第113話 アシュートへ 其の二

「んー!? んー!?」


 アシュートへ向かう道中、魔女王軍の兵士に襲われていた少女を助けた……のだが、その少女は俺に口を塞がれ、暴れている。

 

 無理もない。貞操の危機だったのが一転、兵士の頭が目の前で吹き飛んだのだから。

 しかも抱えられているのが敵である人族の俺だ。パニックと恐怖を同時に感じているはず。

 まずは落ち着かせないとな。


「しー…… 騒がないで…… 俺は敵じゃない……」

「…………?」


「そう、いい子だ。聞いて欲しい。俺は人族だが君達の味方だ。俺はタケ。隣の国マルカで魔女王軍と戦っている」

「…………!?」


 俺の言葉を聞いて少女の雰囲気が変わった。

 それにしてもこの世界のドワーフって俺のイメージと全然違うな。

 今までに訪れた他の世界にもドワーフはいた。

 彼らはテンプレ通り背が低く、がっしりした体を持ち男女共に髭を生やしていた。


 だがこの世界のドワーフはほとんど人族と変わらない。

 目が違うだけだ。なんと表現したらいいか。

 白目がなく、黒目だけなのだ。

 よく言えば子犬のような瞳。悪く言えばリトルグレイだな。


 だが俺の前にいる少女は人族の俺から見ても美人だ。

 栗色の長い髪。整った顔つき。

 特徴的な目をしているが、それ以外はどこにでもいるかわいい子に過ぎない。


 おっと、話が反れてしまった。

 そろそろ落ち着いてきたかな?


「いいかい? 手を離すよ。でも絶対に叫ばないでくれ。いいね?」

「むー……」


 少女は頷いてくれた。大丈夫そうだな。

 俺はゆっくりと手を離す。


「ぷはっ…… あ、あの…… た、助けてくれてありがとうございました……」

「当然のことをしたまでさ。で、ちょっと聞きたいことがあるんだ。話してもいいかい?」


「はい! で、でも…… ちょっと待っててくれませんか……」


 ん? 少女は顔を赤くしているではないか。

 駄目だぞ、俺に惚れては。俺にはアリアっていう大切な人がいるんだからな。


「あの…… 少し向こうを向いてくれると助かるんですけど……」


 と言って胸を隠す。あぁ…… なるほど。

 少女は魔女王兵に襲われかけていたんだ。

 服は破かれ、たわわに実ったメロンが丸だしになっている。


「す、すまん……」

「いいえ…… ちょっと失礼しますね……」


 俺は後ろを向く。

 何故か俺の周りにいる女性は巨乳率が高い。

 小さいのはアリ…… いや言うまい。

 アリアは美乳なのだ。微乳ではないぞ。

 とバカなことを思っていると……


 ゴソゴソッ


「す、すいません。もう大丈夫です」


 振り向くと、破けた部分を布で覆っている。

 これなら正面を向いて話せそうだな。

 それにしてもこの子は落ち着いているな。

 もう少し警戒されると思ったのだが。


「あ、あの…… あなた解放軍の人なんですよね! 私知ってます! ドワーフの中で噂になってるんですよ! 魔女王軍に勝ち続けている軍がいるって!」


 ん? マジで?

 俺はこの国に来るのは初めてだし、それにバクーに攻め入ったことはない。

 存在は知られていないと思ったのだが。

 それに解放軍か。バクーではこんな名前で呼ばれてるんだな。


「何で知ってるんだ?」

「魔女王軍が噂してました。それに怪我した兵士がいっぱいこの国に逃げ帰ってきましたし。私達ドワーフも治療を手伝わされたし、他にも…… 

 あんまり言いたくはありませんが、娼館で働いてる知り合いから話を聞いたんです」


 なるほどね。人の口には戸は建てられぬってやつだ。

 裸のお付き合いをすると自然と口も軽くなるのだろう。

 それが噂になってドワーフに俺達の存在が知られるようになったわけか。


 だが娼館とはね。ドワーフはどういう扱いを受けているのだろうか?

 言葉に詰まっていたから、あまり言いたくはないのだろう。


 ともあれ彼女からは敵意は感じられないし、俺達のことも知っている。

 よかった…… 少なくとも現地で協力してくれる者に出会えたってわけだ。


「そうだ。君の名前を聞いてなかったね。もう一度自己紹介だ。俺はタケ。一応…… 解放軍に所属している」

「タコ?」


 タケだってば。アリアと同じ間違いをするんじゃないよ。


「ご、ごめんなさい。かわいい名前ですね。私はチコです。アシュートに住んでます」


 アシュートか! でかした! 俺の目的地じゃないか!

