第83話 休日 其の三

 プチプチプチプチプチプチッ


 ふぅ、こんなものだろ。俺の手には袋いっぱいのワームイの実こと、梅そっくりの実を手にしている。


「先生、ワームイの実は毒があるんですよ。食べたら死んじゃうんですよ」

「いいのいいの。ちょっと試したいことがあってね」


 改めてワームイの実を手に取ってみると、やっぱり梅そっくりだな。

 熟していない梅には毒がある。

 だがワームイの実の毒性は地球の梅より強いみたいだ。

 さすがに青梅を食べて死んだって話は聞かないもんな。


 ワームイの実の毒抜きを行えば、上手くすれば梅干しや梅ジュースが作れるかも。

 梅酒だってそうだ。試してみる価値はあるだろう。


 アリアは酒は苦手だが、甘い酒なら受け付けるみたいだ。

 梅酒を作ったら喜んでくれるに違いない。


 さて、ワームイの実こと梅を取ったことだし、お散歩の続きだ。

 ノルの町の建物のほとんどは倒壊しており、特に見る物はない。

 だが公園内は緑が多く、歩いているだけで気持ちいい。


「ふふ、楽しいですね」


 とアリアは笑う。よかった。やはりララァとアリアの価値観は近いんだろうな。俺も楽しい。

 日本にいた頃彼女と呼べる存在はいたが、やれ服を買え、やれ美味しいレストランに連れてけとうるさかった。

 うんざりした俺はその子と別れたんだ。

 俺はデートなら人の多い所じゃなくて、公園とかで静かに過ごすほうが好きだ。

 幸い亡き妻であるララァも物欲は無く、俺と一緒にいるだけで楽しいと言ってくれたな。


「あれ? どうしたんですか? 笑ってますよ」

「ほんとに? ちょっと昔のことを思い出してね」


「聞かせて下さい!」

「秘密だ」


 なんて下らない話をしながら散歩を続けた。


「キュー!」


 ルネも楽しそうに公園の中を走り回っている。

 

 ガササッ


 あ、ルネが藪の中に行ってしまった。

 経路パスが使えるから迷子になる心配は無いだろうが、幼い子を一人にしておくわけにはいかん。


 ルネ、戻っておいで。


(こっちにかわいいのがいたのー。待て待てー)


 かわいいの? 子犬でもいたのだろうか?


「もうルネったら。私探してきますね!」

「あぁ。俺はここで待ってるよ」


 ガササッ


 アリアはルネを連れ戻るため、藪の中に入っていく。

 よし、チャンス!


 俺は素早く懐からタバコを取り出す!

 火を着け、深く吸い込む!

 久しぶりの喫煙だ! クラクラする! ヤニクラだ!


 ふー、不味くて美味い。アリアとルネがいる手前、タバコは我慢していた。

 何でこんな物吸い続けてるんだろう。そう思いながらも止められないんだよな。


 俺は二人がいない間、タバコを吹かして待っていることにした。

 

 チリチリッ


 咥えたタバコを根本まで吸い終わる頃……


「ぎゃー!」


 悲鳴が聞こえる!? しかもキャーじゃなくてぎゃーだ! 

 一体何があった? 俺は急ぎ声がしたほうに向かうが!


 ガササッ バタッ


 アリアが藪の中から飛び出てきた!


「大丈夫か!?」

「あ、あわわ……」


 アリアの肩に手を回すが、彼女の顔は恐怖で引きつっている。

 一流と呼べる戦闘力を誇るアリアがここまで怯えるとは……

 まさか敵か!? ユンクラスの強者が現れたのか!?


 ガサッ ガササッ


 藪の中から何かが出てくる…… 

 

「キュー!」


 ルネが嬉しそうに笑いながら藪から出てきたではないか。

 でもなんでアリアはこんなに怯えてるんだ?


 ルネ、魔物でも出たのか? 


(違うのー。アリアって怖がりなのー。この子を見たらびっくりしたのー)


 と言ってルネは手に掴んだ物を見せつけてくる。


 ウニョウニョッ


 その手にはウニョウニョ蠢く真っ白な芋虫が握られているではないか。

 三十センチはあるな。ちょっと気持ち悪い。


 こら、そんなの捨ててきなさい。


(いやなのー。とってもかわいいのー。ねえパパ、この子飼ってもいい?)


