第65話 食料生産 其の四

「んふふ、温泉気持ち良かったですね」


 とアリアが笑う。

 俺達は先程まで新しく手に入れたギフトである湧出の効果を試してきた。

 最初は何が起こるか不安だったが、まさか温泉を湧かせる能力だったとは。

 しかもただの温泉ではなく、お湯を浴びることでMPが回復したのだ。


 恐らく湧出で湧かせた温泉には癒しの効果がある。

 これを使えば傷付いた難民の怪我も完全に癒すことが出来る。


 何より俺自身のためにもなる。俺のギフトである時間操作は燃費が悪い。

 発動には大量のMPを消費する。

 これから北の森の跡地に野菜を植えるのだが、あの広大な土地に時間操作をかけるのだ。

 MPはあっという間に無くなってしまうだろう。


 だが温泉に入ればMPは回復する。

 時間操作と湧出を上手く組み合わせれば効率よく野菜を育て収穫出来るはずだ。

 それにせっかくだから肩までしっかり風呂に入りたい。


 さっきは噴き出る温泉の湯柱に飛び込んだだけだからな。

 気持ち良かったのは間違いないが、温泉に入ったという満足感は皆無だ。


 獣人達がいる畑に戻ると……

 おぉ、一時間も経っていないのに、しっかりと開墾されている。

 流石は獣人の国マルカの傭兵集団だ。そのリーダーである虎獣人のフゥは黙々と鍬を振るっていた。


 ザクッ ザクッ


「ふん! ふん! ははは! これはいい運動になるな! 筋肉が付きそうだ!」

「それ以上筋肉付ける必要無いだろ。それにしてもここまでやってくれてるとはね。見事だよ」


 先ほどまで焼け残った株や土から飛び出していた根っこが綺麗に取り払われている。

 すぐにでも野菜を植えたいところだが……


「すまない。この中で土魔法が使える奴はいるか?」

「なら私の出番だな!」


 と言ってフゥは力こぶを見せつけてくる。

 いや、お前は脳筋賢者だろ?

 たしかに四大元素魔法を全て使える貴重な存在だが初期魔法が使えるかどうかも怪しい。


「チェンジで……」

「なんと!? しょうがあるまい。おい! ルー! こっちに来てくれ!」


 フゥが叫ぶと熊獣人がこちらにやって来る。

 熊のルーさんか。某遊園地にいそうな名前だ。

 だがあの国民的な人気を誇る黄色い熊ではなく、二足歩行のグリズリーのような姿だ。

 夜道であったら間違いなく魔物と間違われるだろう。


「団長! お呼びですかい!?」

「あぁ! タケがお前に用があるそうだ!」


 と二人は俺の前で自慢のマッスルを見せつけてくる。

 いやもういいよ。暑苦しい。


「あー…… ルーだったな? あんた土魔法が使えるんだって? お願いがあるんだけどさ、土魔法で石造りの大きな風呂を作って欲しい」

「風呂? だが近くに水場も釜も無いぞ?」


「それは心配しないでくれ。そうだな…… みんな入りたいだろうから百人同時に入れるぐらいのを頼むよ。出来るか?」

「ははは! 問題無い! 団長! 俺は今から風呂作りだ! 開墾は任せた!」


 ルーは笑いながら去っていった。大丈夫かあいつ?

 魔法っていうより腕力で風呂を作りそうだな。

 高度な土魔法を扱える者は土を加工して石を作ることが出来る。土木建築にはもってこいだ。

 

 よし、風呂はルーに任せて仕事を始めるとするか。


「アリア、野菜の種を獣人に渡してくれ」

「はーい。皆さーん! こっちに並んでくださーい!」


 アリアの掛け声を聞いて獣人が集まり、種を受け取った獣人は種を均等に撒いていく。

 これだけでもかなり時間がかかりそうだ。


 一時間後、ようやく種まき作業が終わる。

 さてやっと俺の出番だな。だがその前に指示を出しておかないと。


「みんな聞いてくれ。今から俺のギフトである時間操作を発動して野菜を一気に育てる。野菜の二割は種を取るために残しておいてくれ。それ以外は収穫だ。新鮮な野菜を早く届けてあげたいからな。運送班と収穫班に分かれる。フゥ、人選は任せたぞ」

「うむ! 任されよ! では私のもとに集まってくれ!」


 よし、それじゃ始めるか。

 どうせ新しいギフトである湧出を使えばMPを回復することが出来るんだ。

 出し惜しみせずにやってみよう。


 目を閉じる。静かに呼吸を整えて……


 丹田でオドを練りながら地面に手を触れる。

 時計の針が高速回転するイメージのまま……


 オドを放出!


 ギュウゥゥゥゥンッ


 う…… やり過ぎたな。まるで血の気が引いていくような感覚。

 目の前がチカチカする。MPをほとんど使ったんだ。

 きっと美味しい野菜が育ってくれるに違いない。


「な、なんだ?」

「おい見ろ! 地面が動いてる!」


 獣人達が騒ぎ出す。俺も目を開けると……


 ニョキッ ニョキニョキッ ニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキニョキッ


 おぉ! 耕した畑いっぱいに芽が出てからクルクルと丸まって大きくなっていく!

