第132話 バクー復興 其の四 食料問題

 バクーにやって来てから半月が経つ。

 アシュート、マハトンの主要都市の建設は順調に進みもうすぐ人が住める状態になりつつある。

 今日はそれとは別にバクーでの農業部門のトップであるベルンドから呼び出しを受けた。

 何でも相談があるとのことだ。

 

 バクーの農地は主に南方に位置している。

 アシュートよりはマハトン側だな。

 かなり距離はあるが、ドラゴンに変化したルネの背に乗れば数時間で着く。

 朝日が昇る頃にアシュートを出たので昼前には農地に到着した。


「タケオさん、あれ!」


 アリアが指差す方には広大な農地が広がっている。

 うん、綺麗に開墾されているな。

 植えた野菜の多くは芽吹いている。

 後で時間操作を発動すれば今日中に収穫出来るだろう。


 なら何の相談なんだろうか?

 生産部門を担当するのはベルンドをはじめとした竜人と獣人の十万人を超える混成部隊だ。

 まさか種族同士でいさかいがあったとか?


 だがそれは違ったようだ。

 彼らは農地に簡易的な住居を建設しており、中では仲良く酒盛りをしている。

 見た感じ農地は開墾済みだし、みんな仲良く仕事をしているみたいだ。

 何が問題なのだろう?


 俺達はベルンドが待つ小屋を訪ねることに。


 トントンッ


『グルルルル』


 いやそれじゃ入っていいのか駄目なのか分からんて。

 とりあえず中に入るとベルンドが俺達を迎えてくれた。


「タケ! よく来た! 待っていたぞ!」


 といつも通りアリアに話しかけている。

 もうこいつのネタなんじゃないかと疑ってしまう。


「お前さぁ…… そろそろ分かろうぜ。そっちはアリアだ」

「むむ? たしかにこの匂いはアリアだな。ではこっちがタケか! よく来た!」


 割りと長い付き合いだというのに、ベルンドは未だ俺とアリアの区別がつかないようだ。

 竜人にとって人族の顔は一緒に見えるのだろう。


 では早速ベルンドの相談を受けるとしよう。


「どうしたんだ? 俺には全く問題無いように見えたぞ。みんな仲良くしてるし、作物だって育ってるじゃないか」

「…………」


 おや? 急にベルンドの雰囲気が変わる。

 俺を真っ直ぐ見つめたと思いきや、体を震わせて……


「グルルルル…… グルルルル! グルルルル!! うわー! 私はもう駄目だ! ヴィジマに帰してくれ! なんならノルでもいい!」


 突然泣き出した!? 一体どうしたんだ!?

 ベルンドは床に手を付いてさめざめと泣いている。

 この豪快で勇敢な男に一体何が起こったというのだろうか?


 こ、ここは友人として話を聞かねば……


「と、とにかく落ち着け。ほら、一旦座ろうぜ……」

「グルルオォーン…… グルルオォーン……」


 ベルンドは謎の泣き声をあげつつ、俺の手を持つ。

 身長二メートルを超える屈強な竜人がここまで泣くとは。


 俺はベルンドを落ち着かせるため、コーヒーを淹れる。


 コトリッ


「ほら、これでも飲んでさ。ゆっくりでいい。話してくれ」

「すまん…… 少し落ち着いた。タケよ、私は無力だ…… 全ての自信が無くなったよ……」


 と明らかに落ち込んでいる。

 そしてベルンドはゆっくりと話し出した。


「私はタケに農業生産の仕事を頼まれた。獣人の中にヴィジマで農業の経験者もいたから仕事は順調に進んだのだ。

 ここに到着してから二日後には種まきまで終えたのだが……」


 ほう、すごいじゃないか。

 これだけ広大な土地を僅か二日で開墾し終えるなんて。

 むしろ俺の期待を上回る働きぶりだと思うのだが。


「だがな…… 育たないのだよ。ここの土に問題があるのかもしれん。他の作物は問題無いのだが…… 米が…… 育たないのだ!」

「何ですって!?」

「キュー!?」


 米? それだけ? だがさっき見た時は麦は育ってたから問題無いんじゃないか? 

