第111話 一時の別れ 其の二

【湧出!】


 ブシャァァァァァッ


 水音を立て、湯船にお湯が溜まっていく!

 相変わらずすごい水量だな。


 俺はアリアが風呂に入りたいというので、ギフトを発動し、お湯を張る。

 指を湯に突っ込む。うん、適温だ。アリアは一応病人であるが、少しぐらいなら風呂に入ってもいいだろう。


 準備が出来たことを伝えるために、アリアの部屋がある二階に向かう。


 トントンッ


 ノックして部屋に入ると、アリアが上着を脱いでいた。その背中には今まで生えていなかった蝙蝠の羽が……

 こうして見ると、やはり変異は進んでいると実感してしまう。

 このまま放っておけばアリアは完全にサキュバスとなり、自我を失ってしまうだろう。


「きゃんっ。タケオさんのエッチ」


 とバカなことを言う。

 アリアは我が身に起こった不幸を気にしていないとばかりに振る舞う。

 だが本当は不安でいっぱいだろう……

 俺が何とかしてやるからな。


 いかん。感傷的になってしまったな。

 アリアに準備が出来たことを伝えねば。


「ほら、さっさと入ってきな。いい温度だぞ」

「…………」


 ん? アリアはモジモジと指を弄っている。

 何か言いたそうだな。


「どうした?」

「あ、あの…… 一緒に入りませんか!?」


 マジで!? いや、たしかにアリアとは肌を重ねたから問題は無いと思うが……

 いいのかな? まぁアリアにも話さなくてはいけないこともある。

 風呂の中で話してもいいか。


「い、いいよ」

「ありがとうございます……」


 俺達は照れながらも風呂に向かう。

 脱衣所で服を脱ぐのだが、アリアの視線が気になるな……

 俺のアレを見て絶句していた。


「…………!?」

「その反応は何? 男だったらみんな付いてるわ」


「そ、そうですね! あの…… 先に入っててくれませんか?」

「分かった……」


 服を脱ぐところを見られたくないのかもしれない。

 俺は一人風呂に入ることに。

 頭と体を簡単に洗い、湯船に浸かる……


 うぅ、気持ちいい…… ゆっくり風呂に入るのはラーデに来てから初だな。

 落ち着いて風呂に入る暇なんて無かったからな。

 しばらく一人で風呂を楽しんでいると……


 ガチャッ


「遅かっ……!?」

「…………」


 アリアが風呂に入ってきた。てっきりバスタオルを体に巻いてくるものだと思っていたが……

 一糸まとわぬ姿だ。駄目だと思ってはいるが目が離せない。

 こうしてマジマジとアリアの体を見るのは初めてかもしれないな。


「そ、そんなに見ないでください……」


 アリアは相変わらず顔と長い耳を真っ赤にしている。

 美しい。そう思うと同時に悲しくもある。

 やはりアリアの背には羽が生え、そして蛇の尻尾まで生えている。

 短かった角は掴めるくらい長くなり、美しかった金髪は銀色に色を変えている。

 変異か……


 アリアが恥ずかしそうにしていたので、体を洗う時は後ろを向いていた。

 

「は、入りますね……」


 チャプンッ


 風呂に入り、俺に体を預けてくる。

 アリアのスベスベとしたおしりが当たってしまい、どうしたもんかと焦ってしまう。

 落ち着けマイサン。これから少し真面目な話をしなければいかんのだ。


「ふー……」


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 そしてアリアをギュッと抱きしめる。


「タケオさん?」

「少し話そうか。アリア、俺はしばらく留守にする。隣の国バクーにアリアを治せる薬を作れる人がいるんだ。その人を連れてくる。だからしばらく待ってて欲しい」


 俺の言葉を聞いてアリアの体に力が入る。

 心配そうに俺を見上げるが……


「でも…… バクーにはまだ魔女王軍がいるじゃないですか。もちろん危ないことはしませんよね? みんなと行くんですよね?」

「…………」


 今度は俺が言葉に詰まる。

 危険は承知の上。これしか方法が無いんだ。

 

