第66話 次に向けて 其の一
「あぁ…… 気持ちいいですぅ…… 溶けちゃいそう……」
と俺のアリアが呟く。後ろを振り向くと裸のアリアがいると思うと……
いかん、何を考えているんだ俺は。
俺は消費したMPを回復させるため、新しいギフトである湧出を発動させ温泉に入っている。
それにしても見事な浴槽だ。磨かれた大理石が凹凸なく並べられている。
あの短時間でここまで精巧な巨大浴槽を作れるとは。
この浴槽を作ったのは虎獣人のフゥの部下である熊のルーだ。
あいつの仕事も決まったな。建設班に参加するようお願いしよう。
「ふー…… 先生、この後どうするんですか?」
とアリアが聞いてくる。そうだな、アリアには今後のことも話しておこう。
「しばらくは食料生産だ。少なくとも百万人が半年食っていけるぐらいは作っておきたい。それと今後の話もする。ちょっと長くなるがいいか?」
「はい! 私も知りたいんです。だって食べ物の心配は無くなってきてますけど、これからどうなるか不安なんです」
「そうか、それじゃ話すぞ……」
食料については今話した通りだ。
作物を植えるのは焼けてしまった北の森の跡地。
現在ヴィジマは森のほとんどを失っている。
亡くなったエルフには申し訳ないがヴィジマの北側を利用し、大農業国にするつもりだ。
幸い働き手は腐るほどいるしな。
「はぁー…… す、すごい発想ですね。森の国を農業国にですか。でも誰に管理してもらうんですか? ここはエルフの国ですけど、あの広い土地を数の少ないエルフで管理するのは大変じゃありませんか?」
それは難民である獣人にお願いするつもりだ。
今彼らの多くは動ける状態ではない。
きっと故郷では酷い扱いを受けてきたのだろう。
痩せこけ傷付いている。
だが今の俺達には食料を産み出す手段と魔法に頼らず傷を癒すことが出来る温泉がある。
しっかり食べて、温泉に入って傷を治せば、すぐに動けるようになるだろうさ。
他にも土魔法を使える者を集め、簡易的な住居をベルテ城付近に作るつもりだ。
ヴィジマ東部の平原だな。
俺と魔女王軍の軍師であるリァンがぶつかった場所だ。
人集めはサシャとフリンに任せてある。
まだあるぞ。これはしばらく後になるだろうが、難民の中には多くの子供もいる。
戦いはしばらく続くだろう。
このままでは勉強することなく大きくなってしまう。
簡単でいいので学習する場を提供してあげたい。
「が、学校も作るんですか!?」
「そこまで仰々しい物じゃないよ。計算とか読み書きぐらいでいいさ。でも学ぶことは大事だ。子供の大切な権利だからな。その場を提供するのは大人の役目じゃないのか?」
「すごい…… まるで国作りですね。新しい国が出来ちゃいそう……」
「そんな大げさな…… 他にもあるぞ。今は戦時だからな。軍事についても考えなくちゃいけない」
現在のザックリした戦力だが、エルフ、ダークエルフ、そして竜人の混成部隊が二万人いる程度だ。
難民である獣人は百万人はいると言っていたが、その中で一緒に戦ってくれる者の数は知らないのだ。
武器だって必要だ。俺は正面から戦うのは愚策だと思っている。
なるべく遠距離で、そして策を合わせて戦えばこちらの被害が少なくなる。
そのために必要な武器は弓矢だろう。魔法が使える者には威力を上げるために杖が必要だ。
他エルフ、竜人も詳しい人口を知らない。
仕事の分配や食料の配給などを考えると戸籍調査、人口調査は必要になるだろう。
まだやることは山積みだが、とりあえずこんなところか。
「……っとまぁこんな感じだ。把握出来たか?」
「………… はっ!? すいません。よく分かりませんでした……」
「ははは、それじゃ夜にまた話すよ。役割り決めもやり直さないといけないしな。それじゃそろそろ上がろうか。MPも回復したみたいだ」
「はい! さ、先に上がりますね。見ないでくださいね……」
パチャパチャと音を立てアリアが風呂を出る。
むぅ、見たい。なんてアホなことを考える。
その後、風呂を出た俺は野菜、穀物の生産を繰り返す。
MPが切れたらまた風呂に入って回復だ。
すっかり湯あたりしてしまった。こんなに風呂に入るなんて初めてだ。
なぜかアリアもその都度俺に付き合って風呂に入ってきた。
アリアは必要無いんじゃないの?
