第146話 決戦 其の四

「タケオさん、行ってらっしゃい!」

「あぁ! すぐ帰ってくる!」


 ドカカッ ドカカッ


 タケオさんはルネに乗って東に行ってしまった。

 何か大変なことが起こってるみたい。

 詳しくは聞けなかったけど、ラベレ砦が攻撃されてるみたいだった。


 タケオさんは私のこの部隊を任せるって言ってけど……

 正直一人でこの人数の上に立つのは自信無いなぁ……


 一度マルカでラーデを攻撃するために一万の獣人と一緒に戦ったことがある。

 あの時もみんな私を認めてくれなくて大変だったんだ。

 

 ううん、そんなこと思っちゃだめ。

 タケオさんは私を信じてくれてるからここを任せてくれたんだもの。

 なら精一杯のことをしなくちゃ。


 私はこのままソーンさんのテントを訪ねることにした。


「ソーンさん、入りますよ」

「アリアさんですか? どうぞ」


 ソーンさんはテントの中でお茶を飲んでいた。

 他にもポーションを作っていたりと忙しそう。

 邪魔しちゃったかな?

 でもこの人はドワーフのまとめ役でもある。

 話しておかなきゃ。


「あのですね…… タケオさ、ううん、先生はラベレ砦の救援に行ってしまいました。よって先生が戻ってくるまで私がこの部隊の最高責任者になります。

 それでお願いがあるんですけど……」

「何ですって!? ラベレ砦が襲われているのですか!? わ、分かりました。で、お願いとは?」


 ソーンさんは驚いてたけど、すぐに冷静になってくれた。

 それじゃ言わなくちゃ。


「敵の襲撃があるかもしれません。ですが撃退しても深追いはしない。先生が戻ってくるまで待機します。でもこの人数を一人でまとめる自信が無くて…… 

 副官としてサポートをお願いしたいんですけど……」

「ははは、そんなことですか。もちろんいいですよ。ですがその心配はないでしょう。アリアさん、あなたはもう立派なリーダーの一人なんですよ」


 とソーンさんは言ってくれるけど。

 私がリーダー?

 そんなことはないと思う。

 いつも先生と一緒にいるだけの女の子だってみんな思ってるはずだよ。


「ふふ、自分の評価とは中々見え辛いですからね。仕方のないことですが……

 それでは僭越ながらお教えしましょう」

 

 ソーンさんは私が周りからどう思われているか話してくれた。

 でもなんでそんなこと知っているのだろう?


「アリアさん、あなたはタケ様を除いた中では自由連合の最強の戦士だと言われているのですよ」

「嘘!? 私がですか!? でもどうして……」


 思い返してもそんなふうに思われる記憶は無い。

 いつもタケオさんの後ろについてばかりだったもの。


「ふふ、ではバルルでのお話を。これは聞いた話です。あなたはタケ様と一緒に魔女王軍の陣地に潜入したのですよね? そこで魔法を使い食料庫を破壊。食べる物を失った魔女王軍はヴィジマに撤退することになった」

「し、知ってたんですね。でも私よりもすごいのは先生ですし……」


 あれは二つあった倉庫の内、私が入った倉庫が食料庫だっただけの話だもん。

 別に私がすごいわけじゃ……


「次はヴィジマです。アリアさんは不思議な幻術を使い、魔女王軍を撹乱した。聞いてますよ、何でも十万を超える分身を作り出したとか。そんな魔法聞いたことがありません」

「それは先生が魔法の使い方を教えてくれただけですよ。私がすごいわけじゃ……」


 あの魔法はタケオさんが異界で見た魔法だって言ってた。

 かつての仲間が使ってた魔法だったんだって。

 使えると便利だって言ってくれたからいっぱい練習したんだ。


「そしてマルカです。あなたは百万を超える傷付いた獣人を癒していましたね。魔力が尽きるまで回復魔法をかけ続けた。未だあなたに命を救われ感謝している者もいるはずです。

 そしてタケ様と共にマルカを復興した。そのそばにいつもアリアさんはいたはずです」

「ふふ、マルカを復興したのは楽しかったです。あそこにはいい思い出ばかり……」


 タケオさんが私のことを好きだって言ってくれたのはノルの町だった。

 あそこで私達は恋人同士になれたんだ。

 

 でもラーデに行った時、私は魔物の攻撃を受けて、この体をサキュバスに変異することになる。

 すごく苦しかった。

 死んじゃうかと思った。

 恐かった……

 死ぬよりも心まで魔物になってタケオさんのことを忘れてしまうのが恐かったんだ。


 でもタケオさんは私の命を救うために……

 今思い出しても泣きそうになる。

 嬉しかった。

 タケオさんを初めて全身で感じられた。

 あの時の熱は忘れることが出来ない。


「ははは、アリアさん、顔が赤くなってますよ。そして最後にバクーの復興に尽力してくれました。

 私は医者ですからね。人々の声がよく聞こえるのですよ。それだけではありません。

 タケ様自身が言っていました。この自由連合にはアリアさんが必要だとね。そしてタケ様にとってもあなたは無くてはならない存在です。

 ふふ、たまに男同士で飲むのですよ。タケ様はあなたの話しかしないのです。

『アリアー、好きだー』とか『俺の恋人はかわいいだろ』とかね。ははは、タケ様は酔って覚えてないでしょうが」


「…………」


 タケオさん…… 

 私のこと、そんな風に思ってくれてたんだ……

 少し心配だった。

 私、タケオさんのことが大好きで、ちょっと重くないかなって。

 最初に出会ってから四年間、ほとんどあの人と一緒にいた。

 あまり自分の考えを外に出さない人だから、私ほど好きでいてくれるのかなって。

 