 と俺は思っていたが、ベルンドの言葉を聞いたアリアとルネも言葉を失っていた。


 いや、別にヴィジマから輸入すればいいんじゃないか? ある程度備蓄はあるだろうし。


 と俺は思うのだが。


「タケよ。実はな、我が国バルルでも空前の米ブームが来ているのだ。マルカは言うに及ばずだろう。テオ殿の話では小麦は余ってはいるが、残念ながら米の備蓄はかなり減ってきているらしい。

 このままでは米を収穫出来るまで時を待たねばならん……」


 そうだったのか。今が戦時でなかったら俺がヴィジマに戻り、米の生産を手伝える。

 だがここからヴィジマまでは遠すぎる。

 俺の留守を狙って魔女王軍が襲撃をかけるとも限らない。

 

 でもだな。米は食えなくても別に飢えないだろ。野菜はあるし、麦もある。

 家畜もしっかりと育っているし、みんながここまで狼狽える意味が分からないのだが……


「タケ! 貴様それでも日本人か!?」

「いや、竜人のお前に言われたくねえよ」


「タケオさん! お米が食べられないなんて耐えられません!」

「アリア、落ち着こうか……」


「キュー! キュー!」

「ルネもだ……」


 しまったな。みんな米の素晴らしさに魅了されてしまったのだろう。

 エルフはそこそこ米は食べてたみたいだが、主食としては麦が主流だった。

 竜人は狩猟民族だし、獣人はバクーから食料を輸入していたそうだ。


 つまりこの世界に住む人々にとって米はあまり知られていない穀物だったのだ。

 それが俺の登場により一転、さらに日本食を広めたことでおかずと一緒に米を食う文化が一気に根付いてしまった。


 当の俺は異世界生活が長かったので、米が無い生活にも耐えられる。

 だが一度味を知ってしまった彼らにとって米の無い生活は考えられないそうだ。

 

「ぐすん…… しばらくカレーライスが食べられないの……?」


 とアリアは泣く。


「グルルオォーン…… ごはんに味噌汁をかけて食べるのが好きだったのに……」


 とベルンド。


(ふえーん。餃子ごはんが食べられないのー)


 とルネも泣く。


 俺より日本人だな、こいつら。

 ベルンドは涙を拭いて立ち上がる。

 そして……


「タケよ…… すまん、私の力不足で米は作れん。私は引退するよ…… 一度ヴィジマに帰って心を癒してくる……」

「アホか。お前米を食いに帰りたいだけだろ」


「グルルルル! ソ、ソンナコトハナイ……」

「片言になってるぞ…… まったくしょうがないな……」


 だが言われてみれば確かに大きな問題でもある。

 俺達は何とか戦いに勝ってはいるが、未だ油断出来ない状況にある。

 美味い食事は兵士のフラストレーションを下げる役目もある。

 好きなものを食べられないことで士気が落ちる可能性もあるのだ。

 

 それに米は日本酒の原料でもある。

 俺の作った梅酒はバクーを除く全ての国で飲まれている状況だ。

 美味い酒まで飲めなくなったら暴動が起きるかもしれん。


 ならここで生産出来る野菜、穀物を使って新しいブームを産み出せば……

 そういえばビールなんてどうだ? 

 いや駄目だな。以前行きついた異世界でビール作りに挑戦したことがあるが失敗した。

 味は酷いもので馬の小便よりも不味い物が出来上がったのだ。

 それ以来ビール作りは諦めた。


 まぁ酒はワインもあるから何とかなるとして、問題は主食だ。

 米に代わる主食……

 粉物なんてどうだ? 


 いや駄目だ。

 この世界の人々はお好み焼きをオカズにごはんを食べる。

 やはり米に勝るもの無しか……


 いや待てよ? 

 そういえばこの世界に来てからほとんど作ってないものがあった。

 

 ははは、俺にはあれがあったじゃないか。

 大好物なのにすっかり忘れてたよ。


 みんな、食料問題はこれで解決だ。

 美味いものを食わしてやるからな。

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