◇◆◇
夜になり、ようやく俺の仕事も終わりだ。
全部で十回時間操作を発動したことになる。
当初の予定だと一、二回発動するのが限界だと思っていたが、まさかここまで出来るとは。
新しいギフト、湧出のおかげだな。
このギフトは日本の神様である少彦名がくれたみたいだ。
少彦名の神格ってなんなんだ? 温泉の神様だっけ?
日本に帰ったら調べてみるか。ふふ、俺はいつになったら日本に帰れるんだろうな。
まぁいつも通り気長に待つさ。
さてみんなが待つ天幕に行かなければ。
難民がいる中を歩いて進むと、昨日までは聞こえなかった笑い声、和やかな会話が聞こえてくる。
「ごはん美味しかったねー」
「うん、二杯もお代わりしちゃった」
「あなた! 歩けるようになったのね!」
「あぁ。もう心配いらないぞ!」
先日まで周辺に漂っていた絶望感は感じられない。ここにあるのは希望だ。
やはりグズグズはしていられないな。なるべく早く次の段階に進まないと。
「ふふ、良かったですね。みんな喜んでます」
アリアも彼らを見て嬉しそうに笑う。
だが最悪の事態は避けられただけであって、未だ危機的状況にあるのは変わらない。
それを打破するためにもこれからみんなと話す必要がある。
天幕に着き、中に入るとみんな俺達を待っていた。
ははは、やっぱりみんな笑ってるよ。
予想以上の成果に笑みを隠せないのだろう。
さて会議を始めないとな。
「すまない。待たせたな。それじゃ各々進捗を話してくれ」
「グルルルル! その前にタケよ! お前何をしたのだ!? 予定より多くの食料が運ばれてきたぞ! 今日だけで一月は食っていける量だ!」
相変わらずグルグルうるさい奴だ。
だがベルンドはバタバタと嬉しそうに尻尾を振る。
トカゲも嬉しいと尻尾を振るのか?
「ははは、ちょっとした魔法を使ってな。それは後で話す。それじゃそのままベルンドから報告を頼む。それと何か要望があったら言ってくれ」
「分かった。今言った通りだが現在かなりの食料が集まっている。逆に量が多すぎて管理出来ない。野ざらしになっているので倉庫を作って欲しい」
なるほど。嬉しい悲鳴ってやつだな。
それに倉庫か。確かに考えてなかったな。
やはり俺だけでは抜けが多い。
要望を聞くことで意見を取り入れより良い改善を目指せる。
「そうか、ありがとな。明日建設班の中から何人か回す。それとすまないがベルンドと竜人達には炊き出し班をお願いしたいんだが頼めるか?」
「グルルルル。問題無い。それに今役割を変えるのもお前にとって負担になるだろう。食事、食材管理は任せてくれ」
よかった。実は心配でもあったのだ。竜人は血の気が多いからな。
戦うことが出来ないこの状況でストレスを感じているかと思ったが、杞憂に終わりそうだ。
状況が落ち着いたらもちろん戦いに参加してもらうけどな。
それじゃ次の報告を聞こう。誰にするかな。
ん? サシャが俺の顔を見て笑ってる。
「何かいい報告があるんだろ?」
「ふふ、分かっちゃった? あんたに頼まれたことだけどさ、土魔法を使えるやつを集めといたよ。全部で千人はいるね。これぐらいでよかった? でさ、一体何をする気なんだい?」
千人か。予想より多いぞ。これはありがたい。
「よくやった。二人にはそのまま建設班の責任者をやってもらいたい。簡易的でいいから難民のための住居を作ってくれ」
「ふふ、やっぱりね。だと思って少し進めておいたよ。でも魔力の消費が多くてね。土地の一部を整地することしか出来なかった」
それについては問題無い。
新しいギフトである湧出を使えばMPが回復する温泉を湧かせられるからな。
そういえばアリアとフゥしか温泉のことを知らないんだった。
湧出のことを説明すると、みんな目を輝かせて俺の話を聞いていた。
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