第145話 決戦 其の三

 ドカカッ ドカカッ


 ルネは東に向かって走り続ける。

 すごい速さだ。

 地面は雪が積もっていて走り辛いかと思ったが、一切スピードを緩めることがなかった。


 ルネ、疲れてないか!?


(大丈夫なの! パパこそお尻痛くないの?)


 心配しないでくれ! 大丈夫ならこのまま頼む!


「キュー!」


 ドカカッ ドカカッ

 

 ルネは気合いを入れたのだろうか。

 一声鳴いてからさらに速度を上げる。


 そして東の空が白くなってくる頃……


(パパ! 見てなの!)


 あぁ、分かってる!


 俺の視線の先にはラベレ砦が。

 遠目からでも分かる。

 砦から黒煙が上がっていた。

 そして地面を多い尽くすように死体が転がっている。


 ルネ、止まってくれ!


 ズシャァッ


 俺はルネから降りて、魔銃スナイパーライフルを発動する。


 チキッ……


 トリガーに指をかけつつスコープを覗き、辺りを観察すると……


 敵は……いない? もちろん味方もいない。

 あるのは地面に転がる死体だけだ。

 じっくり観察すると、魔物、人族、そして仲間の死体だらけだった。

 

 くそ、この数だ。

 敵味方合わせて戦死者は数十万を超えるだろう。

 

 だがおかしい。

 生きてる者が誰もいないなんて。

 

 ルネは頑張って走ってくれた。

 夜明け前には着くと思っていたが、予想より数時間早くここに着いた。

 如何に敵が百万、そして挟撃されたとしても砦を落とされるとは思えない。

 まだ戦っていると思ったのだが……


 ルネ、経路を繋いでくれ。

 フゥだが…… まだ生きてるよな?


(ちょっと待っててなの…… 分からないの。今砦には竜人がいないかもなの。経路が繋がらないの……)


 マジかよ…… それじゃ安否の確認が出来ない。

 しょうがない。直接砦に向かうしかないな。

 万が一敵がいたら……


(多分大丈夫なの。遠くに悪い子の気配はするけど、砦からはあんまり感じないの)


 そうか、ルネはある程度ではあるが、遠くにいる者の感情を読み取ることが出来る。

 つまりルネが感じたということは誰かしら砦にはいるということだ。


 俺はスナイパーライフルを手にしたまま、再びルネに乗りこむ。


(行くの?)


 あぁ、頼む。


 ドカカッ ドカカッ


 砦はどんどん近付いてくる。

 地面に転がるのは勇敢に戦って、そして死んでいった仲間、そして敵の姿だった。


 後で弔ってやるからな。


 俺は仲間に別れを言いつつ先に進む。

 すると誰かが話している声が聞こえてきた。


「くそ! 敵はまた襲ってくるかもしれん! 今の内に生存者を救助する! 倉庫からありったけのポーションを持ってこい!」

「はっ!」


 この声は…… フゥだ!

 俺は叫ぶ! よかった! 生きててくれたんだ!


「おーい! フゥー!」

「この声は…… タケか!?」


 フゥは俺に気付いたのか、こちらに駆け寄ってくる。


 ズシャァッ


 ルネから飛び降り、俺もフゥのもとに駆け寄る。


「はぁはぁ…… ははは、心臓が止まるかと思った…… フゥ、生きてたんだな……」

「…………」


 フゥは再会を喜ぶどころか、何も喋らなかった。

 責任を感じているんだろうな。


「タケよ、私は……」

「すまん、俺のせいだ」


 俺はフゥに言わせなかった。

 フゥのせいではない。俺のミスだからだ。

 

 この戦いの作戦を考えたのは俺だ。

 だからフゥは謝ってはいけない。


 だが戦いはまだ終わっていない。

 初戦は俺達の負けだ。

 なら次はどう勝てばいいか考えればいい。


 そのためには情報が必要だ。

 彼を知り己を知れば百戦危うからずってな。


「フゥ、話を聞かせてくれるか?」

「分かった…… 上で話そう」

 

 俺はフゥと一緒に半壊したラベレ砦に入り、二階にあるフゥの私室に通された。

 フゥの趣味だろうか、部屋の中には本棚があり、中にはぎっしりと本が並べられている。


「いい部屋だな」

「そうだろ。だがここに戦没者名簿も並べることになるとはな。恐らくだが生き残った仲間は二十万人といったところだ……」


 ラベレ砦には五十万の兵がいたはず。

 詳しくは調べないと分からないが三十万の仲間を失ったのか。


 一度再編成を行わないと……


 だが不思議だ。なぜここに魔女王軍はいない? 

 俺が来た時にはあるのは死体だけで東から来た奇襲部隊も魔女王軍本隊もいなくなった。

 これは一体どういうことだ?


「タケもそう思うのは無理も無い。北の魔女王軍本隊が門を破った時、私は死を覚悟した。このままバクーに攻め込まれるとばかり思っていたのだよ。

 だがな、奴等門を破ったと思ったらそのまま北に戻っていったのだ。魔導鏡で確認もしたが、周囲から奴等の姿は消えていたよ……」


 分からない…… 砦を落とすのは目的の一つだったとして、なぜ攻めこんでこないんだ?

