試験前夜






 いつものごとく武田邸の自室にて。


「吹きすさぶ嵐。荒涼の大地~」

「…………」


 口ずさむ歌を武田は無視する。

 無視して、開いた教科書を凝視した。


「聞こえないか、人びとの嘆き~」

「…………」


 無理やり声を締め出す。だが、今度は頭の中で声が文字となって流れ込んでくる。


「時には悔やむこともあるだろう。己の無力に涙することもあるだろう」

「さっきからやかましい!」


 とうとう耐えきれたくなって叫ぶ。

 さっきからノリノリで歌う伊達。かなり迷惑だった。


「特撮アニメかなんかか? 遊ぶなら、他の場所で遊べ!」


 期末試験のために復習をしているが正直、勉強どころではない。

 武田の横で意味不明な歌を披露する伊達。ノートに数式を書きながら歌い続けている。これでいて、また学年トップに君臨するだろう。努力家から見ればふざけているとしか思えない。


「だが、忘れてはならない。立ち上がる勇気を!」

「どうでもいいが、歌ってて恥ずかしくないのか」


 改めて突っ込んでみるが伊達は気にするそぶりすらない。やはり無視するにかぎる。


「なあ、上杉。この問三って……」


 諦めにも近く、開き直って反対側を身体を向けると。


「おい。上杉?」


 再度、呼んでも反応はなかった。自分の世界に入ったのか、ひたすらノートにペンを走らせている。無視しているのか、(伊達の歌声で)聞こえていないのか。


「思い出せ、己が描いた夢を! それこそが、戦う力になる~」


「おい。上杉!」


 苛立ちも露に名前を呼ぶ。自分のことは棚にあげ、悪友の肩を掴む。

 すると、上杉はハッとした様子で武田に向き直った。


「どうした。武田」


 今、初めて声をかけられたような反応。そして、耳から何かを取り出した。


 武田は一瞬かたまる。上杉の手には耳栓がふたつ。何故、彼が反応しなかった理由が判明した。


「よこせ、それ」


「武田?」


「いいから。よこせ。早く」


 何故か妙に腹が立つ。つい耳栓を横取りしようと上杉と組み合う形になった。


 試験前夜でこの調子。余裕がない武田はすでに疲労とストレスが蓄積されていた。何とかしなければ恐ろしい結果が待っている。


「いけいけ、サンダーストロンガー。今こそ、正義の力を示す時~」


「だから、何なんだ。そのアニメは!」


 そうして貴重な夜が更けていく。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る