第13話






 買い物の目的は、栞のお供だった。

 近日、誕生日を迎える大学生の彼氏へのプレゼント候補を探しに来たらしい。


 朝吹市にある、駅前のショッピングモール。品揃えが豊富で、若者に人気の遊び場や店舗も多い。

 あちこち歩き回って、流行に敏感な莉子の意見を参考に、商品を物色する。柚月は、ふたりを背後について見ていただけだ。夕暮れも近くなった頃、万年筆あたりが妥当だろうという結論が出た。


(こんなの久しぶりかも)


 休憩所のベンチに腰かけながら、柚月は大きくのびをした。

 栞たちが帰り際、御手洗いに寄りたいと言うので、荷物番をかって出る。二日間も歩いて疲労はあるが、柚月の気分はすっきりとしていた。


 最近、異世界だの盗賊退治だの非日常的な出来事が多すぎた。久々に、普通の女の子に戻れた気がする。


(…………でも)


 そう考える度に、胸にたゆたう不安がある。


 栞や莉子は、本当に可愛いい。外見の話ではなく、今の日常を精一杯生きている。何というか、幸せそうだ。


 莉子は、たくさんの店を知っていた。栞は、親友の意見を聞き、楽しそうに品物を選んでいた。


 漠然と、彼女たちとの距離があるように感じる。

 線を引いてるつもりはない。

 壁を作ってるつもりもない。

 けれど、彼女たちのようになりたいかと訊かれたら、柚月は答えに詰まってしまう。


 漣や【月鎮郷】のことがなければ、普通の女の子になれたか。そんな疑念が頭をかすめるのだ。どう頑張っても、彼女たちのようにはなれない。なりたいとすら、言いきることもできない。それは、今の状況だけが原因ではなくて。もともと、自分には何かが欠けているように思う。


 柚月は、溜め息をつく。

 結局、自分はどこの世界でも中途半端な人間。多少の矛盾を感じつつも、自分を貫く長谷川や日下部の方がマシなのかもしれない。


「柚ッ!」


 大声で名前を呼ばれて、ハッとする。

 見れば、表情を強張らせた莉子が走ってきた。栞の姿はない。嫌な予感がして、すぐに立ち上がる。


「なにかあったの?」

「栞が……栞が……ッ!」


 その言葉だけで十分だった。柚月は、急いで荷物を手にする。



「困ります……友達と待ち合わせしてるんです」

「いいじゃん。その友達も一緒に遊ぼうよ」


 一階のエントランス。

 婦人靴の販売エリア近くで、数人が固まっていた。


 前述したとおり、栞はよくナンパされる。大抵は、おとなしい感じの控えめな草食系男子に、なのだが。今日は運が悪いとしか言いようがない。端目でもわかる、柄の悪そうな連中だった。栞を囲んで、しつこく連れ出そうとしている。

 遠巻きに様子を見る柚月は振り返った。


「なんで、栞と一緒にいなかったの?」

「先に栞が出て行っちゃったんだよ! 通りかかった靴の売り場を見てくるって……ッ」


 責めるような口調に、親友は言葉を切る。その表情は今にも泣きそうだ。タッチの差で、栞が早くトイレから出たのだろう。完璧な不可抗力だった。まさか、栞も短時間で声をかけられるとも思わなかったろうし。莉子を責めても仕方ない。


「ど、どどどどうしよう……」

「落ち着きなさい。莉子」


 背後でひたすら狼狽える親友を宥める。普段は強気なくせに、こういったアクシデントには弱い。


 柚月は、冷静に現状を見る。

 どう転んでも騒動が起きるだろう。

 相手は六人。

 一度に捌くには厳しい人数だ。かといって、ぼやぼやしている暇もない。このままでは、栞が彼らに連れていかれてしまう。


(迷ってる時間はないわね)