 これはキャベツだ! 千、二千どころではない。

 目の前には数万玉を超えるキャベツが緑の絨毯のように生っているではないか!


 丸々と太った多くの房をもった枝豆も栽培に成功した。

 この世界にビールが無いのが悔やまれる。

 これは塩ゆですれば美味いに違いない。


「きゃー! すごいすごーい! 野菜がこんなに!」


 とアリアが嬉しそうに騒ぐ。

 獣人達も喜びの雄叫びをあげていた。


「これはすごい!」

「おい! 収穫するぞ!」

「これで腹いっぱい食えるぞ!」

「母ちゃん待ってろよ!」


 ガシッ


 俺の肩に手を置く者がいる。虎獣人のフゥだ。


「タケよ…… お前の力は本物だったのだな。感謝する……? おい大丈夫か!? 顔色が真っ青だぞ!」

「あぁ…… 魔力枯渇症一歩前だな。すまん、俺をルーのところに連れてってくれないか?」

「分かった! 乗れ!」

「わ、私も行きます!」


 フゥは俺をおぶってくれるようだ。

 フラフラしてまともに歩けそうにないからな。

 遠慮なくフゥの背中に乗る。


「よし! 行くぞ!」


 ダッダッダッダッ


 フゥは走りだす。さすがネコ科の獣人だ。

 風のような速さだ。あっという間にルーのもとに辿り着く。


「はぁはぁ…… 着いたぞ。降りられるか?」

「あぁ、ありがとな。って、これは……!?」


 フゥの背から降りると、目の前にあったのはピカピカに磨かれた石造りの浴槽だ。

 まるで大理石のようだな。かなり大きい。本当に百人は余裕で入れる超巨大浴槽だ。


「団長とタケか! どうだい!? 浴槽だがこれで満足かい!? 腕によりをかけた傑作だ!」


 とルーは嬉しそうに浴槽を自慢する。

 ははは、これは期待以上だ。一通り浴槽を確認すると、俺達を追ってきたアリアも到着する。


「はぁはぁ…… 速すぎですぅ…… って、すごーい! こんな大きなお風呂初めてみました!」

「そうだな。俺は今からここに湧出を発動する。そうだ、フゥとルーも一緒にどうだ?」


 と二人を誘ってみたのだが……


「むぅ。久しぶりに風呂に入ってみたいが部下がまだ仕事をしてるからな…… 今回は遠慮しよう。今日の仕事が終わったら部下を連れて利用させてもらう」

「俺もだ。団長を差し置いて風呂なんて入れねぇしな」


 そうか。ちょっと残念。せっかくだからみんなで入りたかったのだが。

 二人は俺達をここにおいて収穫作業の手伝いに向かった。


 俺は早急にMPを回復させる必要がある。

 俺がいなければ次の作物を育てられないからな。


 それじゃ始めるか。手を浴槽に向けて…… 


【湧出!】


 ゴゴゴゴゴゴッ


 ブシャアァァァァァッ


 先程と同じような湯柱があがる。すごい湯量だな。

 数分もすると浴槽いっぱいのお湯がたまった。

 温泉っていうより温水プールだな。


 準備は出来た。早速温泉に入るとするか。


「…………」


 ん? アリアがちらちらと俺のほうを見ている。

 モジモジと指先を弄っている。もしかして……


「入りたいのか?」

「…………」


 アリアは顔と長い耳を真っ赤にして俯いてしまった。

 どうしようかな。手ぬぐいしか持ってきてないぞ。

 体を隠す大きなタオルを用意しておけばよかった。

 

 でも断るのもな…… しょうがない。

 風呂は全裸で入るものだが、レディがいるから仕方ない。

 パンツだけは穿いておこう。マナー違反だがそれは許してほしい。

 どうせ俺とアリアしかいないからいいだろ。


 俺はパンツ一丁のまま浴槽に入る…… 


 ジワッ


 おぉ…… これは効きますなぁ……

 全身の疲れが取れ、癒されていくのを感じる……


 いかんいかん。一人で楽しんでいた。

 俺はアリアに背を向けて……


「見ないから入っておいで」

「は、はい!」


 アリアは嬉しそうに答える。


 ゴソゴソッ


 この音は服を脱いでいる音だ。

 そして次に聞こえてくる音は……


 チャポンッ


 アリアが浴槽に入ってきた。


「あぁ…… 気持ちいいですぅ…… 溶けちゃいそう……」

「…………」


 今度は俺が黙ってしまう。

 後ろには裸のアリアがいるのか。ちょっとくらい振り向いても……

 いかんいかん、何を考えてるんだ俺は。


 MPを回復するにはもう少し時間がかかる。

 温泉を楽しみながらアリアと話でもして待ってるか。

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