第68話 次に向けて 其の三

 ボソボソ…… ヒソヒソ……


 ん? 何故かみんなが俺の顔を見て小声で喋っている。

 何を話してるんだ?


「どうした?」

「いいいや、別に! し、しかしフゥはまだ来ないのか!? 早く軍議をハジメタイナー」


 テオが何故か片言で答える。

 他の者に聞こうともしたが、サッと目を反らされる。

 なんだよ、何か嫌われるようなことしたかな?

 さっきまでこれからのこととマルカに侵攻する話をしただけだし。


 アリアが戻ってきたので、ちょっと聞いてみよう。


「何話してたんだ?」

「んふふ、秘密です」


 なんだ? まさかサプライズプレゼントとか用意してるとかかな?

 ちょっと期待してしまうではないか。


 バサッ


 おや? 天幕に入って来る者がいる。

 虎獣人のフゥだ。今から彼にはマルカのことについて話してもらう。

 気持ちを落ち着かせるために外の空気を吸ってきたんだよな。


「もういいのか?」

「あぁ。待たせてすまなかった。つい感情的になってしまってな…… 始めよう。まずは街道の説明からだ」


 フゥの説明によるとマルカの主要な街道は三つ。

 東の街道は最も新しいもので、多くの獣人が利用していたそうだ。

 道幅も広く整備もしっかりされている。


 中央の街道はマルカ中央にそびえ立つキナ山脈を縫うように走っている。

 所々で落石があったり、猛獣が出たりとかなり危険な街道であり使うものはほとんどいない。

 だがマルカの首都ラーデがあった場所への最短ルートなので一定の需要はあったそうだ。


 で西の街道だが、これは道と呼べるものではなかった。

 ヴィジマに流れるベルテ川はマルカにも流れている。

 だがマルカでは峡谷が形成されており、谷の側面に足場を組んでその上を進むそうだ。

 現在は踏み板が腐っていたり、足場を支える杭が抜けていたりとかなり危険で獣人達はここを通行禁止にしているとのこと。


「これがラーデに続く道だ。他にも無いこともないが、かなり大回りで進むことになる」

「なるほど。で、ここについてなんだが……」


 俺はマルカ中央付近に書かれた丸を指差す。

 フゥの話では魔女王軍に囚われた獣人の強制収容所だったな。


「ここはマルカの首都ラーデ……があった場所だ。魔女王軍はマルカに侵攻し、瞬く間に国の全てを掌握した。

 これでも私は傭兵団の団長だ。腕に自信はあるし、優秀な部下も多い。彼らと共にラーデを取り返すために戦ったんだが無駄だったよ。囲まれてあっという間に縛り上げられた。

 歯向かう者は殺される。私達は死を覚悟したんだが…… ふふ、そのまま殺されてほうが幸せだったかもしれん。私達は生かされ強制収容所に入れられた。

 そこにはマルカのほとんどの住民が集められていたよ。魔女王軍は我らを使いマルカの資源を集めさせた。もちろん財産は全て没収されたよ」

「そうだったのか。フゥ、よく頑張ったな。てさ、マルカ侵攻の指揮は誰がとってたんだ? リァンか?」

「…………」


 フゥが黙りこんでしまう。

 大きな体を震わせて、全身の毛を逆立てている。


「ど、どうした?」

「すまん…… あいつのことを思い出すと怒りでどうにかなってしまいそうだ…… 

 マルカ侵攻の指揮をとっていたのはアイヒマンという人族だ。いや人ではない。奴は悪魔だ……

 アイヒマンは我々を使いマルカの地下資源回収、魔女王軍が使う武器の製作、農作業をするように命令した。私達に断る権利は無い。刃向かえば殺されるだけだからな。

 過酷な労働により体力の無い者はバタバタと死んでいった。私はマルカでは知られた存在でな。皆を代表して仲間を弔う許可を得るためアイヒマンに面会を申し出た。

 だが奴はそれを認めないばかりか、死体を刻んで肥やしにしろと言ってきたのだ……」


 酷い話だ。フゥは逆らうことが出来ず、泣く泣く死んだ仲間を刻んだらしい。

 それだけでもトラウマものだ。


「まだあるぞ。これは私達の罪にもなる話だ…… 私達が強制収容所に入れられて数ヵ月が経った頃だ。

 栄養失調で動けなくなる者が続出した。無理も無いことだ。一日の食事は一回のみ。水のような薄いスープに石のように堅いパンが一つだけなのだから。

