2章・4話「川の妖に会う」


 扇子を手に入れた飄葛たちは再び都を目指した。


「扇子よ、名はないのか?」


と、歩きながら脇差にしていた扇子を持ち、広げて言った。


(物に名などございません、人は首切り扇子と呼んでましたが)


それを聞いていた科戸が言った。


<首切り扇子か・・・しかし、不思議ですな、あれほど禍々しい妖気がすっかり消えているな>


(はい、飄葛様が手に取ってからは、我の中にあった憎悪が消え、

どうして人の首を切る事に執着してたかも、分からないのです・・・)


<飄葛様の妖力と繋がり浄化したのであろう>


「とにかく、首切り扇子と呼ぶわけにもいかむな・・・

科戸、何かよい名はないか?」


<そうですな・・・その扇子の模様の中に一羽鳥が描かれておりますな・・・

何の鳥でしょう・・・>


「うむ、風を切るように降下しているような姿、おそらく隼であろう・・・

よし、扇子よ、お前の名はこれより隼じゃ、よいな」


(はい、名をもらえるとは光栄です)


「さて、では、切れ味を試めすとするか」


と、飄葛は道端に立つ大木の前に向かい立った。


(待って下さいませ、我が切れるのは、せいぜい人の首程度でございます。

そのような大木など無理でございます)


「はっはは。そうか、しかし切るのはお前ではない、我が切るのじゃ。

我の妖力を使ってな。科戸、あれを見せてやってくれ」


<はい>


科戸は落ち葉を一枚浮かせると、それをあやつり、一瞬にして回りの木の枝を切り落として見せた。


(なんと!木の葉で枝を・・・)


「我らは物に妖力をうつす術を学んでいる。今から隼、お前に妖力を流す・・・

感じるか我の妖力を」


(これは・・・凄い・・・)


「感じる我の妖力に身を任せるのじゃ」


(はい・・・)


「では、参るぞ」


と、飄葛は真横に一閃、大木に向かって隼を振り切った。


<お見事!>


大木は倒れ、その切り口は滑らかで光沢さえあるほどの切り口であった。


「うむ、まずまずだな」


そうして飄葛は歩きながら隼を使う鍛錬をした。


(だんだんと、気が失いつつありまする・・・)


<それは飄葛様の妖力が強いからだ。いずれ、一体になるであろう>


(・・・それも良いな・・・)


それから五日、一行は淀川(よどのがわ)という大きな川に着いた。


<この川を上れば山城国の都に着きまする>


「これが川だと?なんと大きい・・・向こう岸があんな遠くに・・・」


<我が知る諸所、国々の中で一番川幅が大きな川と言っても過言ではないです>


「そうか・・・」


飄葛は初めて見る大きな川にしばらく目を凝らし、たたずんだ。


「川に沿って土手に家屋が並んでいるな」


<人も獣や我々と同じく、水が必要だからです。その家並みに人の作りし道を行くか川原を行くか、どうなされますか?>


「川原を行くほうが面白そうじゃ、僅かながら小さな沢山の妖気を感じる・・・」


<おそらく妖も獣もいるでしょう>


「楽しみじゃ」


<まぁ、飄葛様の妖気で近づいては来ないでしょうが・・・>


「ん?妖気は抑えておるのぞ」


<質の問題です>


「まぁよい、参ろうぞ」


そうして、しばらく川原の茂みを歩いていると、人が作りし小屋が一軒、現れた。


「このような川沿いに何じゃ?川に浮かぶあれは?あれが船という物か?」


<そうです。あれに人が乗り、水面を行き来する道具です。あの小屋はおそらく漁師のものかと>


「漁師?」


<人は何でも食べます。魚を捕るのを専門とする者を漁師といいまする>


「流石に何でも知っておるな、気配からして誰も居ないようじゃ、

今日はあそこに泊まらせてもらおうぞ」


<はい>


一行は小さな漁師小屋で休むことにした。


小屋の中には飄葛が見た事のない道具や網などが置かれていた。


「この網というもので一度に魚を捕るわけだな、人の知恵とは凄いの・・・」


そこにある道具を科戸が一つ一つ説明していると、


「ん?微かな妖気を感じる、こちらに向かってくるぞ、

強くはなさそうだが不思議な妖気じゃ・・・」


<はい・・・>


「方向からして川の中からだな・・・すぐ側まできたぞ、

どんな妖か様子を見にいこうぞ」


<やれやれ、飄葛様の好奇心は止められませぬな>


と、外に出ると船着場に薄っすら人の様な形をした小さなものが立っていた。

すると、向こうもこちらに感づいてこちらを向いた。


その瞬間、それは慌てて水に向かい飛び込もうとしたが、飄葛がその素早さでそれの足を掴んだ。


「暴れるでない!同じ妖じゃ」


「妖!?食われるのは嫌じゃ!勘弁してくれ!」


それは、いっそう暴れた。


「食わぬ食わぬ、落ち着け!話をしたいだけじゃ」


「・・・本当か?食わぬか?」


「本当じゃ。殺気も感じぬであろう?手を離してやるから逃げずにいてくれるか?」


「分かった・・・」


飄葛は手を離した。


緑色の体に甲羅、蛙の様な水掻きのある手足、鳥の口ばしの様な大きな口に頭に皿のような物・・・


「なんと面妖な・・・お主は何じゃ?」


「同じ妖だ、見て分からぬのか?俺は河童だ!」


飄葛はその名を聞くのも初めてだった・・・。

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