第112話 アシュートへ 其の一

 ビュオォォォォォォッ


「はぁはぁ…… はぁはぁ……」


 俺はドワーフの国バクーに潜入すべく霊峰サルーを登る。

 くそ、覚悟はしていたが突風で体が吹き飛ばされそうだ。


 それに空気が薄い。

 気功で身体能力を活性化しているにも関わらず体が言う事を聞かない。

 より多くの酸素を取り込めるよう、心肺機能、血液循環すら強化したのに。

 今の俺の体ならエベレストくらいならノンストップで登頂することが出来るはずだ。

 だが霊峰サルーはそれ以上の高さだということだろう。


「はぁはぁ…… はぁはぁ……」


 ザッザッザッ ザッ


 くそ。足が止まってしまった。

 少し休むか……

 どこか風をしのげる場所を探す。

 吹雪で視界が悪い。

 というかホワイトアウトしており、何も見えないんだけどな。

 

 しょうがないので山を登りながら、休める場所を探すか。

 

 ザッザッザッ ゴンッ


「痛ッ! つー…… なんだ?」


 痛みを感じて分かった。目の前には大きな岩壁がある。

 よかった。ここなら少し風を遮ることが出来る。

 岩壁に魔銃ハンドキャノンを何発か撃ちこんで簡易的な洞窟を作り、そこに体を入れる。

 入口を雪で埋めてっと……


 ビュオォォォォォォッ


 ふぅ、少し風が入ってくるが、これで少し休めそうだ。

 それにしても今は何時くらいなのだろう?

 天候が悪く、空の色から時間を掴めない。

 体内時間から推測すると出発から一日半ってところだと思うが……


(お昼くらいなのー)


 あれ? ルネ?

 ルネが経路パスを繋げ話しかけてくる。


(今お昼ごはんを食べてるの。パパ酷いの。何も言わずに行っちゃうんだもん)


 ごめんな。でも危ないからルネは連れていけなかったんだ。

 いいか、いい子にして待ってるんだよ。

 そうだ。アリアはどうしてる?


(寂しいって言ってるの。アリアは泣き虫なの。さっきからパパに会いたいよーって泣いてるの)


 ははは、そうか。それじゃルネが慰めてあげてな。


(もちろんなの! ルネはお姉ちゃんなの!)


 ありがとな。ルネの声を聞いて元気が出たよ。

 そうだ、今ドワーフのソーンってどこにいるか分かるか?


(分かるの! パパが向かってる町にいるの!)


 すごいな。よかったよ。他のところに行ってないか心配だったんだ。

 ルネ、山を下りたらまた連絡する。

 詳しい居場所を教えて欲しい。


(はいなの! パパ頑張ってなの! おみやげよろしくなのー)


 ははは、お土産か。何か美味しい物を見つけたら持ってくるよ。

 それじゃあな。


 ルネのおかげで元気が出た。

 少し休んだことだし、そろそろ行くかな。

 今日中に山を越えられるといいんだが……


 ザッ ボソッ


 入口を埋めた雪をどかすと相変わらず突風が吹き荒れる。

 それにしても寒い。体表に気を纏っているので体温は一定に保たれてるはずなのにな。

 生身でここにいたら、いくら俺でも即死するだろう。

 だがやはりこのルートを選んで正解だ。


 ここなら魔女王軍はいない。俺が見つかる心配は無いってことだ。


「それじゃ行くか!」


 ザッザッザッザッ


 俺は山を越えるべく歩き始める。


 そして辺りが暗くなり。

 

 風が止んで、空には満点の星空。


 さらに歩みを進める。


 月が沈み、そして東の空から太陽が昇る。


「はぁはぁ……」


 ザッ 


 最後の一歩を踏みしめ、頂上付近に立つ。

 眼下に広がるのは雪山と遥か先に緑の大地が。

 後は下るだけだ。

 標高が下がれば魔女王軍がいる可能性がある。


 ここからが本番だ。

 俺は霊峰サルーを下り始めた。



◇◆◇



 俺は山を下り続ける。

 風が弱くなり、白かった岩肌が茶色くなりはじめ。

 気温が上がり、そして西の空に夕日が沈む頃……


「着いた……」


 目の前に広がるは緑の大地。

 ドワーフが住む国だからてっきり岩だらけの不毛な大地かと思っていた。

 だがバクーはマルカより豊かな土地らしいな。

 森があり、そして地面には草や花が咲きほこっている。

 

 ここから目的地であるアシュートは近いようだ。

 地図を広げ、場所を確認。

 今は山を下りてきたところだから……

 そのまま北に進めばアシュートが見えてくるはずだ。

 

 間違ってても俺にはルネがいる。

 彼女に聞けば進行方向を修正してくれるだろう。

 まるでナビだな。


(ナビってなーに?)


 あ、聞こえてた?

 ルネ、山を下りたよ。

 これからアシュートに向かう。

 俺が違う方向に進んでいたら教えてくれ。


(はいなのー。大丈夫なの。そのまま真っ直ぐ進めばいいのー)


 分かった。ありがとな。

 でもここからは敵地。魔女王軍がどこにいるか分からない。

 注意しなくちゃな。


 幸い見ている範囲には人影は無い。

 だが用心はしておかないと。

 オドを練ってから…… 発動!


