第147話 決戦 其の五

 ドカカッ ドカカッ


 コアニヴァニアの雪道を馬に乗って走る一人の人族の男がいる。

 その後ろにはアリアが括り付けられていた。


 ドカカッ ドカカッ ザッ


『ヒヒーン!』

「どうどう! ハク、ご苦労だった。今降ろす。待っててくれ」


 男は未だ意識を失っているアリアを抱きかかえ、陣の中の一際大きな天幕に向かう。 

 天幕まで着くと、男は入室の許可を求めた。


「ユン、ただいま戻りました!」

『入りなさい』


 中に入るとそこには……


「ユン、お帰りなさーい! あれ? そのお姉ちゃんだーれ?」


 と聞いてくる少女がいる。

 彼女の名前はルカ。

 そう、人族の国コアニマルタを治める魔女王ルカである。


 ユンはアリアを抱いたままルカに挨拶をした。


「ルカ様、ただいま戻りました」

「ユンー! またルカ様って言ってるよ!」


 ユンは困ってしまう。

 長年ルカには仕えているが、いつも呼び捨てにしろと言うからだ。

 ユンは武将故、王を呼び捨てにすることに抵抗があった。


「ははは、ルカ、それぐらいにしてあげなさい。少しユンを借りますよ」

「はーい、ユン、後で遊んでね! 雪だるま作ろ!」


 無邪気に笑うルカを置いて二人は隣の天幕に移る。


 ドサッ


 ユンはアリアをベッドに降ろす。


「これで揃いましたね……」

「えぇ。門と鍵の両方が揃いました。後はどう門を開けるかです。私はなるべく人が死なないほうがいいのですが……」


 ズシャッ


 ユンはリァンの前で片膝と着いた。


「ユン? どうしたのですか?」

「お願いがございます。既に我らの戦力は削がれ、反乱軍に勝つのは難しくなってきています。恐らくこのまま戦っても……」


 リァンはユンの言う事が分かっていた。

 アリアを手に入れたことで自分達の勝利は決定した。

 これでルカの願いは叶えられる。

 だが自分達が果たせなかった夢、それを諦めなければならないということも理解していた。


 ユンは生粋の武人。ならば彼の望むことは一つ……


「タケオ殿、彼との戦いを所望します」

「ユン…… あなたは分かっていますか? 彼がいればより多くの人の命を救えるのです。犠牲を最小限に……」


「分かっています! ですがルカ様がいなくなれば我らも…… ならば武人として最後は強者との手合わせをしたいのです!」


 リァンは迷う。

 為政者としてはなるべく人は殺さないほうがいい。

 そう考えるのが当たり前だ。

 だがリァンにとってユンは部下ではあるが、長年共に歩んできた友でもある。

 ユンの言う通り、ルカの加護を失えば……


 そう思うとリァンはユンの気持ちを痛いほど理解出来た。


 だからリァンは選んでしまったのだ。

 友として。

 最後に友がやりたいことをやらせてあげようと。


「分かりました…… 恐らくタケオ殿はここにやってくるでしょう。その際は……」

「はい。もし私が負けることがあれば…… タケオ殿にとって第四の選択肢が増えるだけです」


 そうなのだ。

 タケオが生きていようと死んでいようと結果は変わらない。

 残された世界が生きるか死ぬかの差でしかない。

 選択肢か一つ増えるか減るかでしかないのだ。


「ではユン…… もしかしたらこれが最後かもしれません……」

「はい、これが今生の別れとなることは覚悟しています」


「では…… 彼らも必要ありませんね。私は逃がしてあげようと思っていますが……」

「それは丞相にお任せします」


「ははは、久しぶりにその呼び方をしましたね。ユン、悪い癖ですよ」

「ははは! つい昔の癖が出てしまいました!」


 二人は笑う。

 これが今生の別れとは思えないほどに。


 リァンは生きている人族の兵士に暇を出した。

 だがすでに人族の国コアニマルタに生きている者は誰もいない。

 

 なのでリァンは薬で洗脳していない兵士、腹心を陣の広場に集め、最後の指示を出した。

 リァンの前に古参の将軍であるクロイツが立つ。


「クロイツ、今までご苦労様でした。これからはあなたは自由です。好きな場所で余生を迎えてください……」

「余生ですか…… 我らに残された時間は?」


「……長くて二月でしょうね」

「二月ですか…… 皆! 行くぞ! 急げ!」


 ザッザッザッザッ


 クロイツ率いる十万の兵士は進軍を開始した。


「ねー、リァン、みんな行っちゃったね。どこに行ったの?」

「どこですかね…… ルカ、そんなことよりも雪だるまを作りましょう。ユン、あなたも来てください!」

「わ、私もですか!? ですが…… ははは、いいですとも!」


 静かになった陣の中で三人は雪遊びを始める。

 これが三人が揃う最後の瞬間だった。

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