 しかも東の奇襲部隊まで撤退するとは……


 分からないのであれば情報を集めるだけだ。

 

「そうか。話を変えるぞ。ここを襲った魔女王軍だが…… 東から来たってのは間違いないか?」

「あぁ。その通りだ。タケも知っての通りだが、バクーの東には海が広がっている。だがそこはリヴァイアサンの巣だ。海路を進むことなど……」


 と思うのが普通だ。

 なら陸路か? 

 それも無理だろう。

 バクーの国土の多くは山であり、ラベレ砦でさえ地球でいうエベレストクラスの山に挟まれている。天然の要害だ。

 個人、または少数の精鋭部隊で潜入するのなら分かる。だが三十万を超える兵士が山を越え、且つ俺達に見つからずにバクーに入ることなど不可能だからだ。


 なら考えられるのはやはり海か……

 ここから海岸まで大人の足で一日かかる。だがルネに乗れば数時間で着くな。

 確認する必要がある。もしかしたらまだそこに魔女王軍が残っているかもしれない。


「フゥ、間もなくここに援軍がくるはずだ。マハトン付近に陣を構える援護部隊を呼んだ。彼らに協力してもらい陣を立て直してくれ」

「タケよ、私は負けたのだぞ? そんな私に一軍を率いる資格など……」


「あるさ。フゥじゃなければ出来ない。それに言っただろ? これは俺の責任だ。もし恨みを言ってくる奴がいたら全部俺のせいにしろ」

「ははは…… そんなこと出来はしないさ…… だが砦は任せてくれ。戦争が終わったら私は責任を取るつもりだ。で、タケはどうするのだ?」


「俺はルネを一緒に東の海岸に行ってくる。魔女王軍がいるかもしれんが、どうやってここにやって来たかを知らないとな。そうじゃないと対策が立てられないだろ?」

「分かった…… 気を付けてな」


 一人部屋にフゥを残し、俺は砦を出る。

 ルネは岩の上に座って俺を待っていた。


(行くの?)


 あぁ。聞いてたよな? これから東に向かう。頼めるか?


(はいなの!)


 ルネはドラゴンに変化する。

 

 俺はルネの背に乗って海岸を見に行くことにした。


 

◇◆◇



 走ること数時間。空気の中に潮の匂いが混じってくる。

 海が近いんだ。


(パパー、海って大きいの?)


 そうだよ、とっても大きいんだ。

 ルネはまだ見た事が無いんだよな。


 戦争が終わったら温かい海岸で海水浴ってのもいいね。


(わーい、連れてってほしいのー。あれ、パパ、あれってお船?)


 船だって? 確かに視線の先には海岸線が広がっており、ゴマ粒のような小さな船らしき影が見える。


 ルネ、一度止まってくれ。そして敵の気配がないか確認して欲しい。


(はいなの! えーっとね、多分大丈夫なの!)


 そうか、ならこのまま進もう。


 再びルネは走りだす。

 そして海岸まで辿り着いた俺達が見たもの。

 それは……


「キュー……」


 ルネが船を、いや船団を見て驚いている。

 俺達が見ているのは千人は余裕で乗りこめるような大型船だ。


 だがただの船じゃなかった。


 

 ジャラリッ ジャラリッ



 鎖だ。太くて頑丈そうな鎖が何本も船同士を繋いでいた。

 それが何百隻もだ。

 なるほど、これならリヴァイアサンに襲われても沈みはしないだろう。

 鎖で船を繋げることで浮沈艦を作り上げたんだ…… 


(うわー、すごいのー……)


 ルネが驚く気持ちは分かる。

 俺だってそうだ。

 まさかこんな手を使ってくるとは……


 まるで赤壁の戦いだ。

 曹操率いる魏の艦隊は連環の計で敗れたんだよな。


(レンカンノケイってお船を鎖で繋ぐことを言うの?)


 ん? 違うよ。連環の計っていうのは……

 

 連環の計……?

 

 連環の計だと!?


 ルネ! 急いでアリアに経路を繋いでくれ!


(パパ、どうしたの?)


 いいから! 


(わ、分かったの!)


 ルネは目を閉じ、経路を繋ごうとしている。


 頼む…… 通じてくれ!

 

 マジかよ……

 もし俺の予想通りなら……


(パパ! 駄目なの! 経路が繋がらない!)


 くそ! やられた! 

 ルネ、すまない!

 今度は西に向かうぞ! アリアのところに帰るんだ!


(はいなの!)


 ドカカッ ドカカッ


 ルネは来た道を戻り始める。


 俺はルネに揺られながら思う……


 連環の計、それは複数の兵法を連続して用いるもの。

 

 俺達は西にいる十万の魔女王軍が陽動部隊だとばかり思いこんでいた。

 だが違う。

 東にいた百万、そして奇襲部隊の三十万。

 こちらが陽動だったのだ。


 本隊は…… 

 西にいる部隊だ。


 恐らく奴等の狙いは……

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