 瞳に強い光が宿る。柚月は、ぎゅっと両の拳を握った。


「莉子、さっきはキツイ言い方しちゃってゴメン」


 ぼそりと呟くと、莉子が弾かれたように顔をあげた。


「でも、今から言うことをよく聞いて。誰でもいいから近くの店員さんを捕まえて、警備員さんを呼んでもらって。渋るようなら、警察に通報するって脅しなさい」


「柚は……どうする気?」


 問われた柚月は、荷物の全てを莉子に押しつけた。かがんでスニーカーの靴紐を結び直す。


「わかってるでしょ。問答してる暇はないってこと」


 そう言って立ちあがった柚月は、親友の顔を真正面から覗き込む。

 不安な顔を見せてはいけない。彼女にもやってほしい仕事がある。


「お願い、力を貸して。栞を無事に助けたいの」


 涙目の莉子が、きゅっと唇を引き結んだ。



「ちょっと、私の友達どこに連れてく気?」


 親友を囲む不良たちの中へ、ずかずかと分け入った。


「柚……ッ!」


「ごめんね。気付くの、遅くなって」


 横目で栞を安心させると、柚月は視線を戻して睨みつける。


「どいてよ。もう帰るとこなんだから」


 内心どけと指示する柚月を、不良たちは明らかに快く思っていない。ナンパを邪魔されて、イラつき始めているのだろう。栞のビジュアルからして、友人たちも美少女だと勘違いしたのかもしれない。


 平凡で悪かったなと胸中で毒づいて、柚月は気付いた。不良たちの内、三人は頭部に包帯を巻きつけていたり、顎にガーゼが張りつけている。


 どこかで見覚えがあるような。柚月が眉根を寄せると、同じく注視していた三人が目をまるくして大口を開けた。


「あ────ッ!!」


 叫ぶなり、こちらを指さしてくる。

 彼らの失礼な態度で、柚月の表情はさらに険しくなった。


「あんたたち、誰よ?」

「この傷をつけた張本人だろうかッ!」


 怒鳴りながら、指さしたガーゼで気付いた。


「ああ。小学生にカツアゲしてた不良」

「不良、言うなッ!」


 さらりと零す柚月に、悪気はなかった。彼らのような不良は、似たり寄ったりな外見で見分けがつかないのだ。実際に、怪我の痕跡である包帯やガーゼがなかったら気付かなかったに違いない。


「あっはははッ! 面白い娘もいるもんだね!」


 盛大な笑い声に、今までの緊迫した空気が破られる。


「しかも、こいつらに勝っちゃった? すごいね。何か、武道でもやってるのかな?」


 声の主は、柚月たちとそう変わらない男子だった。

 小柄だが、手足が長くて細い。長年スポーツをしているとわかる体格だった。笑うと口元から、牙のような八重歯が零れる。他の仲間と比べると、わりと見られた顔だった。もちろん、東雲や宗真の足元にも及ばないけれど。


「誰よ、あんた?」


「これは失礼。俺の名前は、大神おおがみ那智なち。これでも、【牙狼党がろうとう】ってチームのリーダーでね。以後、お見知りおきを」


 挨拶のつもりなのか、帽子をとり、恭しく礼をする。

 柚月は、舌打ちしそうになった。大神の言葉は、面倒な事態を暗示している。

 彼らは、俗に言う暴走族だ。さすがの柚月も、そんな輩を相手にしたことはなかった。ただの不良とは違う思考回路をしているかもしれない。

 状況は、悪化したといっていい。


 それでも、本心はおくびにも出さない。


「悪いわね。私、あんたたちと仲良くする気ないの」


「おっと」


 長居は禁物とばかりに栞の手をとって逃げようとするも、押し戻された。


「またまた。そんなこと言わないで」


 そんなに何がおかしいのか。

 大神はニコニコと上機嫌で話を続ける。


「だって、キミのお友達が俺の彼女になっちゃえば、自然と長く付き合うことになるよ」


 屈託のない笑顔に、柚月は頭突きをかましたくなる衝動を必死でこらえた。ぴくぴくと眉が痙攣したのは気のせいではない。

 こいつは、不良のリーダーによくある典型的なタイプだ。世界の全てが、自分の思い通りになると信じきっている。


 柚月の嫌いなタイプだった。一番苦手なクモの次に。

 いつもなら、すぐに殴りかかってケンカを開始するところだが、今は背後に栞がいる。乱闘はぎりぎりまで避けるべきだ。


「ところで、キミ強いね。こいつら一応、親衛隊なんだけど」


「親衛隊〜?」


 柚月は暴走族の仕組みなど知らない。

 だが、話の流れからして彼らの地位が一般の女子高生にやられていい役職でないことは理解できた。たっぷり皮肉を込めて、せせら笑ってやる。


「そいつらが親衛隊だか特攻隊だか知らないけど、三人もいて女子高生ひとりに負けたなんてチームの恥じゃない? 外聞が悪くなる前に、いっそ自分たちから解散したら? 大体、あんたも頭なら、仲間にカツアゲなんか許すんじゃないわよ。リーダーであるあんたがいかにしょぼいか証明してるだけなんだからさ」


