第44話ユウシャちゃんアイドルちゃんに役になりきらせる・モンスターマスターちゃんの部屋にて

「あの、ユウシャさん、なんだかあたしを抜きにして話が進んでいるような気がするんですけれど……」


「でも、言ったじゃないですか。アイドルさんにも原因があるんだから協力してもらうって」


「それはそうですけれど……モーグリとか、オーガとか、ベビーデビルとか、ルシフェルとか演じるのが難しそうな役柄ばっかり」


「それがモンスターマスターちゃんのお望みなんだから仕方がないですよ。それに、結局演じるのはナーススライムってことになったですし」


「で、でもいきなりですか。大丈夫かなあ。モンスターマスターさんとは初対面なのに。それに、モンスターが人間の仲間になるってどんな感じなんですか。やっぱり、一回は倒される演技をしないとダメなんでしょうか。アドリブ劇ってだけならまだしも、アクションシーンもやるとなると、リハーサルもなしというわけには……」


「違う違う、アイドルさん。さっきのあたしとモンスターマスターちゃんとの話聞いてませんでした? モンスターマスターちゃんはね、モンスターを倒して仲間にするわけじゃないんですよ。ナーススライムが傷ついている味方モンスターを回復したと思ったら、突然人間があらわれた。人間だ、敵だと思ったら、自分が回復したモンスターが『ご主人様、平気ですか』なんて言ってるの。そのシチュエーションでどうです」


「そういうことでしたら……あたしにもショービジネスのプロフェッショナルとしての意地があります。そのナーススライムの演技をしてみせます。相手が初対面だからってなんですか」


「そうそう、そのいきですよ、アイドルさん」


「正義の味方が悪いモンスターを倒す舞台をしていたら、子供が泣き出したことがありました。そんなときは、モンスター役の役者さんが、ことさらその泣き出した子供を脅かすんです。そしてあたしにこっそり合図するんです。その合図で、あたしは泣き出した子供に宣言するんです。『もう大丈夫だ。悪いモンスターはこの正義の味方がやっつけてやる』ってね。そして舞台であたしがモンスター役をやっつければ泣いていた子供も大喜びですよ」


「そ、そんなことがあったんですか、アイドルさん」


「お酒で酔っ払ったお客さんが客席で騒ぎ出したこともありました。そんなときは、酔っ払いを茶化した劇を始めるんです。最初は周りのお客さんは騒がしい酔っ払いを迷惑そうにしてるんです。でも、あたしたち役者が舞台で酔っ払いをネタにしていると、客席で騒いでいる酔っ払いも含めて劇が盛り上がるんです」


「演劇って、練習通りに台本をそのまま本番でやるんじゃあダメなんですね、アイドルさん」


「当然ですよ、ユウシャさん。舞台ってのは生き物ですからね。舞台は毎回違うんです。客席にいるお客さんにあわせて、こちらも演技しなければならないんです。ちょっと予定にないこと起こっただけで、失敗するようならそんな人間はプロとは言えませんよ」


「そうなんだ、あたしも冒険の途中に何度か旅芸人さんの舞台を見ていたことがあったけど、あたしはただ面白がっていただけだったなあ。舞台の役者さんがそんなことを考えていたなんて、思いもしなかったよ」


「それでいいんですよ、ユウシャさん。『わたしたち本番の前にこんなに練習したんですよ、つらかったんですよ、だから、お客さんは余計なことせずにじっとしててくださいね。舞台の邪魔をするような客の前では演技なんてできませんからね』なんて言うのはしろうともいいところです。役者は、舞台の上で全てを表現するべきなんです。役者なんて、観客に『舞台でチョロチョロしてるだけで暮らせるんだから、役者ってのは楽な商売だよな』って思われるくらいでちょうどいいんです」


「アイドルさん、あたし、そう思ってました。アイドルさんみたいな商売をしている人が、裏ではどんな苦労をしているかなんて思いもしませんでした」


「あ、すいません、ユウシャさん。こんな舞台裏で話すようなグチを言ってしまったら、ユウシャさんは今からやる芝居を楽しめませんよね。お客さんに『これからやる芝居のけいこで、あたしはおおいに苦労しました』なんて本番前に言うなんてプロ失格です」


「そんなことないですよ。あたし、感動しましたもん。あたしも、こつこつレベルアップして今まで倒せなかったモンスターが倒せるようになったら嬉しいですもん。アイドルさんが、そんなふうに本番前にきっちり準備して舞台をやってるってわかって、なんだか嬉しいなって。あ、なんだかごめんなさいね、アイドルさんみたいなトップスターさんとあたしをいっしょにしちゃって」


「い、いえ、尊敬するユウシャさんも地道なレベルアップの苦労があってこそと知って、あたしも嬉しいです。そ、それでは、せんえつながらこのアイドル、即興劇をやらせていただきます」

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