第157話 リァンとルカ 其の一

 ドシュッ ドシュッ ドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュドシュッ


 ビチャッ


「…………」


 俺の仕掛けた罠が発動し、百を超える棍がユンの体を貫く。

 

 ボスッ


 ユンはその手から槍を落とす。

 この出血量だ。例え回復しても助からないだろう。


 俺は地面を介して棍に向けて念じる。


【戻れ】


 シュンッ


 いつも通り棍はただの枝へと戻る。

 支えを失ったユンは雪の中にゆっくり倒れていった。


「う…… ははは…… お見事です…… まさかこんな手があるとは思いませんでした……」


 まだ生きてたか。

 俺は倒れるユンのそばで膝を着く。


「ユン、お前さ、あの時負けたと思ったろ? なんで俺を突こうとした?」

「言ったでしょう…… 強者との一騎打ち…… これが夢だったと…… そんな貴方に討たれるのです…… 武人としてこれだけ名誉なことはありません……」


 己の死より生き方を優先したってことか。

 ユン、敵ながら天晴だよ。

 やはりこいつは彼……なのかもしれない。

 聞いてみるか。 


「お前はもう助からない。だが逝く前に少し聞いておきたい。ルカの目的はアリアだったんだろ? だがお前は言ったよな、天下を統一する気分はどうかって。それもルカの目的なのか?」

「いいえ…… これは私とリァン様の悲願でした…… かつて私達は別の主君に仕えていましてな…… その方の下で成しえなかった夢なのですよ…… 

 私達はルカ様を支えつつ、可能であれば私達の手で天下を一つにしてみたかった…… 

 ごふっ!? はぁはぁ…… ふふ、それは叶わなかったようですが……」


 やはりこの男……

 俺がこうやって異世界転移を繰り返してるんだ。

 ユンがこの世界にいてもおかしくない……よな……


「なあユン。あんたさ、趙雲ザオユンじゃないのか?」

「…………」


 ユンは答えなかった。

 だが一瞬その表情が変わったことを俺は見逃さなかった。

 ユンは言葉の端々でそれらしきことを漏らしていた。


 天下一の槍上手。趙雲は涯角槍という槍を持ち、三国志平話では張飛と互角に渡り合っていた。

 そしてルネのサイコメトリーで見たユンの姿。白馬を駆り、悠然と俺達の前に現れた姿。有名な単騎駆けを思わせる姿だった。

 天下統一を成しえなかった夢と語ったのもだ。趙雲は五虎将の最後の一人として最後まで蜀に仕えたはず。


 趙雲は老将となっていたはずだが、ユンはどう見ても三十才前後。

 まぁ俺が何万年も生きてる時点でこんなこと不思議に思ってもしょうがないのだが。

 もしかしたらユンはこの世界に飛ばされてきたってことも考えられる。

 突飛な話かもしれんが、俺にはどうしてもそう思えたんだ。

 

「ふふ…… 何のことですやら…… 私はただのユン…… それ以上でもそれ以下でもありません……

 タケオ殿、最後の刻が来たようです…… この先は貴方にとって辛い物を見ることになるでしょう…… ですが選ばなくてはならない…… 貴方にとって何が大切なことなのかを……」


 ユンは静かに目を閉じた。

 そして最後に微笑む。

 