「ゆ、柚……」


 ズバズバと毒舌をかます親友に、栞は焦りの表情を浮かべる。

 柚月の言葉は明らかに、火に油を注いでいる。事態の悪化を心配されても無理はない。


「てめぇッ!」

「黙れや、ブスッ!」

「大神さんを誰だと思ってんだッ!」


 予想通り、取り巻きの仲間たちが吠え出した。

 狼のチームとか言っといて。所詮、弱い犬の集まりだったらしい。


 ケンカの鉄則。

 予想外のアクシデントに遭遇しても、ポーカーフェイスを貫け。

 罵詈雑言など威嚇は相手にするだけ無駄なので、右から左へ聞き流すべし。というか、知能の低い犬の言語を理解できない柚月は無視を決め込んだ。

 その甲斐あって、不穏な空気をかぎとった買い物客が周囲に集まってくる。


 よしよし。

 いい兆候だ。ギャラリーは多いほどいい。


「そういうわけだから、私も親友もあんたの知り合いになるつもりは全くないの。わかったんなら、そこをどいて」


「……言ってくれるね」


 大神が、笑いの種類を変えた。さっきまでは栞を含めた興味だったのだろう。珍しいものを眺めるような瞳が、すっと冷たくなる。

 柚月の言葉を不愉快に感じたのだ。彼の目には、微かに苛立ちを宿している。


「それじゃ、リーダーとしてこいつらのために落とし前つけないとね」


「落とし前より、私の親友に対する謝罪が先じゃない?」


 柚月は、ぴしゃりと叩き潰す。

 落とし前だの何だのと、不良たちのくだらない面子に付き合う義理はない。


「わかってる? あんたたちのやってることは無意味な反抗ですらない。ただの迷惑行為よ」


 柚月がハッキリと言い切った直後、仲間たちは顔を見合わせる。

 およそのメンバーは理解できなかったが、大神だけは最大の侮辱と受け取った。


「……少し痛い目見なきゃ、わからないみたいだな」


 表情から笑みが消えた。

 柚月の言葉は理解できなくとも、リーダーの心情は察するらしい。後ろに控えていた仲間たちも、許しを得られて締まりのない顔で近寄ってくる。


 全面対決は、避けられないようだ。

 柚月は、わずかに体勢を低くする。


「できるものなら、やってみせて」


 鳶色の瞳には、すでに強気な光が宿っている。


「ただ、私、すごく諦めの悪い……負けず嫌いなの。大怪我しても知らないわよ」


 これから死ぬほど抵抗するという意味を込めたのだが、やはり相手には通じていなかった。


「いいセリフだね。でも、すぐに撤回させてあげるよ」


 微動だにしない大神が手を振った。開戦の合図らしい。

 リーダーのひと声に仲間たちが、ゆっくりと前へ歩き出す。その自主性のなさに、柚月は鼻を鳴らした。


(自分のない連中)


 と、胸中で毒づく。

 何でもかんでもひとりで決める漣のような男も嫌いだが、自分では何も考えずに徒党を組む連中も同じくらい嫌いだった。


 少し、暴れてみるか。

 莉子が店員を言いくるめて、警備員を連れてくるには、まだ時間がかかる。頼りない保険だが、ないよりはいい。

 それまで派手に暴れて注目を集めなければ。連中が、迷惑に思って逃げ出すまで。


 柚月が固く拳を握りしめると、背後から震えた声が耳に届く。


「柚……!」

「大丈夫。そのまま壁を背にしてて」


 言い終わらない内に、前へ駆け出した。

 少しでも栞への危険を減らすために。







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