第156話 ユン 其の二

 俺とユンは対峙する。

 俺は棍、ユンは槍だ。

 どちらも長い射程を持つ得物だが、戦い方は全くの別物だ。


 ユンは槍を構えたままニッコリ笑う。

 そして……


「もちろんです。いざ尋常に……」

 

「「勝負!!」」


 一騎打ちが始まる! 


 ドヒュッ ドヒュッ


 ユンの繰り出した突きが空を切り裂く!

 槍から出る音じゃないだろ! 

 それだけ素早い突きということだ!


 スッ カンッ


 一撃目を避け、二撃目を捌く。

 だが槍の攻撃はあくまで突きが主体。

 点の攻撃でしかない。

 しかもユンの槍の刃先は突きに特化したものだ。

 長刀のような打ち、払いには向いていない……


 クンッ ザクッ


「うっ!?」


 バッ


 俺は咄嗟に距離を取るが……

 くそ、腕をかすったか。


 だがなんだ、あの動きは?

 突然突きが軌道を変えやがった。

 

「ははは、お見事です。あの突きを避けるとは。いつもだったら初手で決着がつくのですよ」


 とユンは笑う。

 なるほどね、分かったよ。

 ユンの槍は異常にしなるのだ。

 柄は棒というより、鞭といったほうがしっくりくるほどに。


 まるで中国拳法で使われる槍みたいだ。

 こんな扱い辛そうなものを自分の手のように使いこなしている。


「すごいな。これは一本取られたよ。それじゃ次はこっちの番だよな!」


 ドヒュッ


 俺も負けじと突きを繰り出す!


 カンッ


 ユンは冷静に俺の突きを捌く!

 ありがとな! 騙されてくれて!

 

 クンッ 


 棍を引き抜き、打ちの態勢に入る! 

 大上段からの一撃だ!


「くっ!?」


 ザンッ


 俺の一撃はユンの頬をかすったようだ。

 頬からは鮮血がほとばしっている。


「どうだ? 俺だって見事なもんだろ?」


 ユンは頬を押え、そして笑う。

 楽しいのか?

 俺はもう逃げ出したい気分なんだけどな……


「く…… ふははは! 素晴らしい! 私が血を流すとはこの百年ありませんでした! やはり世界は広いものです! このようなところで貴方のような強者に出会えるとは!」

「満足してくれたみたいで嬉しいよ。それじゃ俺の勝ちってことでさ、引いてくれないか?」


「何を仰る! 戦いはまだ始まったばかりではないですか! 行きますよ!」


 ユンは槍を構え、刃先を回転させていく!


 ギュォォォォォンッ


 なんて速さだよ。

 一撃の威力を上げてるんだな。

 

「破ッ!」


 ドヒュンッ


 速い! 先程とは比べ物にならない!

 くそ、さっきまでは遊びだったのかよ!

 受けるしかない!


 槍の刃先を撃ち落とすつもりで棍を振り下ろす!


 ベキィッ ドサッ


 折れた…… 俺の棍が……

 馬鹿な!? これは神木ユグドラシルの若木を削ったものだぞ!

 大抵の一撃に耐えられるはずなのに……


 しかも突きの弱点である横からの一撃なのに、俺が打ち負けるってどういうことだ!?

 焦る俺だが、ユンの攻撃は止まらない!


「ははは! 我が槍は突きだけではありません!」


 ヒュン ヒュヒュンッ


 左右に槍を振って刃先で斬りかかってくる!

 器用だな!?


 突きとは違い、払いを避けるには距離を取らねば。

 後ろに下がるが……


「そこです!」


 やばっ!? 下段から俺の顔目がけ、刃先で斬りかかってくる!

 受けるしかない! 


 スパンッ ドサッ


 こ、今度は棍が両断された……


「ははは、これでだいぶ短くなってしまいましたな」

「…………」


 ユンの言う通り、俺の棍は三分の一を失っている。

 まぁ元に戻すのは簡単だ。

 棍にオドを流せば……


 シュンッ


 一瞬にしていつもの長さに戻す。

 それだけじゃないぞ。

 この棍は特別でな……


 横に構える……


「ははは、なんですかその構えは。横薙ぎが来るのが分かってしまいますよ」

「そうだな。でも避けられるか……な!?」


 バォッ


 俺は力いっぱい棍を振りぬく!

 

 バッ


 もちろんユンは後ろに下がり、射程の外に出る!

 かかった!


「伸びろ!」


 グォンッ ベキィッ!