 とルネは芋虫を抱きしめる。あれ? この芋虫、どこかで見たことがあるような……


 ちょっと貸してくれるか?


(ちょっとだけなのー)


 とルネから芋虫を受けとる。おぉ、冷たくって気持ちいい。

 俺は虫はそこまで苦手ではない。Gは別だが。

 芋虫ぐらい動きが緩慢な虫なら平気だ。


「ぎゃー! せ、先生、そんなの触って大丈夫なんですか!? それがテラビクスです! 凶悪な魔物なんです!」


 これがテラビクス? どれどれ? よーく観察してみるが、特に毒針とかは無さそう。

 それどころかやっぱり似ているのだ。小学生の時に飼っていたアレと。

 白い体、ユーモラスな顔、そしてぷにょぷにょとした感触。

 そう、蚕だ。成虫になってもかわいいんだよな。


「なぁアリア、テラビクスってどんな魔物なんだ?」

「…………」


 答えない。すでに失神していた。しょうがないな。

 俺はテラビクスを近くの木にとまらせておく。


(ふえーん、行っちゃうのー)


 泣かないの。後で飼ってあげるから。

 恐らく森の中にはテラビクスはいるはずだ。

 だが今のアリアを放ってはおけまい。


 俺はアリアを抱えて森を抜けることにした。



◇◆◇



「うーん…… うーん……」


 アリアは俺の膝の上に頭を乗せてうなされている。

 そんなに苦手だったのか。


 そのままアリアの頭を撫でていると……


「んふふ、もっとして……」

「起きてるんかい」


 まったくしょうがない奴だ。

 アリアを起こすと少しがっかりした顔をしている。


「あーん、先生の膝枕がー……」

「無事みたいだな。でさ、さっきの虫のことなんだが……」


「テラビクスですか!? うぅ、考えるだけでも気持ち悪い! 私の故郷、コアニヴァニアにもいたんです! 畑の作物を荒らす魔物なんです!」

「そ、そうなのか。で、テラビクスは成虫になると羽が生えたりするか?」


「はい! 成虫になるとすぐに死んじゃうので特に害はないんですが、幼虫は別です!」


 やはり。テラビクスは蛾の魔物なんだ。しかも成虫になる前に真っ白な繭を作るらしい。

 幼虫であの大きさだ。これは利用しない手はないぞ。


「テラビクスを飼おう!」

「アホですか!?」


 とアリアは俺を罵倒する。甘いなアリア君よ。

 俺は地球での養蚕業についてアリアに話す。

 信じられないって顔をしているが、事実日本では古事記にも養蚕についての記述もあるし、古代ローマでは絹は同等の重さの金と同じ価値があると言われていたそうだ。

 シルクロードっていう言葉もあるぐらいだし、それだけ価値の高い繊維が採れる。


「へぇー、チキュウってすごいところですね。まさかテラビクスの繭から糸が採れるなんて……」

「そうなんだ。これを利用すればマルカ復興の手助けになるかもしれない。新しい産業を興して雇用を産み出せば、自立の手助けになると思ってね。絹をノルの町の名物にしよう!」


「うぅ…… テラビクスは気持ち悪いけど…… 絹っていう糸で作った服は着てみたいです!」

「ははは、それじゃアリアには一番に着せてあげないとな。きっと似合うぞ」


 俺はアリアがヴィジマで着ていたドレスを想像する。

 すごくかわいかったんだよな。思わず見惚れてしまった。

 あれに近いデザインで、さらにシルクで作ったドレスであれば素晴らしい出来になるだろう。


 というわけでテラビクスを一匹捕まえてえおくことにした。

 明日ベルンド達が来るからな。サンプルとして見せてあげよう。


 ルネ、森に行ってテラビクスを取っておいで。


(やったーなの)


 ガササッ


 ルネは勇んで森に向かう。

 だが戻ってきたルネは両手、両脇にテラビクスを抱え、その光景を見たアリアは本日二回目の気絶をするのだった。

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