第67話 次に向けて 其の二

「……とまぁ、これが俺の新しい力だ」


 俺は新しい能力についての説明を終える。

 みんな目を輝かせて聞いていたな。温泉に入りたいのだろう。


「へぇー、それじゃ魔力についてはなんの心配は無さそうだね。それにしても温泉か…… 入ってみたいかも」

「ははは、明日まで我慢してくれ。それと建設班には住居の他に風呂を作ってもらいたいんだ。やれるか?」

「もちろんよ! で、タケ…… 相談なんだけどさ……」


 ん? サシャがボソボソと囁いてくる。耳を近付けて……


「あのさ、私達専用の風呂を作っても……」

「却下だ」


 アホか。そんな私的なことに俺の力を使えるか。

 それに例え二人のために風呂を作っても今後しばらくはヴィジマで温泉は入れなくなる。

 それについては後で話そう。


 ブーたれるサシャは放っておいて、次の報告を聞かなければ。


 医療班のテオの報告によると、怪我人は順調に回復しているとのこと。

 だがまだ多くの者が栄養失調でまともに動くことが出来ないでいる。

 もう少し休養が必要だな。


 さてここからは俺の話だ。

 アリアにも話した通りだが今後ヴィジマを農業国にすること、子供達が通う簡易的な学校を建設すること、軍備増強について話す。


 みんな呆気に取られたような顔をして聞いていた。

 なんかさっきのアリアと同じ感じだな。


「みんな理解出来たか?」


 俺の問いに代表してベルンドが答えてくれた。


「グルルルル…… まさかそこまで考えていたとはな。恐れ入った」

「まあそれは少し先になる。だが一応頭に入れておいてくれ。あ、いい忘れてた。あと三日もすれば難民が半年は食っていける食料が生産出来る。

 準備が出来次第マルカに攻めこむから今の内に覚悟をしておいてくれ」


「「「…………!?」」」


 俺の発言を聞いてみんな驚いている。

 そりゃそうだ。誰にも言ってなかったからな。


「タケよ、一体どうしたのだ!? お前のことだから何か考えがあるのだろうが、いきなり過ぎる。そんなちょっと買い物行ってくるみたいな感じで言われても……」

「ははは、ごめんごめん。今まで言わなかったのには訳があるんだ。こんなこと言いたくないが、俺達の中に絶対に間者がいる。

 なるべく戦いに関する情報は秘匿にしておきたかったんだ」


「「「…………!?」」」


 またびっくりしてるよ。

 いや俺達は今百万を超える難民を保護している。

 その中でリァンの息がかかっている者がいても不思議ではない。

 むしろ俺がリァンだったら間違いなく難民の中に間者を忍び込ませる。


「グルルルル…… 誰が間者か分かっているのか?」

「いや知らない。だが間違いなく間者は難民の中にいるはずだ。木を隠すなら森の中ってな」


 フゥは納得出来ないようだ。俺を睨んでいるのだから。

 そりゃ自分の種族が命の恩人たる俺達を裏切るはずがないと思っているのだろう。


「フゥ、あんたが思っていることは分かる。だが人は簡単に仲間を裏切ることが出来るんだ。出世や保身、他にも人質を取られて嫌々間者になる場合もある。

 だから今後は戦闘に関する情報は皆の前でしか話さない。そして皆もこの情報を他に漏らさないでくれ。 

 それじゃここからが更に大事な話になる。アリア、地図を頼む」

「はいっ!」


 アリアはテーブルの上に地図を置く。

 これは隣国マルカの地図だ。獣人の国だな。

 ちょうどマルカ出身の虎獣人のフゥもいる。彼に聞いてみよう。


 フゥにペンを渡す。


「これは?」

「すまないが主要な街道、町、覚えている限りでいいから魔女王軍の拠点を書いてくれ」


 俺達はマルカのことは何も知らないからな。

 フゥはスラスラと地図の上にペンを走らせていく。


 どれどれ? 地図の上に書かれた線は街道だろう。

 三本の線がマルカの中を走っている。そして線は中央に書いた大きな丸の中に続いていた。


「この丸は? 首都か?」

