深夜の駅

鳥皿鳥助

“ナニカ”と“そいつ”

 





「今日も終電帰りか……」


 辺りはすっかり暗くなったとある駅のホーム。ここにはスーツを着ている、もしくはぐったりした人間がほとんどだ。

 周りの人間と同様にぐったりとした顔で電車の到着を待っているのが俺だ。

 こんな時間帯にこんなところに居る理由。それは自宅へと帰宅する為だ。


 今の時代、生きていく為には例え社会人一年生でも……先輩と同じかそれ以上に働かなければならない。だから俺は別に終電で帰ることに不満は持っていない。


 ……俺も先輩や社長一族のように要領よく仕事をこなせば日が暮れる前に帰れるのかもしれない。

 でも先輩達ほど頭が良くないし、経験も無い俺は素早く仕事を片付けることはできない。だから終電で帰ることになる。

 俺が務めているこの会社はブラックな気はしなくもないが……この世の中には始発帰りや会社住まいの人、給料すら出ない人も居るらしい。そう考えれば良いと社長が言っていた。


 社長の言葉を思い出すのも程々に、俺は明日も動く為に会社からここまでの途中にあるコンビニで購入したエナジードリンク魔剤を飲み干した。


「ぷはぁ……不味い」


 半年前までは一切飲まなかっただろうこの飲み物。今となっては必需品だ。

 いや、今でも出来ることなら飲みたくはない。それでも飲まなけれなば体が持たない。


「俺はどうすれば良いんだろうなぁ……」

『一番線、列車が……』


 帰りの列車がやって来た。

 空になった瓶をゴミ箱に捨て、俺もぞろぞろと列車に吸い込まれていく周りの人間の群れに混じっていった。


 以外に広い列車の中はいつも通り空席が目立つ。

 俺はそんな空席を一席つぶし、手荷物を膝の上に乗せて着席した。


「ふぅ……」


 いつも通り座席に座ることができ、一安心したところで僅かな頭痛とともに眠気が襲ってきた。頭痛はするものの、眠気が勝っており顔をしかめる程の物ではなかった。

 今までにも何度か同じようなことはあった。寝ていればそのうち治るだろう。だが問題は……


「問題は終点までに起きられるか……だな……」

『発車します。ご注意…………』


 気がつけば俺は、周りの声が一切聞こえない暗闇へと意識を落としていった……





 __________





『終点、きさらぎ駅です。乗客の皆様は手荷物をお忘れになられないよう……』


「ん~……あれ……結局寝過ごしちゃったか……」


 どうやら……俺は終点まで寝過ごしてしまっていたらしい。

 ここは終点らしく、駅や車内のアナウンスに従って下車した。するとその列車は発車しトンネルの向こうへと消えていった。

 誰も居ない駅のホーム。


「ん~……あぁ……」


 伸びをしながら周りを見てみるも、ここに存在するのはややオッサン臭い動きで伸びをする俺一人。

 何か変わったものがないか探してみるも、さっき発車した列車も……今俺が居る駅舎も。視線に入る大半のものは何処にでもある一般的なものに過ぎなかった。

 だが……ただ一つだけ。


 ……空が“赤黒い”という一点を除いて。


 夕暮れの景色にも思えるこの光景だがどこにも太陽は見当たらない。それでも周囲は赤黒い空に照らされ、白いであろうコンクリートも赤黒く染まっていた。

 積乱雲のようなどす黒い大きな雲流れてきているようで、雲行きが怪しい。


「どこだここ……」


 一昔前であれば駅員が居て、ここがどこか質問出来たであろう駅のホーム。今ではここの様な田舎駅に……地方の主要都市駅ですら駅員さんは居ないこともある。


「人員不足は……どこも深刻なのかねぇ……」


 そんなことをボヤきながら俺はホームから改札を通り、周辺情報や地図を求めて駅の構内へ歩いて行った。

 手荷物の中に入れていたスマホは充電切れのようで、起動すらしなかった。幸いにも自動改札と交通系ICカード生きていたので、ホームから抜け出すことは出来た。


 そしてやはりと言うべきか、駅の構内にも人の気配は感じられなかった。

 購買はあるものの……そこに居るべき店員さんは居なかった。


「いや、でも今この状況だと誰か居るほうがこわ……」

「こっち……に……オイ……デ……? 」

「ん……? なんで……す……か……ね? 」


 こっちにおいで……

 子供の声で後ろからそう声を掛けられた。

 そして振り返った。そこに居たのは……


「化け……もの…………? 」


 うねうねと蠢く黒い壁だった。

 ただ黒いだけではなく、所々赤の混じった……今の空を濃縮したような色だった。

 そこに無数の目と口が付いており、口は周囲の空間を……片っ端から“喰らって”いた。

 そして無数にある目はギロリとこちらを捉えていた。


「これは……“喰われ”たらダメな奴だ……! 」


