第82話 休日 其の二

 獣人の国マルカの西側に位置するノルの町。

 ここは宿場町として栄えていたらしいが、今は家も店も壊され瓦礫の山と化している。

 ここにあるのは獣人が設置するテントと兵站を保管する倉庫だけだ。


 今日はやることが無いのでアリアと遊びに行く約束をしたが、ここを見て回るってのもなぁ……


 だがアリアは嬉しそうにお弁当を作っている。

 ルネはキューキュー鳴きながら楽しそうにアリアの周りを走り回っていた。


(嬉しいのー。パパとお出かけなのー)


 多分何も無いけどね。

 まぁ、こうして三人でゆっくりするなんて久しぶりだ。

 たまの休日を楽しむかね。


 準備が出来たところで拠点を出ようとすると、見張りの獣人から話しかけられた。


「タ、タケ様、どちらに行かれるのですか?」

「いやね、ちょっとノルの町を見に行こうかと思ってな」


「そうですか…… 残念です。ここはマルカでの第二の町でしたが、今は何もありません。以前は街道を通ってきた旅人、商人を癒すために様々な商業施設があったんですよ。

 雑貨屋、武器屋、宿屋に遊郭。一日居ても飽きる事はありませんでした」


 へぇ? そんなに栄えていたのか。最後の遊郭ってのが気になるところだが。


「先生、遊郭って何ですか?」


 とアリアが聞いてくる。うーむ、どう説明したらいいのだろうか。


「えーっとね。男と女がニャンニャンする場所だ」

「ニャンニャン?」


 余計分からないか。まだ明るい内にする話でもあるまい。後で説明してあげよう。


「それとタケ様…… お気をつけください。実はノル付近は魔物の生息地でもあります。破壊される前は自警団や傭兵が定期的に魔物退治をしていたので被害は出ませんでしたが、現在野放しになっている状態です。

 昨日も歩行花アースポチア八牙猪エレンケの姿が確認されました。他にもテラビクスの出没情報も出ています」

「テラビクス!?」


 とアリアが驚いている。知ってるのか?

 青い顔をして震えている。危険な魔物なのだろうか?

 俺は見張りの獣人に尋ねてみると……


「ははは、ここに出る魔物はそこまで強くありません。ですが数が多くて作物を荒らすのです。それにテラビクスは虫型の魔物ですからね。気持ち悪いといって討伐を嫌がる者もいるのですよ」


 なるほどね。それなら納得だ。

 最近知ったのだがこの世界には知性を持った魔物は存在しない。

 いや、絶滅したと言った方がいいか。魔物は姿を変え、今は魔族としてこの世界で生きているのだ。


 事実アリアの先祖はサキュバスだ。友人にはオーガやスライム、ハーピーの血を継ぐ者もいたらしい。

 この世界の魔物は魔素を吸って凶暴化、または巨大化した獣や虫のことを指しているのだ。

 ヴィジマでアリアがお化けを怖がっていた理由が分かったよ。

 そのアリアは今も虫型の魔物が出没することを知って震えているのだが。


「どうする? 魔物がいるんじゃ楽しめないかもしれないぞ。今日は中止……」

「い、行きます! だってこんな機会滅多に無いんですもん…… 魔物如きがなんぼのもんじゃいです! で、でもテラビクスが出たら助けて下さいね……?」


 分かった分かった。俺は震えるアリアの手を引いて本陣を出ることにした。



◇◆◇



 ザッザッザッ


 俺達は崩壊したノルの町を歩く。

 破壊し尽されてはいるが、建物の基礎などは残っており、砕かれた壺や木製の陳列台の残骸から商店街だったことが推測される。


「うわー、本当に何もないですね……」

「そうだな。でもかなり大きな町だったんだ。ほら、向こうまで店が続いてたんだろうな。道は綺麗なままだし、整地はしなくてよさそうだ。

 このまま商店街として利用出来るかもな……」


「ふふ、先生、お仕事モードになってますよ」

「はは、すまない。今日は遊びに来たんだったよな」


 遊びと言ってもやることは散策することしか出来ないが。

 そのまま歩いて行くと、一際大きな建物の跡地が。

 まだ壁が残っていたので、中を覗いてみることに。


 するとそこには地面に埋め込まれた大浴槽が。

 

「お風呂ですか?」

「そうだな。多分銭湯だ」


「公衆浴場ですね! 先生、ここは絶対に復活させましょう!」

「もちろんだ。ん? あそこに何か書いてあるな。どれどれ? 

