「率直に申し上げます。執行者エンフォーサーを辞めて下さい」


執行者エンフォーサー? 私魔法少女なんだけど……」


「どうやらそこから説明しないといけないようですね。執行者エンフォーサーとは悪魔または天使と契約を交わし怪物を処理する者を指します」


「天使もいたんだ……。それで?」


「その様子ですと怪物が何かも知らないようですね。それも私が説明します。怪物はバーンアウト――つまり頑張りすぎて燃え尽きてしまった人の魂から放出されたエネルギー体のようなものです」


「ふむふむ」


「簡単に言うとこの怪物を殺して処理しようとするのが悪魔。封印して自然消滅するのを待つのが天使です」


「ふーん。やり方が違うって事ね。でも結果的に怪物を抑えられたら別にいいんじゃない?」


「それがそうもいかないのです。怪物は有害ですがそれは元の人間の魂と密接に繋がっていますので――いいですか、落ち着いて聞いてください。それを殺してしまうという事はその怪物の元になった人間を殺してしまう事になるのです」


「……」


「落ち込むのも無理はありません。悪魔にそそのかされていたとは言え人を殺めてしまったのですから……」


「え? 私別に落ち込んでないよ?」


「はい?」


「いやー、そういうシステムになってたんだなって関心しちゃって。あー納得納得って感じ?」


「納得? あなたは何を言っているのですか?」


「いやあ、初めの契約の時に一回魔法少女になるたびに人が一人死ぬって聞いてたから、そういう事だったんだなって」


「あ……あなたはまさか、人が死ぬとわかっていながら悪魔と契約したのですか?」


「え? だって怪物ほっておいたら人を殺しちゃうかもしれないんでしょ? だったら誰かを犠牲にしても許されるかなって。怪物を生み出した人が死ぬなら罪悪感が薄らぐからむしろ良かったよ」


「そんなまさか……あなたは……」


『何か勘違いしていたようですね、天使勢の執行者さん。彼女は私が堕落させたんじゃありません。最初から堕ちていたんです』


「お前は悪魔! くっ! こうなったら作戦変更です!」


「あ、イレどこにいたの?」


『エリーさん。そんな事よりも今は目の前の敵を倒しましょう』 


「敵?」


『彼女は天使勢の執行者エンフォーサー。我々の敵です』


「なんだかよくわからないけど、敵なのは分かったよ。だって、私に魔法少女を辞めろって言ってくるんだからさ……そんなの認めるわけにはいかないよねっ」


 私はほとんどノーモーションから奇襲をしかけた。


 ――魔法少女対魔法少女ってちょっといいかも。


 恐怖に震える執行者の顔。


 でもさすがにあのSSS級を沈黙させただけあって初撃は受け止められてしまう。


「楽しいッ!」


「あなたはここで滅せなければならないようですね!」


 それから激しい攻防が続いた。

 お互いの手の内を探るように消費を抑えた必殺技を小出しにして。


 だけど二度三度生死をかけた攻撃を交えてわかった。


 ――私の方が強い!


 彼女は羽の造形にこだわるあまり、飛翔する際の隙が大きすぎる。

 だからそこをついた。


 私が放った指向性のレーザーが彼女の翼に幾つもの穴を穿ち、一発は腹部を貫通した。


 血を吐く執行者。


「まさか……ここまでとは。あなたは真の災厄になりうる。だから、ここで確実に仕留めなければなりません」


「そんな状態で何強がってるの? 今から私がトドメを指して上げるからもう黙っててよ」


 ――見せてあげるわ。私のとっておきの必殺技を!


「全力の(30%の)思いを込めて! イグニス・フェリッシュ・ターミネイテッド・ジ・インフェル――え……」


 私は詠唱を中断した。


 なぜなら彼女の援軍が到着していたからだ。

 一人、二人、三人、四人……十人⁉


 周囲を取り囲むように十人。


 ――しまった。技のイメージに夢中になりすぎた……ってどう考えても多すぎるよ!



「え? まさか全員で掛かってきたりしないよね?」


「不本意ですが、あなたを野放しにするとより多くの犠牲が出ます。なのであなたにはここで確実に死んでもらいます」


 ――マジか……。


 彼女の号令の下、十人の執行者達が一斉に詠唱を始める。

 それぞれ別々の技を出すつもりのようだが十人に一斉に話されて聞き取れる訳がない。


 ――まったく聖徳太子じゃないんだから、ここは迷わず離脱だッ!


 が、彼女らの方が早かった。


 何もない空間から鎖のようなものが飛び出してきて私の両手両足をガッチリ拘束。空に磔にした。


 ――ヤバ……。


 そこからはもう滅茶苦茶だった。


 氷漬けにされたり電撃を浴びせられたり、地獄の業火で焼かれたり。


 ――それ私がやろうと思ってたやつなのに。


 そしてトドメとばかりに神の鉄槌の如く巨大なハンマーで地面に向けて打ち放たれた。


 

 飛行機が道路に不時着するみたいにズザザザザーって。アスファルトを抉りながら減速し私の体は止まった。


 もう、ボロボロだった。


 ほとんど裸同然で皮膚は無残に焼けただれ、自慢の羽は骨格しか残ってなくて本当に悪魔みたいな姿だった。


 服が元に戻らない所を見るともう、緊急兵装のエネルギーすら使い果たしてしまったらしい。

 とても人が耐えられない程の痛みも感じて、小さく呻く。


『随分と派手にやられましたね』


 こんな時でも落ち着き払った声のイレ。


「ねえ、何かとっておきがあるんでしょ? そう、例えば私の寿命と交換にブーストアップとかさ⁉ ねえ、お願いイレ! 私こんな所で終わりたくないの! 私の寿命で足りないなら友達のだって捧げるから! おねが――」


『すいません。うちそういうのやってないんですよ』


「イレ……」


『そういう事なので。自力で何とかしてください。ああ、この体はもったいないので私が有効活用させていただきますね』


「そんな……事って……」


 ――嫌だ。絶対にあきらめてたまるか! 私の体はまだ動くんだ!


 痛みに逆らい獣のような唸り声をあげながら私は立ち上がり、近くにあったファミレスに向かって足を引きずりながら歩いて行った。


「待ちなさい! 執行者エンフォーサーを辞めるというのなら命だけは助けてあげるわ!」


 背中から浴びせられた声に扉の所で立ち止まる。


「でもそれって魔法少女を辞めろって事なんだよね?」


「……そうよ」


「なら、そんなの受け入れられるわけないよ! 魔法少女を辞めるくらいなら死んだ方がマシだよ!」


 私はそう叫んで、残った力を振り絞りレストランの壁を破壊した。

 粉々になったコンクリートの粉塵が宙を舞う。


 レストランの中にはまだ人がいる。

 執行者たちもうかつに攻撃できないはずだ。


 ――今のうちに逃げるんだ。誰にも邪魔されない安全な場所に。そしてもう一度やり直すんだ。



「何て愚かな……トドメは私がやるわ。エネルギー消費20%……貫け! 断罪の弓矢!」


 水色の髪の少女が放った矢は霊体を感知して追尾する超指向性の技。


 無防備な少女の魂に抗う術はなく、あっけなく光の矢に貫かれてこの世から完全に消滅した。

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