「ぐはっ!?」


 俺の払いを胴に喰らったユンは大きく吹き飛んでいった。

 このまま起き上がらなくていいからな……


 ドサッ 


 吹き飛んだユンは黒い雪の中に埋もれる。

 だが俺の願いもむなしくユンはすぐに起き上がってきた。

 タフだな……


「が…… ごほっ! す、すごい一撃でした…… まさかそのような手があるとは……」


 ユンは傷付いたようだが、その闘志には微塵の揺らぎも感じさせなかった。

 いや、むしろ楽しそうに笑ってるし。

 こいつ、最後まで戦い抜く気だな……


「ふふふ…… もう少し楽しみたかったですが……」

 

 スッ


 ユンは槍を構える。

 なんだこの態勢は?

 頭も体も低く構え、手首は大きく捻っている。


「この一撃に全てを込める……」


 グググ……


 さらに態勢が低くなった、次の瞬間!


 ギュォォォォォンッ



 一瞬だった



 目の前には槍の切先が



 死



 狙いは心臓



 やばい



 このままじゃ



 間に合ってくれ



 俺は棍を振り下ろす



 だが



 ベキィッ ザクッ



「ぐ、ぐおぉ……」

 

 何とか槍の軌道を変えることは出来たが…… 

 棍は折られ、ざっくりと胸を抉られた……

 

 スッ


「なんと…… 必殺の一撃まで躱すとは…… タケオ殿、貴方はやはり私が出会った中で一番の強者のようです。ですが…… この戦い、私の勝ちですね」


 バタッ ザッ


 俺は腰から崩れるように倒れる。

 ヤバい、態勢を立て直さないと。

 だが体が動かない。

 回復するか? いや、ユンはその隙を見逃さないだろう。

 

「う、うわぁ……」


 俺は力無く棍を振り回す。 

 だが尻もちをついた体勢だ。

 当るわけもない。


「タケオ殿。見苦しいですぞ。武者は潔く死ぬものです」

「うあぁ……」


 俺はユンの言うことが聞こえないとばかりに棍を振り続けた。

 ユンは呆れたように……


「フン!」


 スパパッ 


 棍を細切れにした。

 俺は諦めない。

 持てるオドを棍に込め、棍は元に長さに戻る。


「諦めなさい!」


 スパッ スパパッ


 すごい斬れ味だな。

 ユグドラシルの棍を細切れにするなんて。


「いい加減にしなさい! 見苦しいですぞ!」


 ブンッ ボスッ


 ユンは槍で俺の棍を巻き落とす。

 棍は俺の手から離れ、雪の中に埋まってしまった。


 ピトッ


 槍が俺の喉元に突き付けられる……


「ここまでです。タケオ殿、言い残すことがあれば今の内に……」

「…………」


 言い残すこと? 

 いっぱいあるぞ。

 例えばこれだ。


「故に其の戦いに勝ちてたがわず。たがわざれば其の借く所必ず勝つ。己に破るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ち而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は必ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む……

 なぁ、一本吸っていいか?」


 俺は懐からタバコを取り出す。

 火を付けて深く吸い込む……


「ふー…… 美味いな。すまん。これからアリアに会うんだ。あいつの前だと吸えないからな。今の内に一服だ」

「何を考えているのですか……? それにあの魔族に娘に会えるとでも?」


「あぁ、会えるさ。だって俺の勝ちだからな」

「……? 得物を失い、更に傷付き、まともに動けない状況でどう勝利すると? ふざけるのもいい加減に……」


「まぁ聞けよ。今の言葉はな、戦う前から勝負は決まってるって意味だ。お前、俺と戦う時に死ぬ覚悟だったろ? 俺は勝って生きるつもりしかない。

 お前さんは真面目だから俺はどうお前を騙そうか考え続けてきたんだ。お前は俺に初めて会った時死合いたいって言ったろ? 一対一の戦いを望んでいた。

 なら付け入る隙はいくらでもあるさ。それにお前はもう俺の術中に嵌っている。例えばこうだ」


 ズッ ドシュッ


「う!? こ、これは!?」


 雪の中から棍が飛び出し、ユンの足の甲を貫く。


「動くな。言っただろ? 俺の勝ちだって。この辺り一帯にはお前が斬った俺の棍の切れ端が埋まっている。俺はそれにオドを流してやっただけだ。

 もちろんお前を狙うように調整したんだぜ。狙い通りお前は俺の棍を切り刻んでくれた。お前を狙う棍は百を超えるんじゃないか?」


「…………」


 ユンは槍を構えたまま動かない。

 そして俺の顔を見つめ、優しく微笑んだ。


 馬鹿が……

 命を無駄にするなんてな……


「御免!」


 ユンは突きを俺の喉元に!


 ドシュッ ドシュッ ドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュッ


 ビチャッ


「…………」


 ユンは俺の仕掛けた罠に嵌る。

 百を超えるオドを込めた棍がユンの体を貫いた。

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