第155話 ユン 其の一

 ザッザッザッザッ


 ビュオォォォォォォォッ


「はぁはぁ……」


 聞こえるのは俺の息づかい、雪道を進む足音、そして風の音だけだ。

 俺は一人雪に埋もれた道を進む。

 目の前には真っ黒な大地が広がっていた。


 黒い雪だ。

 突如この黒い雪が降り始め、そして地面を黒く染めていった。


 もうコアニヴァニアに入って半日近く経つと思う。

 だが今が何時なのか知ることが出来ない。

 昼なのか夜なのかの区別がつかないほど辺りは暗くなっている。


 僅かな光さえ黒い雪は吸収してしまうのだろう。

 フゥ達の話では門が開くと黒い雪が降るらしい。

 かつてこの大陸に起こった未曽有の災害のようだ。


 この雪のせいで大陸に住むほとんどの者が死んだという。

 一体どんな効果があるのだろうか?


 俺は今全身に気を纏っている。

 それで何とか雪によるダメージを防いでいるのだ。

 試してみるか。


 指先だけ気功を解除する。

 そして地面の雪を触ってみると……


 ジワッ


「うっ!?」


 鋭い痛みが走る。

 俺の指は火傷のように真っ赤に腫れあがっていた。

 これは……


 俺は自身を分析してみる。

 するとそこには……



名前:タケオ

年齢:???

HP:9639/9999 MP:8820/9999 

STR:9999 INT:9999

能力:杖術10  

ギフト:

時間操作:大年神の加護

空間転移:猿田彦の加護

多言語理解:思金神の加護

分析:久延毘古の加護

魔銃:吉備津彦の加護

気功:日本武の加護

湧出:少彦名の加護


状態:生命力消耗



 やはりな。この雪に触れると生命力を削られるみたいだ。

 それにしても一瞬触っただけなのにHPを持っていかれた。

 もしここで全身を纏う気を解除すれば俺は一瞬で死ぬことになるだろう。


「はぁはぁ…… 行くか……」


 ザッザッザッザッ


 俺は再び歩きだす。

 時折雪の中から突き出た何かが目に入る。

 あれは腕だな。

 間違いなく人の腕だ。

 

 魔女王軍の兵士の死体が黒い雪に埋もれているんだ。

 それだけじゃなかった。

 時々俺は躓いた。

 岩にでも乗り上げたのかと思い足元を見ると、そこには魔物の死体が埋まっていた。


 一つ目の巨人、サイクロプスってやつだ。

 彼らは魔物だが、元はアリアと同じ種族である魔人だ。


 つまりこの雪は敵、味方関係無く、その場にいる者の命を無差別に奪う。

 恐らくこの一帯には百万近い人族と魔物の死体が埋まっているんだ。


 リァン、何を考えている?

 

 クロイツの話では魔女王ルカの目的はアリアを捕えること。

 彼女が持つギフト、【鍵】を使い【門】を開けたのだろう。

 だが門を開けると雪が降るのか?

 門を開けたことの弊害がこの雪なのだろうか?


 ふん、そんなことは知らん。

 分からないなら聞けばいい。

 リァンはきっと生きているはずだ。

 あいつに直接問いただせばいい。

 この雪を止めさせた後でな。


 ビュオォォォォォッ キラッ


 ん? 一瞬だが空が光ったような……

 方向は魔女王軍が陣を敷いていた場所だ。


 あそこか……


 俺は光りを目指すように先に進む。

 次第と見えてくる。

 雪が一定の場所を避けるように降っているのだ。


 結界か。

 まるでドームのようだ。

 中は見えないが、半球状に結界が張られているのが見える。

 恐らくリァン達は中にいる。

 もちろんアリアもな……


 ザッザッザッザッ


 結界に近付くに連れ、薄っすらと見えてくるものがある。

 人影だ。

 誰かが結界の前に立っている。


 ザッザッザッザッ


 更に近付く。

 次第とハッキリと人影が見えてきた。

 その手には槍を持っている。


 ザッザッザッ ザッ


「タケオ殿。お待ちしておりました」

「ユン……」


 そこには魔女王軍の将、ユンがいた。

 魔女王軍の中で最高の武力を誇り、そしてアリアを拐った憎き相手でもある。

 ユンは雪のせいで黒く染まっていた。

 

 こいつは雪に触れても平気なのか?