 嬉しいよ……

 

「グスン…… ソーンさん、ありがとうございます」

「あぁ、泣かないで。でもこれで自信が付いたでしょ。あなたは立派なリーダーです。もちろんタケ様がいない間は精一杯サポートを務めるつもりではいます。困ったことがあればいつでも言ってくださいね。

 ほら、もう遅いです。明日は私達の指揮はお願いしますね」


「はい、おやすみなさい……」

「あ、それと一つ…… あなたが私のテントに来たことは内緒ですよ。実はタケ様は嫉妬深いのです。私がアリアさんの定期健診であなたを触診したことを怒ってるんですから」


「ソ、ソーンさん!」

「あはは! 冗談ですよ!」


 最後はからかわれちゃった。ふふ、面白い人。

 おかげで心が軽くなった。

 

 私は夜空を見上げて思う。


 タケオさん、あなたがいない間、ここは任せてくださいね。

 早く戦いを終わらせて自由を勝ち取りましょ。

 私は久しぶりに一人で眠る。



 そして翌日……



 カーン カーン カーン



 ん…… 

 この音は……

 警鐘だ!

 テントを飛び出すと、みんな外に出てざわついている。

 そ、そうだ。指示を出さないと!


「敵襲に備えて! 敵を迎え撃ちます! 西と東の部隊にも伝令を! 三方同時に迎撃します! 敵が逃げても追ってはダメ! その場に待機することを忘れないで!」

「ア、アリアちゃん!? 分かった!」

「ここを守る! かかってこい!」

「さっさと起きろ! 敵が攻めてくるぞ!」


 私の指示を受けて、みんなが動きだしてくれた。

 ソーンさんが言った通りだね。

 そんなに心配する必要無かったんだ……


「お、おはようございます! アリアさん、敵襲ですか!?」


 ソーンさんも起きてきた。

 この人は戦いには参加しないけど、ドワーフの指揮とポーションの製造を頼んでるんだ。

 この部隊にもソーンさんが作ってくれた体力と魔力の回復速度を速める特製ポーションが支給されている。


「おーい! みんな、出撃前にポーションを飲むのを忘れないで!」


 ソーンさんは大声で指示を出していた。

 そうだね、どんな戦いになるか分からない。

 私もポーションを飲んでおこう。

 懐から小瓶を取り出して……


 ゴクンッ


 ん…… 味はちょっと酸っぱめな梅ジュースだね。

 もうちょっと甘いほうが良かったかな?


「どうです? やっぱり美味しくないでしょ? やはりもう少し改良すべきだったか……」

「あはは、大丈夫ですよ。お薬ですもんね。でもこれすごいですね。体から力が湧いてくるみたい……」


 さすがは錬金術だね。

 私達ってすごい人を味方にしたんだ。


「準備が出来たみたいですね! 重傷者がいたらハイポーションも用意してあります! 私がいる限り怪我人を死なせることはありません! 存分に戦ってきてください!」

「はい!」


 私達は陣を出る。

 兵士が集まり、隊列を組んでいく。

 上空にいる飛竜が叫ぶ!


「敵との距離、およそ二キロ! 間もなくです!」

「分かったわ! 危ないからもう下がって! みんな! 来ますよ! 私達の力で追い返してあげましょう!」

「「「おーーー!!」」」


 兵士達の気合の入った雄叫びが上がる!

 みんな、頑張りましょう!


 私はタケオさんにもらった棍を取り出し構え……


 あ、あれ……?


 カランッ


 手が震えて棍が持てない? 

 手だけじゃない、足も、体も震えている?


「ぐ、ぐぉ…… なんだ?」

「動けな……」

「うぅ……」


 バタッ バタバタッ

 バタバタバタバタバタバタバタバタッ


 兵士が次々に倒れていく?

 み、みんなどうしちゃったの……?

 回復しなくちゃ……

 でも出来なかった……


「あぁ……」


 バタッ


 私も倒れてしまった……

 体が動かない……

 マナが取り込めない……

 体も動かせず、魔法も使えない。

 そして意識が遠のいていく……


 薄れゆく意識の中、こちらに近付いてくる足音が……

 ほとんど動かない首を上にあげると、そこにはソーンさんがいた。


 目が虚ろだった。

 顔に表情が無かった。


「た、助け……」

「…………」


 ほとんど体を動かせないけど、助けを求める。

 するとソーンさんは私の体を持ち上げて……


「…………」


 ただそこに立ち尽くしていた。

 

 そこに次の足音が。

 これは……

 人の足音じゃない。


 ドカカッ ドカカッ ザッ


「ご苦労。その娘は預かる」

「ユン様…… お任せします……」


 ユン……

 この人は会ったことがある。

 人族の将軍でとても強い人。

 たぶんタケオさんと同じくらい強い。


 私は初めてユンを前にした時、震えて動けなかったんだ。

 でもなんで? 

 なんでソーンさんは私をユンに?


 ドサッ


 私は馬に括りつけられ、連れていかれた……

 

 一体どうなってるの……

 

 タケオさん……


 助けて……

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