第109話 手がかり 其の二

 魔女王の襲撃を何とか退け、俺自身の目的をも達成することが出来た。

 目の前には怪我をしてうめき声をあげる魔女王軍の兵士がいる。

 その数二十人。そういえばこうして間近に人を見るのは久しぶりだ。 

 なんか変な感じだな。俺も人族なのに、こいつらには敵意しか感じない。


「ふぅ…… 何とかなったな。でもよ、こいつらを捕えてどうすんだ? 見せしめに殺すのか?」


 と熊獣人のルーが聞いてくる。そんなことはしないさ。

 俺はオドを練って癒しの気を兵士に流す。


「お、おい! 何してんだよ!?」

「大丈夫だ。こいつらに反撃する力は残ってないよ。ルー、すまないがこいつらを縛って牢に入れておいてくれ」


 ルーは渋々ながら俺の指示を聞いてくれた。

 悪いな。ルーは他の獣人より人族に対し嫌悪感を持っているはずだ。

 何せ、愛する妻を人質に捕られ、間者をやらされていたのだから。


 人族の兵士が縛られ、ルーに連れていかれた。

 それじゃ俺も動くか。ルネを迎えに行くため、心の中で念じてみる。


 ルネ。終わったよ。待たせてごめんな。


(大丈夫なのー。いい子にして待ってたのー。早く来て欲しいのー)


 はいよ。ルネを預けた家に行くと、ちゃっかりとおやつをごちそうになっていた。

 俺は家主の犬獣人にお礼を言いつつ、ルネを抱っこして外に出る。


 さて行くか。牢屋は強制収容所があったところだよな。

 捕えた兵士もまさか自分がそこに入ることになるとは思わなかっただろう。

 

(パパ、今から何をするの?)


 そうだな…… ルネの新しい力を使って欲しいんだ。ポリグラファーっていう力だよ。

 あれには人の嘘を見抜く力があるからな。


 ルネと経路を繋げていれば意思を共有出来たり、お互いの記憶を読み取ることが出来る。

 事実ルネは俺の思考をいつも感じ取っているのだ。

 プライバシーの侵害だから、あんまり見てほしくない記憶もあるのだが。

 

(パパがアリアと裸でいる時の記憶? あれ、何してたのー?)


 知らなくていいの! 大人になれば分かるから! 


 まったく…… 思考を読み取られるのは慣れたが、さすがに愛しあっているところを見られるのは困るぞ。


 そんなことを思いながら歩いていると、収容所に到着。

 外にはルーが退屈そうに俺達を待っていた。


「おーい、こっちだー!」

「すまん。待たせたな」


「あのさ…… あいつらを癒した時は気が狂ったかと思ったぜ。タケ様、あんた何をする気だ?」

「そうだな、ルーには言ってもいいか。今から奴等を尋問する。知っていることを全て吐いてもらうつもりだ」


 まぁ尋問と言っても暴力的なことをするつもりは……ちょっとだけある。

 だが人族に恨みを持つルーに同席させると、殺してしまうかもしれない。

 ここは異世界。人の法律、モラルなんてものは意味をなさない。

 

 だから俺とルネがやるんだ。

 殺さない程度にな。


「分かったよ…… それじゃ俺は警戒に戻る。何かあったら知らせてくれ!」

「あぁ! それじゃあな!」


 さてルーも行ったことだし、俺は収容所内にある牢に向かう。

 そこには鎧を脱がされ、殺気だった目で俺を見つめる人族の姿があった。


 牢番をしている獣人に指示を出す。


「一人ずつ牢を出してくれ。抵抗するなら少しぐらい痛めつけても構わん」

「はっ! おい、そこのお前、出ろ!」


 牢番は手前にいた男を牢から出す。

 他の兵士に話を聞かれたくない。

 近くに個室があったのでそこに入る。


 どうせ兵士は縛られてる。特に警戒する必要はない。

 ちょっと乱暴に椅子に座らせる。


「よし。それじゃ自己紹介だ。俺はタケ。人族だがあんたらの敵だ」

「…………」


 兵士は答えない。尋問に対する訓練を受けているのかもな。

 それじゃここからルネの出番だ。


 ルネ、今から兵士に質問する。

 兵士は質問には答えないだろう。

 でも感情の揺れ、もしくは肯定か否定の感情は読み取れるはずだ。

 それを俺に教えて欲しい。


(よく分からないのー)


 ごめん。ちょっと難しかったかな? つまりね、俺の質問の答えが『はい』か『いいえ』なのか教えてくれればいいよ。出来る?


