に電話を取る事が出来なくなった、という可能性もある。

様々な可能性を高校二年生なりに考慮するタカだったが、そのどれもが吉姫が罪病の花を咲かせる解答へと繋げるものとはなり得なかった。

「……とりあえず、吉姫本人に会ってみなければ何も進展は得られそうにない……か」

予想を無数に立てるよりも、一つの真実を本人から尋ねた方が早い。

そう判断したタカは、誰も居なくなった教室で普段通りのルーチンを済ませた後、学生鞄を背負って吉姫の家に行く事を決意した。


信号を三つ渡った先にある、青い花を咲かせた庭がある家が吉姫の居る場所。

タカは自分がその事実を忘れていない事を脳内で反芻し、確認しながら、吉姫の家まで続く坂を上っていく。自分がこの事を、そして吉姫の事を忘れてしまえば、吉姫を救おうとする人物は恐らくこの世から居なくなってしまうのだ。

セカイは『吉姫を助けた所でタカは英雄になれるわけではない』とそう言ったが、今のタカを突き動かす信念は『自分が後悔しない選択をする事』。

吉姫を助けた結果、英雄になれるかなれないかなど、彼にとってはどうでもいい事なのだ。

吉姫をこのまま見殺しにする事は、タカの信念が許しはしないのだった。

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