第144話 決戦 其の二


 ザッザッザッ ザッ


 進軍を止め、俺は兵士に向かって指示を出す。


「よーし! 今日はここまでだ! 陣を組む! 各自休め!」


 俺の指示を受け、兵士達はテントを設営し野営の準備に入った。

 そろそろ日が沈むしな。

 予想だと敵との距離は三十から四十キロってとこだろう。


 上を見上げると飛竜の斥候が飛んでいる姿が見える。

 ルネ、彼に敵に動きがあればすぐに教えてくれって言っておいて。


(はいなのー。でも悪い子はあそこでずーっと動かないままでいるって言ってるの。寝てるのかな?)


 そうだといいんだけどね。


 動きなしか。だが向こうも俺達には気付いているはず。

 注意は必要だ。夜襲もあるかもしれないからな。

 交代で見張りをするよう兵士に伝えておこう。


「先生、どうしたんですか?」


 とテントを設営しつつアリアが聞いてくる。

 ふふ、先生か。

 わきまえてくれているな。

 こういったところはサシャ達とは違うな。


 アリアは人前では必要以上にベタベタしてこない。

 手を繋ぐくらいかな。

 感情が昂ると尻尾の動きは抑えられないみたいだけど。


「何でもないさ。ほら、しわになってるぞ。もう少し引っ張って」


 テントを設営し終え、アリア、ルネと中に入る。

 適当に食事を終え、俺は床に地図を広げる。


 ルネ、西と東の部隊は今どこにいるか分かるか?


(こことここなのー)


 なるほど。予定通りの位置だ。

 俺達より少し前に出ているように見えるが大回りで進んでいるからな。

 これなら三方から敵を囲めるはずだ。


「…………」


 ん? 一緒に地図を見てるアリアが黙る。

 何か思う所があるのだろうか?


「タケオさん、私達ってこのままコアニヴァニアに入るんですよね? でもそこに敵兵が待ち構えてたりはしないんですか?」


 伏兵の可能性か。それはもちろんある。

 俺達が相手にするのはたった十万の恐らく揺動部隊だ。

 敵がそのまま後退して、待ち構えていたところを挟撃するってのは基本戦術の一つだ。


「アリア、成長したな。俺もそう思ってる。だからこそこのまま先に進むんだ」

「どういうことですか?」


「兵の形は実を避けて虚を撃つ」

「ふふ、またよく分からないこと言ってる。どんな意味なんですか?」


 これは孫子の言葉の一節だ。相手が最も備えている箇所の戦いは避ける。そして手薄な箇所を叩けってな。


 つまりこうだ。

 敵の実になる部分は今ラベレ砦を落とそうとしている。

 俺達が相手にしようとしているのは、こちらの戦力を分散させるための虚の部分。

 相手がどんな策を用意していようとも虚の部分を攻め潰す。

 

 俺は街道に陣を敷く魔女王軍は途中で撤退すると思う。

 そこに伏兵がいたら自軍を二つに分ける。

 足止めをする部隊と後ろから本隊を襲撃する部隊だな。

 襲撃部隊を率いるのはもちろん俺だ。


「十万を連れて敵を挟み撃ちにする」

「少ないですね…… だ、大丈夫ですか?」


 そう思うかもしれないが、虚を突かれた敵ってのは驚くほど脆い。

 まるで無人の野を駆けるように敵を蹂躙することが出来る。


 アリアは俺達が全てラベレ砦に行くと思ってたのだろう。

 全ては伝えていなかったのだ。

 人の口には戸は建てられない。

 フゥ達を信用してはいるが、ひょんなことで口が滑って作戦が漏れる恐れもあった。

 だから大まかな作戦した伝えなかったんだ。


 俺はまだ間者が自軍の中にいると思っている。

 間者を通じて作戦が相手に伝わるのを防ぐためだ。


「そうだったんですね。でも納得出来ました。タケオさん、私達って勝てますよね……?」

「ははは、弱気だな。もちろん勝つ。圧勝とはいかないだろうがね。それじゃそろそろ休もうか。明日も早い……」

「キュー!!」


 な、なんだ!? 

 突然ルネが叫ぶ。まるで悲鳴だ。

 まさか……?


 漏らしたとか?


(違うの! ルネはお姉ちゃんだからおもらしなんてしないの! パパ! フゥが助けてって言ってるの!)


 フゥが!? 一体どうしたんだ!?


(分からないの! でも東から悪い子がいっぱい来てるって!)


 東!? 馬鹿な!


 だって東って海しかないじゃないか! 

 絶対に海路は使えないはずだ!

 

(パパ! 北からも攻めてきたって!)


 北からも!? 本隊まで……


 このままでは挟撃されてしまう。

 そうなったらフゥは……


「ど、どうしたんですか?」

「アリア! すまんがこのまま待機してくれ! ここの部隊はアリアに任せる! 俺は今からラベレ砦に向かう!

 他の部隊にはルネを通じて指示を出しておく! 敵が攻めてきたら迎え撃ってくれ! だがコアニヴァニアには入るな! すまんが任せた!」


 バッ


 俺はテントを出ようとした時……


 シュルルッ ギュッ


 って、アリアの尻尾が絡まってきた。

 何だよ、急いでるってのに。


「アリ……」

「ん……」


 アリアは俺を抱きしめてキスをする。

 しばらく離してくれなかった。

 ア、アリア。そろそろいいんじゃないかな?


