第110話 一時の別れ 其の一

 やったぞ。俺は情報を手に入れた。ウキウキしながらフライパンの中に肉と野菜を投入する。


 ジューッ


(いい匂いなのー)


 とルネが寄ってくる。もうすぐ出来るからな。

 味見として火の通った肉をルネの口に入れてあげるとホフホフと湯気を逃がしながら飲み込んだ。


(美味しいのー)


 ははは、ルネの口にあったみたいだな。

 それじゃ出来たし、ごはんにしようか。

 

 テーブルにごはん、味噌汁、そしてメインの肉野菜炒めを並べる。

 これは最近完成した新しい中華調味料を使っている。

 料理上手なダークエルフであるエルに開発を依頼したものだ。

 

 異世界で日本食だけではなく中華まで食べられるようになるとは……

 食に関しては今まで訪れた世界の中で間違いなく一番だろう。

 

 少し気持ちが揺らいでしまうな。

 俺は地球に帰ることが一番の目的だ。

 家族が、友人がいる日本に帰りたい。

 その想いでここまで頑張ってきた。

 だがここには心を許せる仲間がいる。

 それにアリアも……


(ルネもいるのー)


 こら、心を読まないの。

 ははは、そうだな。ルネもいるもんな。

 それじゃごはんにしよう! 考えるのは後だ!


 今日食卓に着いているのは家主であるフゥ、そして俺とルネだ。

 アリアは病人なので別におかゆを作ってある。後で食べさせてあげよう。


 ルネは器用に箸を使い、ごはんをかき込んでいる。

 ふふ、本当に美味しそうに食べるな。

 フゥは箸が上手く使えないので、スプーンでごはんをすくい、フォークで肉野菜炒めを口に運ぶ。


「美味いな…… タケよ、感謝するぞ。まさか不毛なこの土地でこんなに美味いものが食える時が来るとは思わなかったよ」

「そうか、そう言ってくれると照れるな。だが嬉しいよ。頑張った甲斐があった」


 食事を終え、俺とフゥはコーヒーを。そしてルネは約束通りデザートとして焼いたホットケーキを頬張っている。


 コトリッ


 フゥはコーヒーを飲み終え、カップをテーブルに置く。


「タケよ。聞いたぞ。ルーと共に戦場に出たのだな?」

「知ってたか。それじゃ俺が何をしたのかも知ってるよな?」


 俺はフゥに人族を捕え、ルネのギフトであるポリグラファーを使い情報を引き出したことを伝えた。

 そして俺は今からフゥに話さなければならないことがある。

 