「劉……備……様…… 今参ります……ぞ……」


 逝った。

 一人の英雄が天に向かって旅立つ。

 趙雲は死後、順平侯という諡を与えられた。

 従順、賢明、慈愛、恩恵を有する者を順と称し、仕事をするのに秩序があるのを平と称し、災禍、動乱を平定するのを平と称する。


 趙雲は目立った功績は無かったが、侠客揃いの蜀ではこういった職務に忠実な将が一番必要だったと俺は思っている。

 だがその趙雲も根っからの武人だったようだ。

 最後は一騎打ちで果てようだなんてな。


 ザッ


 俺は立ち上がり、英雄に向け一礼する。

 そして俺は結界の前に立つ。

 中にはアリアがいるだろう。

 もちろんルカとリァンもな。

 リァン。恐らくその正体は……


 結界に手を触れる。

 すると……


 ブゥンッ


 鈍い音を立て、俺は引き込まれる感覚を覚える。

 暗いな。だが外とは違い結界の中は雪は入ってこない。

 もう防御は必要無い。

 俺は気功を解除。

 その代わり、魔銃を発動しておいた。


 もしこの先にルカがいたら……

 即ハンドキャノンを撃ち込んでやるつもりだ。

 終わらせてやる。


 俺は更に先に進む。

 暗闇の先に灯りが見える。

 あそこか……


 俺は光りの前に立ち、そして手を触れると……


 カッ















 目を開けるとそこには……

 

「アリア!」


 アリアがいた! 地面に仰向けで横になっている!

 俺は彼女の元に駆け寄り抱きかかえる!


「ん……」


 よかった…… 息はある。

 だが意識を失っている。

 

「お待ちしておりました」


 この声は……

 ふん、振り向かなくても分かる。

 リァンだ。


 アリア、すぐに終わらせてくるからな。

 ちょっと待っててくれ。


 アリアを再び地面に寝かせる。

 銃を構えつつ、振り向く。


 そこにはリァンがいた。

 その後ろに誰かいるな。


 ん? 子供? 少女がいる。

 リァンの後ろに隠れるようにして黒髪の少女がこちらをチラチラと見つめてくる。

 まさか彼女が?


 いや、誰であろうと関係無い。

 もし少女がルカだとしたら殺すだけだ。


 ジャキンッ


 俺はリァンごと少女を狙う。

 いや待てよ……? 

 もしかしたらこれはリァンの策かもしれない。

 全く別の少女をここに連れてきたという可能性だってある。

 まぁリァンがそんな姑息な手を使うとは思えないが……

 それに俺自身リァンに聞いておきたいことがあるからな。


 スッ


 俺は一度ハンドキャノンを下す。

 そしてリァンに向かって……


「来たぜ。ここまで来たら俺の勝ちだよな? アリアは返してもらう」

「結構です。どうぞご自由になさってください。ですが何を以って勝利と仰られるのですか? 私はすでに目的は達成しています。そう考えると私の勝ちなのではないのですか?」


 とリァンは静かに笑う。

 なるほど、戦いはまだ続いてるってわけか。

 ならさっさと決着をつけるとしよう。


「お前にはもう共に戦ってくれる兵はいない。腹心のユンも死んだ。この状況でどう俺に勝つというんだ? 答えてもらうぞ、リァン。

 いやこの名で呼んだほうがいいか? ジューガーリァン、諸葛亮孔明ってな」

「ははは、やはりご存じでしたか。ですがその名は捨てましたのでね。私はただのリァン、それだけです」


 やはり……

 俺が今まで戦ってきた魔女王の軍師リァンはかつて蜀の国を一大勢力にまで成長させた希代の軍師、伏龍こと諸葛孔明その人だった。


「まぁあんたが何者でも構わんさ。一つ聞こう。俺があんたを知ってることについては驚かないんだな」

「そうですな。どうやらタケオ殿は倭人のようだ。産まれた国も産まれた時代も違います。ですが私達が広く知られているということは理解していました。とある方から話を聞きましてね。

 ルカ、恐くありませんよ。出てきてタケオ殿に挨拶なさい」


 ルカ? やはりこの少女が魔女王ルカなのか?

 これは予想してなかったな。魔女っていうぐらいだから老女を想像してたよ。

 それにしても小さいな。十歳前後に見える。

 この世界では珍しい黒髪だ。

 目鼻立ちの整った可愛い女の子に見える。


 ルカはオドオドしながらリァンの前に立ち俺の顔を見つめながら……


「あ、あの…… こ、こんにちは! 佐藤 留佳っていいます! お、おじさんも日本の人なんでしょ!?」

「…………!?」


 まさか……

 ルカも転移者だと!?

 しかも聞き慣れた苗字をつけて名乗った……

 佐藤 留佳と。

 

 まさか最後の敵になると思っていたのが日本人の少女だなんて……

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