 先程アリアを分析したがEP、つまり生きるための精力は一日に五百程度消費する。

 アリアのEPの上限は四千近くあったはずだ。

 つまり七日、もしくは八日の内にバクーから帰ってくればいい。

 最悪EPが尽きても体力を削りながら変異の進行は止められる。

 もちろんその前に帰って来るつもりではいるが。


「心配無い。すぐに帰って来る。だから…… 俺の帰りを待っててくれ」

「分かりました…… タケオさん、私、恐いんです……」


 アリアは俺の腕の中で震えている。

 そりゃそうだろうさ。変異が進行して完全に魔物になれば自我を失う。

 命が助かっても心が死んでしまえばどうしようもない。

 それに俺の帰りが遅くなり、変異を止めるため体力を使う。命を削ることと同じだ。

 どっちにしてもこのままではアリアは死ぬ。

 その恐怖はいかばかりのものか。


「分かるよ。でも心配な……」

「違うんです! 死ぬのは恐くありません…… わ、私…… タケオさんのこと…… 忘れたくないよ…… うぇーん……」


「アリア……」


 その言葉を聞いて、俺はアリアを抱きしめることしか出来なかった。

 アリアが泣き止むまでしばらくかかったが、ようやく落ち着いてきたみたいだ。


 もう言葉は必要無いだろう。俺はアリアを助ける。この命に代えてもな。

 アリアの顔に手を添える。


「タケオさん……? ん……」

「…………」


 キスをする。俺の気持ちが伝わるように。

 アリアはそれに応えるように舌を絡めてくる。


 キスを終え、お互いを見つめ合う。


「部屋に行こうか……」

「はい……」


 風呂を出て、二人で寝室に。

 ベッドに寝かせる前にもう一度キスをする。


「アリア…… 愛してる……」

「タケオさん…… 大好きです……」


 俺達は交じり合った。

 一時の別れを惜しむように。

 何度も。何度も……


 …………


 ……………………


 …………………………………………


 目が覚めると、辺りはまだ暗い。

 アリアは俺の横でスヤスヤと眠っている。

 確認してみよう。これでアリアのEPは回復したはずだ。

 分析を発動……



名前:アリア

年齢:19

種族:???

HP: 4083 MP: 5800 EP:3799/3809 

STR:4509 INT:6096

能力:水魔法10

ギフト:鍵

ギフト:時間操作(解除不能)


状態:

変異:進行中 89/100

魔力消化:重篤

精力枯渇:軽微

魔力阻害:重篤



 よかった。これでしばらくは持ちそうだな。

 それじゃ行くか。

 どうせ持っていく物はほとんど無い。

 武器は魔銃を発動すればいいし、棍も普段は枝にして腰に差している。


 服を着て準備を終える。

 最後に眠るアリアの頬にキスをしておいた。


 じゃあな。すぐに帰って来る。

 

 ガチャッ


 ドアノブに手をかけると……


「いってらっしゃい……」

 

 起きてたのか。

 俺は振り向かない。

 後ろを向いたまま……


「行ってきます」


 バタンッ


 ドアを閉める。


 外に出ると星が瞬いていた。

 それじゃ行くかな!

 

 ギュォォォォンッ


 オドを練り、全身に気が駆け巡る!


 気功は相手を癒すだけの能力ではない。

 気を纏うことで防御力を上げることも出来る。

 武器に気を流すことで棍を剣にすることも出来る。

 それだけじゃない。

 気を巡らせることで身体能力を上げることだって出来る。


 よし! 準備完了!


 ダッ 


 俺はバクーに向けて走る! まずは霊峰サルーを越えないとな!

 風のように俺は走る。

 

 暗闇の中、走り続け、次第と東の空が白くなってくる。


 そして夜が明ける頃、俺の目の前には巨大な岩山がそびえ立っていた。


「ここからが本番だな……」


 ザッ


 霊峰サルーに足を踏み入れる。

 待ってろよアリア。すぐに帰って来るからな。

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