 そしてようやく解放された。

 アリアは俺を笑顔で見つめ、優しく頬を撫でる。

 笑ってはいたが、その目には涙を貯めていた……


「んふふ、落ち着きましたか? タケオさん、ここは任せてください。でも絶対に無事で帰ってきてくださいね」

「アリア…… ありがとな。それじゃ行ってくる!」


 おかげで冷静になれたよ。

 アリア、ありがとな。

 

 俺はルネと一緒にテントを出る。

 ルネが全力で走ったら、夜明けまでにはラベレ砦に着けるはずだ。


(頑張るの! いっぱい走るの!)


 キュゥゥゥンッ カッ


「キュー!」


 ルネはいつも通りドラゴンに変化する。

 その背に乗ると……


「タケオさん、行ってらっしゃい!」

「あぁ! すぐ帰ってくる!」


 アリアに別れを告げるとルネは走りだす。


 ドカカッ ドカカッ ドカカッ


 見る見るうちに陣が小さくなっていった……

 アリア、任せたぞ。


 ルネに乗りつつ思う。


 ルネは東から敵が来たと言っていた。

 だがどうやって? 

 空を飛ぶ魔物を送ってきたとか? 

 だがラーデを襲った魔物部隊は日に日に数を減らしていったはずだ。

 焼いた魔物の死体の数は数十万を超える。

 空からの襲撃があると思い、強化弓を量産したし、バリスタだって設置した。

 

 それに魔物は知性が低い。

 特定の命令には従うようだが、軍に組み込むのは難しいだろう。

 なら東から来た敵はやはり人族と考えるべきだ。


 だがあの海域は船は使えない。

 リヴァイアサン、サーペントの巣になっているからだ。

 船を使って襲撃をかけるなど不可能……


 だが事実ラベレ砦は襲われているんだ。

 俺が思いもよらない策を仕掛けてきたってことなんだろうな。

 

 くそ、今回はリァンのほうが一枚上手だったってことか。

 考えていても仕方ない!

 今はフゥを助けることが最優先だ!


 ルネ! マハトン付近にいる援護部隊にラベレ砦に向かうように伝えてくれ!

 

(はいなの! パパ、もう砦に向かってるって!)


 そうか! みんな仕事が早くて助かる!


 フゥ、待ってろ! 今助けに行く!



◇◆◇



 一方その頃、ラベレ砦ではフゥが必死になって前後から襲い掛かる魔女王軍と戦っていた。

 敵が襲い掛かってきてから数時間が経つ。


 フゥは砦の上から魔石で出来た矢尻を持つ強化弓を放つ。


 ヒュンッ ドゴォッ


 すごい威力だ。命中と共に地面が深く抉れ、敵兵士と魔物が同時に挽肉と化す。

 だが敵の勢いは止まらない。

 それどころか攻撃はますます強くなっていく……


 ドォンッ ドォンッ ドォンッ


 この音は攻城兵器を使って門を破ろうとしている音だ。

 このままでは北から襲い掛かる魔女王軍の本隊を通してしまう。

 

 百万を超える敵が一気に雪崩れ込んでくる。

 それだけは避けねばならない。

 フゥは仲間に向かって檄を飛ばす。


「門を守れ! もっと矢を放つのだ!」

「「「おー!」」」


 ヒュンッ ヒュヒュンッ ヒュヒュンヒュヒュンッ


 雨のように魔女王軍に矢が降り注ぐ。

 ラベレ砦を守る獣人達は下に降りて、必死になって剣を振るうが……


 ザクッ ドスッ


「ぐぉっ!」「ぎゃあっ!?」


 バタバタと仲間は倒れていった。


 それを見たフゥは……


「おい! 援軍はまだか!」

「先程タケ様がこちらに向かうと連絡がありました! 南からも援軍が来るはずで……!?」


 ドシュッ


 伝令役の獣人はそれ以上喋れなかった。

 下から放たれた矢を首に受けてしまったからだ。


「おい! しっかりしろ!」

「が……」


 獣人は自分の血で溺れているのだろう。

 ガボガボと血を吐いて死んだ。


「おのれ!」


 フゥは再び弓を取り、矢を放ち始める。


 そして東の空が薄っすらと明るくなってくる頃……

 

 ドゴォンッ


 爆音が聞こえる。

 砦が大きく揺れるのを感じた。


「将軍! 門を破られました!」

「くそ!」


 絶望しかなかった。

 これから百万の兵士がバクーに入ってくる。

 自分の役目を全う出来なかったフゥは……


「…………」


 チャッ


 剣を取った。

 覚悟を決めたのだ。

 自分も下に降り、この命尽きるまで敵を切り殺す。


 一秒でも長く敵の進軍を止めるのだ。


 フゥは一人砦を出るため階段を降りようとする時……


「な、なんだ!? 撤退していくぞ!」

「本当だ! 東からの敵もだ!」

「何だと!?」


 フゥは急ぎ物見台に立ち下を覗く。


 兵士が言った通り、敵の本隊は北に向かい撤退していくではないか。

 それだけではない。

 東からやって来た奇襲部隊も門をくぐり、コアニヴァニアに撤退していくのだ。

 これは一体どういうことだ?


 分からない。

 理解出来ない。

 だが一つだけ分かったことがある。


 自分の命が助かったということを。


「…………」


 フゥは膝から崩れ落ちた。

 一気に安堵した。

 次に感じたのは……


 ゴスッ


 フゥは己の拳を石畳に叩きつける。


「くそー!!」


 負けたのだ。

 自分のせいで多くの命を失ってしまった。

 

 そして朝日が昇る。

 ラベレ砦一帯には獣人と魔物、そして人族の死体で溢れかえっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る