2章・5話「河童」


「河童?・・科戸、知っているか?」


飄葛は振り向き、科戸に聞いた。


<もちろん知っております、妖の中でも珍しい固有の妖です。

用心深く見るのは初めてですが・・・>


「固有の妖?」


<そうです。我々の様に獣が妖になるもの、隼の様に物に魂が宿って妖になるもの、しかし、そのものは何ものでもなく、元より妖なのです>


「なんと不思議な妖じゃ・・・」


すると、河童が言った。


「俺のほうこそ驚いたわ、臭いから察すると、そっちがイタチで、

あんた猫なのか?」


「そうじゃ、猫の妖じゃ」


「そうか、猫の妖も珍しいではないか、それに見事な変化と俺を捕らえた身のこなし、あんた、ただものではないな」


「どうじゃろう、森育ちで他の妖を知らんのじゃ。して、何をしておったのじゃ?

船着場で」


「船底に穴を開けてやろうと思ってな」


「何ゆえに、そのようなことを?」


「人が憎くてに決まっているだろ!人の姿などして、あんたら人の味方なのか?」


「我は人も妖も味方や敵などの概念はない。お主は、どうして人が憎いのじゃ?」


「何でも我が物とするからだ!俺ら河童は川だけにいるものではない、池や沼、

海以外の水あるところに住んでいるが、人は後から来ておいて、住みかやそこに居る魚などを奪っていく・・・俺らは追い出されるばかりだ、陸でも同じだろ?

人は増える一方で林や森を切り開き、人の住処や畑などにし、聞いた話だが山まで削り無くしてしまうと聞いた。獣や妖が人を憎むのは当たり前だ」


「なるほど、話は分かるが我は人の世に興味がある。ゆえに人の世で生きてみたいと思っておる」


すると、河童は態度を変えた。


「なら、あんたらは俺らの敵だ!敵ならば放っておくわけにはならん!」


「まて、我は誰の敵になるつもりはない」


「敵か決めるは己だ、早く立ち去れ!去らぬなら、この大川の主様に言いつけてやる」


「主様?」


「この大川を治める大カワウソ様だ」


「ほぅ、それは会ってみたい、話しを通してくれぬか?」


「無知め・・・死を恐れぬなら、明日の夜まで待っていろ、話はしておいてやる。

だが、確実に死ぬ事になるぞ」


そう言うと河童は川に消えていった。


「面白いことになってきたな科戸、ここにもう一泊しようぞ」


<・・・しかし、無駄な争いは避けるがよいかと、この大きな川の主となれば、

かなりの強者に違いありませぬぞ>


「そうであろうな、だから会ってみたいのじゃ、争うことなど考えてはおらん」


科戸には飄葛が楽しそうにしか見えなかった。


それが不安であったが、仕方なかった。


<よきになさいませ・・・>


そうして、その夜は小屋で休んだ。


翌朝、科戸が起きると小屋に飄葛の姿がなく、慌てて外に出ると飄葛は船着き場に

腰をすえ、釣竿を持ち釣りをしていた。


<飄葛様、昨夜のことがありながら、人の姿で釣りなど・・・

川の妖を逆撫でますぞ>


「妖なら我らも妖と分かるじゃろ」


<そういう問題では・・・>


「よいではないか、なかなか面白いものじゃぞ、ほれ旨そうな魚をもう六匹も釣ったぞ、それに釣りごときの事で怒るような器の小さい主なわけあるまい。

科戸もやってみろ、夜までは長いぞ」


<はい・・・>


その時、科戸は改めて飄葛の器の大きさを感じた・・・。

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