【魔銃! ハンドキャノン!】


 ジャキンッ


 これでよし。俺の魔銃は様々な種類があるが、これが一番使いやすい。

 咄嗟の戦闘に遭遇した場合はハンドキャノンが頼りになる。

 俺はハンドキャノンをいつでも発砲出来るようにしながら北に進む。


 こうして歩き続けていると、夕日が沈み、そして夜が来る。

 しめた。夜間は距離を稼ぐチャンスだ。

 疲れてはいるが休んでいる暇は無い。

  

 俺はそのまま進むことに。

 だがもう遅いからな……

 ルネはまだ子供だ。深夜まで俺に付き合う必要は無い。


(ふあぁー。大丈夫なの。まだ眠くないの)


 あくびしてるじゃん。いいから寝てな。

 もし何かあったら経路を繋げるから。

 

(パパごめんなさいなの…… おやすみなの……)


 あぁ、おやすみ。助けてくれてありがとな。


 さて、これで完全に一人か。

 俺は暗闇の中を進んでいると……


 ズシャッ


 ん? 地面の感触が変わった? 今まで野原を歩いていたが、これは土の感触……

 月明りを頼りに地面を見ると…… 

 道だ。いつの間にか道に出ていたんだ。


 明らかに人の手が加わっている。

 ということは近くに町があるかもしれない。

 このまま進めばアシュートに辿り着くだろう。


 嬉しい反面緊張してしまう。

 目的地に近付いてはいるが、魔女王軍もいるということだ。

 絶対に見つかってはならない。

 万が一俺の存在が知られたら、目的であるドワーフの錬金術師ソーンに会えなくなる可能性があるからだ。


 ソーンは魔女王軍にとって重要な人物だ。

 彼の技術を使い、魔人を魔物に変え戦力として利用している。

 今ソーンはアシュートにいるが、俺の存在が知られたら他の場所に移送されるだろう。

 最悪、技術漏洩を防ぐためソーンを殺すことも考えられる。

 もしそうなったらアリアの命は……


 ギュッ


 ハンドキャノンを持つ右手に力が入る。

 決してそんなことはさせない。

 必ずソーンを見つけ、ラーデに連れて帰るんだ。


 俺は再び歩きだす……?

 ん? 進む先に見えるのは……

 松明の灯りだ! やばっ! 

 人だ! どこかに隠れないと!


 バッ


 咄嗟に近くにあった岩陰に身を潜める!

 見つかってないよな……?

 そーっと岩陰から顔を覗かせる。

 

 松明の灯りは、一、二…… 全部で五つ。

 ん? 何故か女の声がする。魔女王軍には女性兵士もいるのか? 

 今まで戦ってきたのは全て男だった。


 聞こえてきたのは……


「止めてー! 離してください!」

「大人しくしろ! かわいがってやるからよ!」

「おいリック。相手はガキだぞ。しかもドワーフじゃねえか」

「なに言ってんだよ。こんな機会滅多にねえぞ。他の種族を犯れるなんてよ」

「まぁかわいい顔してるからな。目は気持ち悪いけどな」


 これって…… いやまさか……

 さらに声を聞いてみる。


「止めて…… お母さん、助けて……」

「泣くんじゃねえ! 萎えるだろうが!」

「さっさと犯っちまえよ。後がつかえてんだろ?」

「ケイン、お前は一人でマスかいてろ。さぁお嬢ちゃん、天国を見させてやっからな!」

「いやー!!」


 間違いない。魔女王軍の中にも外道はいるということだ。

 奴等、少女をレイプしようとしている。

 どうする? ここは見つかるわけにはいかない。

 俺が兵士を殺したとする。この距離なら音も無く殺せるはずだ。

 だが兵士が帰ってこないことを知ったら捜索隊が出るかも。

 警戒が強まれば俺は動きにくくなる。

 アリアの命を救うためだ。少女は見捨てるべきだろう……


 だが……


「お母さん…… 助けて…… 恐いよ……」

 

 少女の泣き声が聞こえ……

 体が勝手に動いた。

 俺はハンドキャノンを構える。


 チキッ…… 


 パスッ パスッ パスッ パスッ パスッ


 ドサッ……


 込めたオドは最小限。発砲音もほとんど聞こえないはずだ。

 兵士は頭を撃ち抜かれ地面に倒れる。

 少女を犯そうとして兵士は少女の上に倒れた。


「え……!? きゃー! 止めてー!」


 やば!? パニックになってる! 騒ぎを聞きつけられたら他の兵士も来るかもしれない!

 

 俺は急ぎ少女の元に駆け寄る! 

 ごめんな! 


 バッ


 少女の口に手を当て、抱きかかえる!


「キャー!? うむぅ……!?」


 口を塞いだまま、その場を離れた。

 そのまま走ると身を隠せる藪を見つけたので急ぎ、藪の中に入る。


 ガササッ


 こ、ここなら大丈夫だろ。

 くそ、咄嗟のこととはいえ、少女を見殺しに出来なかった……

 判断が甘かったかもしれない。

 だがもう遅い。やってしまったことは覆せない。


「んー!? んー!?」


 おっと。少女が暴れている。落ち着かせないと。

 だが俺は人族であり、彼女らの敵だ。

 どう言えば分かってくれるだろうか?


 ともあれこのドワーフの少女はバクーでの初めての接触者だ。

 彼女から話を聞いてみよう。

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