「いいや違う。我が国の町、村は全て潰された。残っているのは瓦礫だけだ。ここは収容所。私達はここに集められ、強制労働を課せられていたのだ……」


 フゥは声を震わせている。彼から感じるのは怒りだ。

 話すのも辛いのだろう。だが魔女王軍に勝つには知る必要がある。


「話せるか?」

「分かった…… だが一度落ち着かせてくれ。少し外の空気を吸ってくる……」


 そう言ってフゥは天幕を出ていった。

 豪快で明るい性格のフゥがあんなに落ち込むんだ。

 よほど嫌な思い出があるのだろう。


 フゥが戻ってくるまで待つしかないか。


「なぁタケよ。確かお前の話では魔女王軍の軍師リァンはマルカを放棄したと言っただろ? どこまで信用出来るか分からないが魔女王軍はいないんじゃないか?」


 とテオが言う。なるほど、その可能性もある。だがな……


「嘘だろうな。間違いなく魔女王軍はマルカにいる。これまでのことを思い返してくれ」


 リァンはまず俺に面会してヴィジマから撤退した。

 その時点で少なからず魔女王軍は俺達から被害を受けている。


 バルルでは俺達の策に破れ兵糧を失いヴィジマに撤退している。

 更にヴィジマでは重要な拠点を失い多くの兵を失った。


 体制を立て直す必要があったはずだ。

 そこでリァンの登場だ。奴は俺達に策を仕掛けてきた。

 まず霧分身を使い俺達を足止めする。

 混乱する俺達に闘いを挑むわけでもなく、会って話すことで揺さぶりをかけてきた。

 自分を逃がしてくれたらヴィジマとマルカを放棄すると。


 そして極めつけは百万を超える難民だ。

 これもリァンの策だな。奴は俺が難民を見捨てることはしないと確信したのだろう。


 俺が竜人やエルフを仲間に出来たのは彼らの信頼を勝ち得たからだ。

 もし俺が獣人を見捨てていたら俺の信用は地に落ちるだろう。


 獣人を見捨てたら今後仲間になってくれる者はいなくなり、獣人を助けたら自軍が食糧難に陥り戦うことが出来なくなる。


 つまりどっちを選んでもリァンの思うつぼだったわけだ。


「……とまぁこんな感じだな。どっちを選んでも俺達は弱体化するはずだ。そのチャンスを逃すはずがない。

 リァンはドワーフの国バクーに行くと言っていた。恐らくそこで部隊の再編成を行うはずだ。そして準備が整ったら再び俺達に襲いかかるだろう。

 だがな、そうはさせない。リァンは策を逆手に取る」

「グルルルル…… どういうことだ?」


「分からないか? それじゃものすごく簡単に言うぞ。もし俺達がリァンみたいに今にも死にそうな百万を超える難民を押し付けたとするよな? 

 で、そいつらがいきなり元気になって逆襲してきたらびっくりしないか?」

「「「…………!?」」」


 ははは、みんな納得したって顔してるよ。

 実は俺の策ってものすごく単純なんだ。相手が仕掛けた策を利用して、こっちに有利になるようにもってきただけだし。


 他にもあるぞ。これも言っておかないと。


「それにな、これはチャンスでもある。魔女王軍は体制を整える必要がある。つまり奴等は傷付いているということ。だったら可能な限り早く敵を叩く。

 兵は神速を尊ぶってやつだ」

「また難しいこと言ってる。どういうことですか?」


 とアリアが聞いてくる。これは曹操に仕えた名軍師である郭嘉の言葉だ。

 戦争は一瞬の遅れが命取りになる。攻撃するなら早いにこしたことはないってことだ。


 魔女王軍本隊は再編成や傷付いた兵を休ませるために時間が必要だ。

 そんな暇を与えてやるつもりはない。


「先生って本当にすごいですね…… ふふ、なんか私達勝てそうですね!」

「そうだ! タケと一緒なら勝てる!」

「魔女王からマルカを取り返すよ!」

「グルルルル!」


 いつの間にか、みんなの顔から不安は消えていた。

 後はどう攻めるかを決めないと。

 俺達はマルカの情報を知るフゥを待つことにした。

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