 脳が……身体が。そして本能が、『“アレ”から逃げろ』と告げる。手足は震え、心臓は鼓動を早める。

 理性は逆らうすべもなく、気が付けば身体はどこかへと駆け出していた。

 幸いにもホームから駅舎の外までにある障害は改札のみ、それも既に超えていることからスムーズに駅を抜け出すことができた。


「…………こっち……に……オイデ……ヨ……何で……逃げ……る……の……? 」


 駅の外のどこだかわからない道をよく分からない方向へと走っていく。普段であればそんな行動はしたくないが今は余裕がない。

 さっきまで駅舎の中に居た“ナニカ”は駅舎を食い破り、100メートルほど離れているこの場所でも聞こえる声量で、聞き取りにくい喋り方をする。


 駅舎を食い破って出てきた“ナニカ”と空にあった積乱雲。“ナニカ”が空を……積乱雲を見つめると積乱雲も“ナニカ”へと変化していった。二つの“ナニカ”は互いに手を伸ばし、掴み……混ざり合って一つになった。

 互いに混ざりあった“ナニカ”は先程までより遥かに巨大になり、再びこちらに向かって進んできた。さっきまでは目と口だけだった所に手が追加されていた。周囲にあるものを掴んでは口に持っていき、どんどん肥大化していく。


 そんな様子をチラチラと見ながら走ってた。とにかく夢中で走った。

 いつもであればそろそろ限界になるくらいの距離は走っている。それでも倒れないのは恐ろしいものが迫っているからなのだろう。


「ハァ……ハァ……ハァ……ここは……」


 そうして気がつけば俺は……何故か実家近くの商店街に入っていた。

 人の気配は感じないものの、小さい頃にお使いに来た商店街そのものだった。

 そんな思い入れのあるメインストリートを走っていく。すると後ろから“ナニカ”……ではなく、子供くらいの大きさの白い塊が追い越し、少し先のメインストリート脇にある小道へと入っていった。

 その様子を見つめていると白い“そいつ”は通路からヒョコッと顔を出し、手招きをした。


「…………」

「付いてこいってことか……! 」


 前も後ろも赤黒い“ナニカ”に囲まれ、何処に行けばいいか分からない。ならば付いていくしか無い……! そう決意し後を追った。


 その先にあった光景。

 それは小さい頃によく来たお地蔵さんのある行き止まりだった。


『俺を騙したのか! 』


 そう悪態をつこうとしたところで“そいつ”は俺の口に人差し指を当て、落ち着くように促してきた。

 顔は見えないが……“そいつ”は自信アリ気な顔つきをしていたと思う。その顔に何故か安心感を覚えた。

 “そいつ”の安心感から、一時的にではあるが“ナニカ”を恐れる必要の無い存在と認識した。

 だがその感覚も“ナニカ”が現れたことで塗替えされてしまった。お地蔵さんと“そいつ”俺が逃げ場を探して辺りをキョロキョロ見回していると“そいつ”は右腕を広げ……


「…………! 」


 親指を上に立てていた。

 見えもしない口元には満面の笑みが浮かんでいるように感じる。

 そして次の瞬間……


「うわっ!? 後ろかよぉ! 」


 “そいつ”が何をするのかと思い身構えていたのに後ろにあるお地蔵さんの方が光を発し始めた。

 その光は一番近かった俺だけでなく、“ナニカ”も包み込んでいった。

 そうしてまた俺の意識は遠のいて行った………………






 __________







「あの時はありがとうな」


 そうして“青い”空の元、俺がちょっとしたお菓子を供えるのは商店街の一角にあるお地蔵さん。


 列車の中で眠ってから……そしてここであの光を浴びてから半年が経過していた。


 まず、あれから目が覚めると病室で横になっていた。

 何でも列車に乗ったところで倒れていた俺を親切な人が通報、病院に搬送されたらしい。

 医者いわく、死んでもおかしくない状態だったらしい。最低でも何らかの後遺症が残るであろうと思われていたものの、奇跡的に後遺症もなく完全に回復した。


 それから直ぐに仕事に戻ろうと電話をするも……


『は? 半年も無断欠勤しやがったお前の仕事ォ? ねぇよんなもん』


 と言われ、クビになってしまった。

 途方に暮れていると両親が家に突撃、事情をを洗いざらい吐かされた挙げ句強制的に実家に引き戻されることになった。


 確かに困っていたし助かりはしたんだけど……あまりに都合の良すぎるタイミングの登場に恐怖を覚えていると『愛という名のフoースの力!』と言われた。謎すぎる。


「さて……行くか」


 お地蔵さんへのお供えもそこそこに、俺は綺麗な青空の下に照らされる商店街のメインストリートへと戻っていった。





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