 まぁ魔女王の加護を受けてるんだ。

 それなりに準備はしているのだろう。


「久しぶりだな。中にアリアはいるんだろ?」

「はい」


 そうか。なら早く助けてあげないとな。

 こいつの相手をしている暇は無い。

 俺は結界に手を伸ばすが……


 ドヒュッ


 目の前には槍の刃先があった。

 速いな。反応出来なかった。

 今のは警告だろうな……


「なんだよ、危ないな」

「ははは、余裕ですな。ですがこの先は通せません。ここを通りたくば私の躯を越えていただくしかありませんな」


 まぁユンを見た時に予想してたよ。

 こいつ言ってたもんな。

 俺と死合いたいって。


 避けられないだろうな……

 俺も懐から相棒である棍を取り出す。

 魔銃はMPを消費する。

 俺は今気を纏って雪から身を守っている。

 魔力の消耗は控えないと……

 本当だったらハンドキャノンをぶっぱなして脳天をぶち抜いてやりたいところだが。


 するとユンは俺を見て嬉しそうに笑った。


「おぉ! タケオ殿は棍を使うのですな! 丞相からはタケオ殿は面妖な飛び道具を使うとの報告を受けていましたが…… はは、嬉しい限りです。ですがこのユン、天下一の槍上手と言われていたこともありましてな。長物では負けませんぞ」

「丞相? リァンの他に誰かいるのか?」


「ははは、口が滑りました。つい昔の癖でして。いつもリァン様には怒られるのです。その名で呼ぶなとね。

 タケオ殿。死合う前に質問があります。聞いてよろしいですか?」


 質問? こいつだってずいぶん余裕だな。

 俺は平静を装っているが実はかなり焦っている。

 ユンは強い。俺と同等の攻撃力を持つ。

 だがこっちは能力の半分は使えない状況だ。

 互角と考えるべきだろう。

 俺達が死合えば必ずどちらかが死ぬことになる。


「なんだ?」

「タケオ殿。貴方は突如この世界に現れ、そして瞬く間に我らを破り、多くの国を得てきました。間もなく貴方はこの大陸の全てを掌握するでしょう。

 どういったお気持ちなのですか? 天下を統一するという気分は?」


 天下統一? 考えたこともねえよ。

 そもそも俺は他の世界を助けた後は現地の人に任せて、さっさと転移してたからな。

 それにここまで大きな戦争をするのも久しぶりだ。

 いつもは魔王とかを倒しておしまいだしな。


「さあな。政治家は自国の百年先を考えてるとは聞いたことはあるが、俺には関係無い。まぁそこに住む人が笑って暮らせるだけでいいんじゃないのか?」

「…………!? は、ははは…… そうきましたか。まるで我が君のようなことを言われるのですね……」


「我が君? ルカのことか?」

「…………」


 ザクッ


 ユンは槍を地面に突き刺す。

 一気に殺気が放たれる。

 

 ゾワッ


 全身に鳥肌が立った……

 そろそろ仕掛けてくるな……


「羨ましいですな…… タケオ殿は私が果たせなかった夢に後一歩のところまで来ている。もし、違う場所、違う時に産まれていたら……」

「友達になれたかもな。なぁユン、今からでも遅くないぞ。俺はお前を嫌いではない。今から引くことは……」


 スッ


 ユンは突き刺した槍を引き抜き、俺に向け構える。

 引くことは出来ないよな……


「タケオ殿。私にはもう一つ夢がありましてな。天下無双とも呼べる強者と一騎打ちをしたいと常々思っていたのです。私は長い事武人をしていましたが、そのような機会にはあまり恵まれませんでした。

 ですがこうして機会が巡ってきたのです。タケオ殿、棍を構えてください……」


 一騎打ちを御所望ですか。

 お断りしたい……が、そうも言ってられないだろうな。


 だがその前に……

 ユンは俺の世界の英雄に似てるんだよ。

 誰もが知っているあの男に。


 まぁそれはどうでもいい。

 ユンを倒さないと俺は先に進めないのは事実だ。


 スッ


 俺は棍を構える。

 見せてやるよ。

 宮本武蔵を唯一破ったと言われる杖術って奴をな。


「ありがとうございます…… これで夢が叶う……」

「そうか、よかったな。だが勝つのは俺だ。一度刃を交えれば引けないぞ。それでもいいか?」


 ユンはニッコリ笑った。

 聞くまでも無かったか。


「もちろんです。いざ尋常に……」


「「勝負!!」」


 俺達の一騎打ちが始まった。

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