 話を聞くとチコは鉱山からアシュートの間の街道を通り、鉱石を運ぶ仕事をしているらしい。


 だが最近になってアシュートに多くの魔女王軍が駐屯するようになり、治安は悪化。

 以前から魔女王軍の支配下にはあったがドワーフの持つ錬金術の技術を利用するため、ある程度の自由は許されていたらしい。

 それでも人口の半分は殺され、多くが今も奴隷のような扱いを受けているとか。


 最近では乱暴な兵士が多くなり、先程起こったようなレイプ紛いな行為も横行しているそうだ。


「そうだったのか…… 辛かったな」

「はい…… もう駄目かと思いました…… で、でも! タケさんは私達を助けに来てくれたんですよね!」


 助けにか。最終的にはそうするつもりだ。

 だが今はアリアを救うことが先決だ。


「すまない。君達の全てを助けるには時間がかかるだろう。だが約束する。必ずバクーも魔女王軍の支配から解き放つ。だから少し時間をくれ」

「そ、そうなんですね……」


 チコの表情が暗くなる。

 ごめんな。今は下手に攻めても勝つのは難しいだろう。

 敵は魔女王軍だけではない。魔物もいるからだ。

 そういえばバクーには魔物はいるのだろうか?

 

 恐らく魔族はアシュートに連れてこられ、そこで薬を打たれ魔物に姿を変えたはずだ。

 チコに魔物について聞いてみる。


「魔物!? あれって魔族なんですか!? そうだったんだ……」


 そりゃ驚くよな。だが今アシュートに魔物はいないらしい。

 魔女王軍に連れられ、南に向かったそうだ。

 で、その魔物は今俺達を襲っているということだ。


 ん? 何か違和感を感じる……

 最初に魔物がラーデに現れた時、アリアは背中を斬られた。

 それが原因でアリアはサキュバスに変異し始めている。

 恐らくアリアを斬った剣に魔人を変異させる薬を塗っていたのだろう。


 だが何故だ? あの薬は獣人には効かない。というか意味が無い。

 魔族にしか効かない薬を使う理由……?


 ゾクッ


 悪寒が走る。

 そうか。

 俺はアリアが命の危機にあるから冷静さを欠いていたんだな。

 アリアは俺達の中で唯一の魔族だ。

 奴等の狙いはアリアだった可能性もある……

 

 ルネ! 起きてくれ!


(うーん、眠いのー。まだ夜なのー)


 すまん! フゥに伝えてくれ! 

 俺がバクーにいることがバレてるかもしれない! 

 それを狙って魔女王軍が攻めてくるはずだ! 警戒しろ!

 あと街道にいるベルンド達にも援軍をラーデに送るよう伝えてくれ!


(わ、分かったの!)


 もう一つ! 魔女王軍の狙いはアリアかもしれない! 絶対にアリアを守れ! いいな!


(はいなの! 任せてなの!)


 よし! ルネには伝えた!

 チコは俺の雰囲気が変わったのを察したのだろう。

 怯えた目で俺を見つめている。


「ど、どうしたんですか?」

「すまん! 今ソーンがアシュートにいるか分かるか!?」


「ソーンさんですか? わ、私ソーンさんにはいつも荷物を届けてますから。さっきもいましたよ。でも……」


 チコは言葉を詰まらせる! でも、何だ!? さっさと言ってくれ!


「でも兵士がいっぱいソーンさんの家にいて、荷物を外に出してました…… まるで引っ越しするみたいに……」


 やばい! 連れていかれるぞ!

 ここでソーンを失ったらアリアの命は助けられなくなる。


「頼む! アシュートまで案内してくれ! 走るぞ! 乗ってくれ!」

「え!? 乗れって!? きゃあ!?」


 話をしている暇は無い! 気功を発動し、身体能力を上げる!


 ビュオッ


「きゃあー!?」


 俺はチコを背負い街道を走り始めた。

 俺は走りながら思う。

 これは罠だ。

 俺とアリアを引き離すための罠……


 くそ! どうして気付かなかった!

 冷静になって考えれば分かっただろうに!


 まだ時間はある。

 俺を罠にはめたのはリァンだろう。

 だが俺の行動速度はリァンの想像を上回っているはず。

 ソーンは先程までアシュートにいたと聞いたからな。

 

 ならまだ間に合うはず!

 必ずソーンを連れて帰る。

 そしてアリアを救ってみせる!

 みんな、それまで少し耐えててくれよ!

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