釣り





 武田は眉根を寄せた。


「何故だ」


 端正な顔立ちなだけに、険しい顔には迫力がある。ただし、


「何故だ。何故、俺は休日の早朝に野郎と釣りをしてるんだ!」

「武田。少しボリューム落とせ。魚が逃げる」


 土曜の早朝、釣竿片手に叫んだら悪友に注意された。

 仕方がないので、振り返って悪友を睨む。


「おまえら、何しに来たんだ」


 港にある埠頭。

 悪友ふたりから逃れて、こっそり息抜きがしたかったのだ。それなのに、


「これだから嫌だね、海は。磯くさいし、潮でベタつくし」

「だったら、何故きた。伊達」


 ひたすら辺りを見回す伊達は、とうに釣竿から興味を失っている。ならば、家でおとなしくしていればいいものを。よくもまあ朝の四時に起きれたものだ。


「だって、海魚が食いたかったんだもん」

「うん。おまえ、もう帰れ」


 こめかみに青筋を浮かべ、帰るべき方向を指さす。

 全く。大方、退屈だからついて来たのだろう。そうでなければ、金曜の夜から武田の家へ泊まり込んだりしないはず。


「で、上杉は?」


 もう一方の悪友、上杉は視線だけを寄越してきた。

 こいつも、伊達と同じく転がり込んで当たり前のように釣りをしている。無理やり誘われてる訳ではなさそうだが、野郎ふたりといても楽しくなかろうに。


「ただの暇潰しなら海に叩き込むからな」


 上杉なら何か目的があるはず。単刀直入に訊ねると、彼は真顔で顎を引いた。


「アクアパッツァを作ってみたくて」

「うん。それで材料から集める気か。おまえ、さてはどこぞの農業アイドルだな」


 想像の斜め上をいく答えだった。

 前言撤回。バリバリ楽しんでいるではないか。


 上杉の発言に、伊達は目を輝かせた。


「いいねぇ、さすが上杉。じゃあ、必要な材料の買い出しに行ってくる~」

「待て! アクアパッツァが何なのか、おまえ知ってんのかッ!?」


 当然、知らないので武田がスマホで調べてやる。調理に必要な材料をリストにして渡すと、伊達はうきうきと近くの店を探しに行った。


「上杉。メインは何にするんだ。カサゴかスズキあたり取れないと話にならねーぞ」


 多少、自棄ぎみに釣竿を握る。すでに四時間経過しているがヒットはゼロだ。


「できれば鯛だな」


 悪友の志は高い。


「ここら辺で釣れっかな」


 いかん。すっかり奴らのペースだ。






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