節分ですよ。







 厨房に香ばしい匂いが漂う。武田は、火を止めてザラザラと中身を枡に移す。


「上杉。そっちはどうだ?」

「問題ない」


 ならば、今年の恵方はどの方角だろう。

 武田はスマホを手にとり、調べ始めた。


 今日は2月3日。いつものごとく鶴の一声で豆まきをすることになった。豆を炒り、恵方巻きを作って準備している中、言い出しっぺは大遅刻していたりする。


 武田が苛立ちを感じ始めた頃、ドアチャイムが鳴った。


「やっと来たか。この遅刻魔会長。今まで何やってたんだ……」


 武田が玄関を開けると珍しく歯切れの悪い伊達がいた。


「は、はろぉー……」


 ついでに背後にもうひとり立っている。上杉より少し低いくらい。猛禽類のような精悍な顔立ちの青年だった。さらにいうなら、伊達は首を持ち上げられた猫みたいな状態だった。ただの長身と侮れない。かなり鍛えていると思われる。


「おまえが武田颯真だな。後ろにいるのは上杉優刀か?」


 低い抑揚のない声だった。あと上から降ってくるような口調。高い身長のせいだろうか。

 いつの間にか上杉も来ていたらしい。横目で確認してから伊達に向き直る。


「誰だ?」

「し、しんこちゃん……」


織田おだ信孝のぶたかだ。おまえ、わざと名前をからかってるだろう」


 またも珍しくおずおずと答える伊達をきっぱり切り捨てた。かなりの手練れである。わずかに親近感を覚えた。

 とはいえ状況を飲み込めない武田は口を開かざるを得なかった。


「それで? 伊達の知り合いが何の用で?」

「先日、うちの子分が世話になったようだな」

「子分? ああ、あのボス猿ゴリラ」

「そうだな。あんなゴリラでも一応、身内だ」


「……それで?」


 常に上から目線の口ぶりだが武田は気にしない。むしろ別の点に嫌な予感を覚えた。この上から目線な俺様、あのボス猿ゴリラと知り合いのようだ。


「俺は、受けた借りは返す主義だ。ヤツの負けは俺の負け。恥はすすぐもの。ヤツの代わりに勝負を申し込む」


 見下ろしながら口にした言葉は武田の予感を肯定するものだった。


 どうする?

 一瞬だけ考えてから背後に向かって手をのばす。


「上杉。豆」

「ん」


 上杉も当たり前のように枡を親友に渡す。受け取った武田は棒読みの口調で叫んだ。


「鬼は外ー」


 パラパラと乾いた音を立てて豆が落ちていく。





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