 動けなくなった者は殺されるか、そのまま死を待つことしか出来なかった。だがアイヒマンは動けなくなった同胞を治療すると言って連れていったのだ……」



◇◆◇



『ふん、これで全員か』

『な、仲間をどうする気だ!? 頼む、殺さないでやってくれ……』


『ふん、貴様は確かにフゥといったな? 安心しろ。捕虜は我らの財産でもあるのだ。死んでしまっては働けなくなるからな。動けるようになったら収容所に返す。

 おい! 連れていけ!』

『はっ!』


 アイヒマンの指示を受け同胞は連れていかれた。

 中にはまだ子供達もいる。彼らには明るい未来があるはずなのだ。

 こんなところで死んではいけない。


 私達は彼らが無事に戻って来ることを祈るしか出来なかった。

 だが一月経っても二月経っても彼らは帰ってこなかった。


 ある日私が畑仕事をしていると、視察に来た人族の一団が。

 アイヒマンだった。私は鍬を置いてアイヒマンに尋ねてみることに。


『なんだ? サボっていると今日の飯は抜きだぞ』

『聞かせてくれ。あんたが連れていった同胞はどうなった?』

『あぁ、あいつらか…… くふふ、お前気付かなかったのか? まぁいい。それじゃお前には特別に教えてやる。今日の飯を楽しみにしておけ』


 と言ってアイヒマンは去っていった。

 私はその言葉の意味が分からなかった。


 そしていつも通り強制労働が終わり、一日一回の貴重な食事の時間となる。

 私も食事を受けとるため長い列にならび、ようやく私の番になる。


 すると配膳係の兵士は私を見るや否や薄笑いを浮かべて……


『隊長からの命令でな。お前には特別に肉の多いスープを用意した。ありがたく食え』


 と言ってスープを渡してくる。

 アイヒマンが私に? 一体なんのことだ?

 これが仲間が帰ってこない答えなのか?


 私は訳も分からず食事は食卓につく。 

 私は餓えていた。食事は一日一回のみだからな。

 いつものようにスプーンでスープをすくう……?


 ギョロッ


 目が合った。スープの中から私を見つめる何かがいる。

 それは眼球だった。眼球がそのままスープに入っていたのだ。


(あぁ、あいつらか…… くふふ、お前気付かなかったのか? まぁいい。それじゃお前には特別に教えてやる。今日の飯を楽しみにしておけ)


 アイヒマンの言葉が脳裏を過る。理解した。

 仲間が帰ってこなかった理由が。



◇◆◇



「私達はな…… 仲間の肉を食って生き延びていたのだ…… ぐ…… うぉぉ……」


 フゥは堰を切ったように泣き始める。

 なるほど、これは話すのも辛いのだろう。


「みんな知ってるのか?」

「言えるわけないだろ…… この話は墓まで持っていく…… うぅ…… 私を許してくれ……」


 そうか、フゥは仲間のために辛い想いを一人で引き受けたってことか。

 

 ポンッ


 泣き崩れるフゥの肩に手を置く。


「…………?」

「そのままでいい。聞いてくれ。さっきも言ったが俺達はマルカに侵攻する。これは変わらない。だが目的を変更する。

 俺はアリアに出会い、魔女王の理不尽な支配から人々を解き放つために戦ってきた。だが今回はあんたら獣人のために戦う。勝ってあんたらにマルカを返す。 

 それともう一つ。アイヒマンだったな? どうやらフゥの言う通り人ではないようだ。なら遠慮はいらない。どんな手を使ってもいい。必ず殺してやる」


 この世には生きていてはいけない者もいる。

 アイヒマンはその典型だ。ただ俺達にとって害を成す存在だ。 


 俺の予想では魔女王軍は元首都ラーデにある強制収容所にいるはずだ。

 アイヒマンが今でもそこにいるかは分からないが。


「みんな! さっき言った通りだ! 俺達は近々マルカに向かう! 各自準備を進めておいてくれ!」

「「「おぅ!」」」


 こうして今日の会議を終え、俺達は各々自分用のテントに戻る。

 道中、後ろを歩くアリアがスンスンと鼻をすすっているのが聞こえてきた。


 獣人達のために泣いてるんだ。アリアは優しい子だな。

 だがな、その涙はとっておいてくれ。マルカを取り返して嬉し泣きするためにな。

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