「少し話していいか?」

「聞こう……」


 俺の雰囲気を察したのか、フゥの表情が硬くなる。

 そうなんだ。今から話すのはとても大切なこと。

 フゥにしか伝えられないことなんだ。


「すまんが少し留守にするよ。その間ラーデを任せる。俺がいないことは皆に伝えないでくれ。信じたくはないが、まだ間者がいるかもしれないからな」

「留守か…… どこに行くのだ?」


 俺は懐から地図を取り出す。それをテーブルに広げ……


「これはバクーの地図…… まさかお前!?」

「そういうことだ。単独で潜入する。狙いはドワーフの錬金術師ソーン。彼を見つけ、ラーデに連れて帰ってくる。

 で、相談がある。フゥはバクーに出稼ぎに行ってたんだろ? 俺の目的地はここ。アシュートという町だ。ここに魔女王軍に見つからないよう到達したい」


 俺の言葉を聞いてフゥは驚きを隠せないようだ。

 そりゃ戦争中に隠密で敵地に潜入するなんて、普通だったら絶対にやらないだろう。命が幾つあっても足りやしない。


 隠密で潜入するには訳がある。

 もし俺が大軍を率いてバクーに潜入し、魔女王軍に見つかったとしよう。

 恐らくソーンはその錬金術の腕を買われ、魔人を魔物に変える薬を作ることを強要されている。

 重要人物ってことだ。もし俺バクーにいることが知られたら他の場所に移送されるかもしれない。

 最悪技術の漏洩を恐れた魔女王軍に殺される可能性だってある。

 もしそうなったらアリアは助けられない。今は自力で変異を防いでいるが、限界はある。

 アリアの命を救うためにも、俺は一人バクーに潜入するのだ。


「分かった…… 止めても無駄なんだろ?」

「そういうことだ。で、バクーにはどう進めばいい?」


 フゥは諦めたように笑い、地図にペンを走らせる。

 これは…… 

 道じゃないじゃん。

 地図の上には多数の街道が描かれているが、フゥが書いたのは山を越える一本の線だ。


「敵に見つからないようにするのであればここしかない。ナジャフ山脈の中で最も高い山。霊峰サルーを越えるしかないだろう。しかもアシュートはサルーの麓だ。これが一番の近道だろうな……」


 山越えかよ。ナジャフ山脈は高い山だ。

 標高は分からんが、六合目から雪が積もっている。その中で一番高い山か……

 低い所は魔女王軍がいる可能性もある。なるべく高い箇所を通るのが安全だろうな。

 

 それに帰る時は街道を通るしかないだろう。

 俺一人ならギフトを活用すればどんなに高い山だろうと登れなくはない。

 だがソーンがどんな能力を持っているかは知らんが、明らかにデスゾーンと呼ばれるような高さを登れるはずはないだろう。


「分かった…… 恐らく帰りは街道を進む。その際、俺は魔女王軍に見つかるだろう。その時は支援を頼む」

「任せろ。この命に代えてもタケをマルカに帰してみせる」


 いや、お前が死ぬ必要はないよ。ふふ、でも嬉しいことを言ってくれるな。


「フゥ…… ありがとな」

「まったく…… だがお前らしい。アリアのためなんだろ? 行ってこい……」


 と言ってフゥは右手を差し出す。

 俺はフゥの手を固く握る。

 ありがとう。 

 あ、ついでにお願いしておかなくちゃ。


「あー、すまん。今日は他の所で寝てくれないか? その…… 分かるだろ?」

「おま…… くそ、しょうがあるまい。アリアの容態は知っているからな。ルーのところにでも泊まることにしよう」


 フゥは呆れた顔で外に出ていった。ありがとな。


 ルネはテーブルに突っ伏して寝てしまった。今日は経路パスを多用したから疲れてるんだろうな。

 静かにルネをベッドに寝かせ、アリアの様子を見に行くことにした。


 コンコンッ


『はーい』


 声は元気そうだな。中に入ると笑顔で俺を迎えてくれた。


「大丈夫か? おかゆ持ってきたぞ」

「わー、嬉しい! お腹ペコペコだったんです!」


 と嘘をつく。今のアリアは人族の精からしか栄養を摂れない。

 でもこういうのは気分の問題でもある。事実俺だってそうだ。

 時間操作で寿命を止めているから食う必要は無いのだが、アリアと過ごす内に空腹に近い感覚を覚えるようになった。

 それに食事は心を満たす行為でもあるからな。


 おかゆが乗ったお盆をテーブルの上に置く。アリアはベッドに腰をかけ、おかゆを眺めるのみ……


「食べないの?」

「んふふ、食べさせてください。アーン」


 ははは、そういうことね。

 普段ならこんなことしないのだが。

 まぁこの家には俺とアリアしかいない。しかもルネはグッスリ眠っている。

 ちょっと照れ臭いが……


「ほら、アーン」

「アーン……」


 とアリアに食べさせる。するとアリアはニッコリ笑いながらおかゆを食べる。


「んふふ、美味しいです。タケオさん、今日はいっぱい甘えてもいいですか?」


 と言って上目遣いで俺を見つめる。

 うん、断る理由はない。それに今日からしばらく会えなくなるしな……


「もちろんだよ」

「やったぁ!」


 ガバァッ


 アリアは俺に抱きついてくる。そして俺の頬にチュッチュしてくるではないか。


「こら、一応病人なんだから」

「だってー…… 寂しかったんですもん…… そうだ! 私お風呂に入りたいです!」


 風呂? たしかにラーデに来てからは布で体を拭くだけだったしな。

 幸いこの家には風呂がある。建てたのが傭兵兼風呂職人のルーだからな。

 だがフゥは風呂があまり好きではなく、ほとんど利用していないと言ってたな。


 それじゃリクエストにお応えすることにしようか。

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