(任せてなのー)


 ははは、頼むぞ。


 それじゃまずは簡単なところから……


「お前は人族か?」

「…………」

(はいなのー)


 よし、その調子だ。

 これから少し難しい質問をしていく。

 答えが分かったら教えてくれよ。


 では次の質問だ。


「お前の上官はアイヒマンか?」

「…………」

(いいえなのー)


 違うのか。多分こいつは何も知らないな。

 最後にもう一つだけ聞いておこう。


「バクーにいるドワーフの錬金術師、ソーンを知っているか?」

「…………」

(いいえなのー)


 くそ。空振りか。

 だがこの作戦は当りだな。

 こうして質問を繰り返していけば有益な情報を引き出せるかもしれない。


「ありがとな。戻っていいぞ」

「……この裏切り者が」


 最後にボソッと呟かれた。

 ふん。お前らに何て言われようと構わんよ。


 こうして次々に同じような質問をしていく。

 だが結果は同じだった。

 そうだよな。こいつらは突撃部隊みたいなもんだ。

 重要な情報を握る奴は基本的には前に出てこないはずだ。


 そして十八人目の尋問が始まる。


(パパー。お腹空いたのー)


 ごめんな。もう少しだから。

 後でホットケーキ作ってやるから頑張って。


(しょうがないのー。三枚焼いて欲しいのー)


 三枚も食べるの? ははは、ルネは食いしん坊だな。

 いいよ。それじゃ始めようか。


 俺は目の前に座る兵士に質問する。


「お前の上官はアイヒマンか?」

「…………」

(はいなのー)


 くそ、また空振り……? ん? 今なんて!?


(この人、はいって言ったのー)


 マジかよ!? ここに来て当りが来たか!

 よし、次の質問だ。


「お前はソーンを知っているか?」

「…………」

(はいなのー)


 ソーンのことまで……

 よし、こいつから絞れるだけ絞ってやる。


 ドンッ


 地図を兵士の目の前に広げる。これは隣国バクーの地図だ。

 現在バクーがどうなっているかは知らんが、地図の上には主要な都市が書かれている。

 俺は都市に指を指す。


「ソーンがいるのはここか?」

「…………」

(いいえなのー)


 違うか。それじゃ次だ。


 俺は次の都市を指差す。


「ソーンがいるのはここか?」

「…………」

(はいなのー)


 ビンゴ! 地図を確認する! 俺が指した都市は…… アシュートか。

 バクーの中でも割と西よりだ。縮尺からしてラーデから二百キロ先ってところだな。

 

「よし、ありがとな。もうあんたには用は無い。これからしばらく牢に入ってもらうぞ。心配するな。殺しはしない」

「ふん…… 勝手にしろ」

(いいえなのー)


 ルネ、もういいって。

 でも敵に捕らわれてるんだ。気丈に振る舞ってはいるが恐いんだろうな。

 よかったよ。ルネのおかげで手荒な真似はしなくて済んだ。

 覚悟してたんだ。指を折ってでも、膝の皿を割ってでも情報を吐かせようと考えていた。


(ふえーん、パパ恐いのー)


 な、泣かないでくれ。やらなくて良かったって言ってるじゃないか。

 

 俺は兵士を再び牢に入れ、収容所を出る。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 そろそろ帰ろうか。


(お腹ペコペコなのー)


 ははは、それじゃ帰ってごはんにしような。


(ホットケーキを忘れちゃ駄目なのー)


 おっとそうだった。それじゃごはんの後でな。


 俺は足取り軽く、アリアの待つ集会所に帰ることにした。

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