 ご利用料金は五クラウン……」


 クラウン? 通貨単位のことか。そういえば金については考えてなかった。

 竜人もエルフも通貨という概念は無い。内輪で行う物々交換で生計を立てていたようだ。

 むむむ、どうするか。人々が生活するにあたって通貨を復活させる必要もあるな。

 

 獣人は今は難民生活を送ってはいるが、国に戻ったら自立したいはずだ。

 働くのであれば報酬は必要だ。これも今後の課題だな。しばらくは給料は食料で我慢してもらおう。


「また考え事ですか? ふふ、先生って仕事中毒ですね」

「それは否めない。会社では残業続きだったからな」


 懐かしい思い出が頭を過る。俺は社畜と呼ばれる存在ではあったが、仕事が好きだったのであまり苦には思わなかった。

 責任ある立場になって利益を出しつつ、後輩を育てていったりと忙しくも楽しい日々を過ごしていた。

 普通のサラリーマンに戻りたいなと思う時もある。そのためにも地球に帰…… 

 ふとアリアを見つめる。この子を置いて? 

 もし俺がアリアに想いを伝えたら、この子は俺についてきてくれるだろうか?

 無限とも言える時間を俺と一緒に過ごしてくれるだろうか?


(ルネもついてくのー)


 あ、また心を読んだな? 安心しな。すぐには出ていかないから。

 みんなが安心して暮らせる世界を作ってからだ。

 その時はルネも大きくなってるし、好きな人も出来てるかもしれないぞ。


(ふえーん、パパが好きなのー。パパと結婚したいのー。いっぱい卵を産みたいのー)


 気持ちは嬉しいが…… って、やっぱり竜神って卵を産むんだな。


「ど、どうしたのルネ。そんなキューキュー泣かないで。ふふ、お腹が空いたのね」

「キュー」


 アリアはルネの涙を拭いている。空腹で泣いているのではないが、確かにお昼時だ。

 俺は体内時間を止めているからか、空腹は感じないはずだが、アリアと一緒にいるようになってからは三食食べるようになってしまった。

 

「それじゃごはんにしようか。そうだな…… あそこにしよう!」


 マルカはあまり木は育たないようだが、丸裸というわけではない。ちょこちょこ木は生えている。

 公園の跡地だろうか? 壊れたベンチの近くに高めの木が生えていたので、その下で食事をすることにした。


 今日のお弁当はアリアに任せてある。

 俺は敷布を敷いて、ルネをその上に降ろす。


「それじゃ食べましょ! じゃーん! 今日はおにぎりを作ってきましたー!」

「キュー」


 おぉ! シンプルな塩握りではあるが、おにぎりは嬉しいな。

 この米はエルフの国ヴィジマで収穫してきた物だ。この世界では北方方面では主に麦を主食としており、マルカ以下南方では米を主食としているようだ。

 竜人の国バルルでは狩猟生活を行っているので農業という概念は無かったので例外も存在するがね。


「先生、食べましょ」

「あ、あぁ。いただくよ」

 

 おにぎりを口に運ぶ。うん、美味いな。これで海苔があれば最高なのだが。


「んふふ、美味し」

「キュー」


 二人も幸せそうにおにぎりを頬張る。おかずとして持ってきた野菜の塩漬けも中々だった。

 

「ふぅ、美味かったよ。アリアはいいお嫁さんになるぞ」

「ほ、ほんとですか!? また作りますね! あれ? この木、実がなってますね。よいしょっ!」


 ブチッ


 アリアは枝から実をむしる。どこかで見たことがあるような。俺も一つむしって匂いを嗅いでみる。

 さわやかな匂いだが……


「あーぁ、残念。ワームイの実でした……」

「ワームイ?」


「はい、この実には毒があるんです。香りはいいので香料として使われることはあるんですけどね」


 ワームイね。覚えておこう。このワームイという実はもしかしたら梅に近い植物かもしれない。

 匂いが梅そのものなのだ。まぁここは異世界なので全く別の植物かもしれないが。


 もしかしたら梅干しが作れるかもな。ワームイはあちこちに生えている。

 後で少し持っていくとしよう。

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