九通目 『ココン』さんからのお便り

 石造りの大きな鳥居を、大勢の人間たちがくぐっていた。その手前の道を『クルマ』とかいう機械がうるさく行き交い、神社の祭囃子マツリバヤシも相まって、いろんな音が夕暮れの空気にまざり合っていた。

 鳥居の脇にたたずむぼくの横を、人間たちは素通りしていた。ぼくの姿がえるやつは、ごくまれだ。たとえば――このとき道の向こう側にいた、浴衣ユカタを着た女の子、とか。

 隣の少年と楽しそうにしゃべっていた彼女の視線が、ふとこちらに向けられた。まるい瞳が、不思議そうに何度かまたたいて。

 ぼくも、にこりと笑い返した。ハカマの後ろから生えた尻尾も、横に揺らして見せてみる。ぼくの銀髪からのぞく狐の耳も、きっと彼女にはよく視えているだろう。


 ――あの子は、だ。


 片手を伸ばし、手招きした。


 おいで、おいで。

 ぼくらの世界に来れば、もっと楽しいことがある。


 女の子は花火みたいにぱぁっと笑んで、駆け出そうと足を踏み出した。少年が止めるのも聞かずに。

 道の横から、またクルマが走ってきた。女の子が気づいたときには、鼓膜をつんざくような甲高い音が響いて。


 どんっ。


 重たいものがぶつかる音がしたあと、彼女は地面を転がっていた。

 誰かの悲鳴が上がり、近くにいた人間たちがどよめいて。

 動かなくなった彼女を、少年も呆然と見つめていた。

 夕焼けよりもあかいものが、彼女の身体カラダから染み出していた。

 あの場で笑っていたのは、ぼくだけだった。


 ふわり、と。ぼくのところに手鞠テマリみたいな光が漂ってきた。

 この世を去った女の子の魂の色は、真っ白だった。けがれなんて知らないかのように。

 ぼくは、それをそっと手に乗せて微笑んだ。

「初めまして。ようこそ、へ」

『こちらがわ?』

死人シビトアヤカシの世界さ」

 ぼくらは神社の長い石段をのぼり、境内ケイダイへと続く森へ歩いた。提灯チョウチンの光や屋台のおいしそうな食べ物の匂いに包まれた祭りの場は、ぼくらの存在を知らずににぎわう。

 女の子の魂は、それを見つめて楽しそうに笑ったけれど、さびしそうにつぶやいた。

『どうしよう、おいてきちゃった』

 あの少年のことだろう。死んだ自覚のない彼女に、ぼくは笑いかける。

「だいじょうぶだよ。あの子もきっと、に足を踏み入れるときが来る」

『ほんと?』

 うなずいて、いつかね、と心の中でこっそり付け足す。

 あいつはハズレだ、今のところは。この子とは違って、死期が遠い。

 境内の裏側の暗がりには、たくさんの狐たちが待っていた。ぼくは仲間たちに彼女を紹介する。


「新しいを連れてきたよ」


 やったぁ、と仲間たちは新入りを歓迎する。

 ぼくはそっと手を差し伸べ、女の子の魂を彼らの輪の中に放った。

 蛍にも似てゆるやかに漂ったそれは、狐たちに胴上げされるみたいに、空中でふわふわとはずむ。

 光だったそれは、だんだんと彼女本来のかたちを取り戻していく。生前と変わったのは、ぼくらと同じ耳や尻尾が生えたことくらいだ。

 輪の中心に立った女の子は、にぎやかなのが楽しいのか、笑顔を絶やさなかった。耳や尻尾にも触れ、感触を楽しんでいるようだった。

 仲間たちも、積極的に彼女を誘った。

「ねーねー、遊ぼうよ」

「いいよ。なにしてあそぶ?」

「はないちもんめ!」

 一人の宣言で、全員が二つの列を作って手をつないた。

 片方の列の真ん中に並んだ女の子は、周りにつられて陽気に歌い出した。


 かってうれしい はないちもんめ

 まけてくやしい はないちもんめ

 となりのおばさん ちょっときておくれ

 おにがいるから いかれません

 おかまをかぶって ちょっときておくれ

 おかまがないから いかれません

 ざぶとんかぶって ちょっときておくれ

 ざぶとんびりびり いかれません

 あのこがほしい あのこじゃわからん

 このこがほしい このこじゃわからん

 そうだんしよう そうしよう


 けれど、欲しい子どもは、

 仲間たちの視線は、祭りの屋台通りのほうに一斉に向けられた。

 女の子も、不思議そうに見やった。

 友達と駆け回る子ども、親に手を引かれて軽食を味わう子ども。

 たくさんのワラベの中から、ぼくらはを選び抜く。

「決まったかい」

 ぼくが尋ねれば、きーまった、とうれしげな仲間たちの声が重なり合った。

「わかった。――じゃあ、次はあの子をにしようか」


 生者ショウジャとしての祭りの時間は、もう終わり。

 これからは、で一緒に楽しもうじゃないか。

 誰にとがめられることもなく、夢に浸って、いつまでも。

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