第60話 難民 其の二

 ユサユサッ


 ん…… 俺の肩に揺らす者がいる。もう少し眠っていたいところだが……


「先生? 大丈夫ですか?」


 目を開けるとアリアがいた。

 顔色は悪くないな。少しは回復したか。

 立ち上がって伸びをする。

 んー! まだ気怠さは抜けないが、俺も動けるな。


 辺りを見ると、すっかり日は暮れており、俺達が治療した獣人達が横たわっている。

 先程まで痛みに耐えかねて呻き声をあげていたが、今は静かに眠っているようだ。

 だが治療は最低限。多くを治療するために生命維持のギリギリで魔法をかけた。

 明日以降も治療は必要だろう。


 それも含め、今から状況を把握する必要がある。

 話を聞きにいかないと。フリン達が待っているのだ。


「行けるか?」

「はい!」


 と笑顔で応える。

 よし、それじゃみんなのところに向かうか。



◇◆◇


 

 天幕に入ると、中にはルネ、フリン、サシャ、それとテオとベルンド。

 各種族を治める者が集まっている。皆暗い表情だ。

 無理も無いか。だが慰めあっている暇は無い。さっそく始めるとしよう。


「遅くなってしまった。まずは俺から話す。その後に各自状況を伝えてくれ」


 俺は魔女王軍の軍師、リァンに会ったことを話す。

 その後傷付いた獣人の難民が押し寄せたこともだ。


「そうだったのか…… 魔女王め、一体何を考えているのだ?」


 初めに口を開いたのはテオだ。


「真意は分からない。だがこれは奴等の策であることは間違いない。で、南の森の状況は?」


 俺の質問にテオが答える。

 北の森の火事が飛び火して、少し森が焼けたぐらいで済んだそうだ。

 南の森はほとんど被害は無さそうだ。

 森はエルフにとって家に等しい。それに資源の宝庫でもある。

 南の森が無事だったのは嬉しいが……


 フリンの手をサシャが握っている。

 そうだよな。聞かなくても分かる。

 フリン達エルフは故郷でもある北の森を失ったんだ。


「フリン……」

「大丈夫だよ。辛いけどエルフの全てが死んだわけじゃないからね。でも北の森は焼けてしまった。里にいたエルフはほとんど死んでいたよ…… それと長…… いや、キリィの死体が見つかった」


 そうか、どうやらエルフの長であるキリィは俺達を魔女王軍に売ろうとしてたんだよな。

 それはユンから聞いた話なのでどこまで信用出来るか分からないが。


 元々ヴィジマは国土のほとんどが森林だったが一連の魔女王軍との戦いで南の森の一部しか残っていない。

 ほとんど丸坊主に近い状態だ。ほぼ壊滅と言ってもいいだろう。


「グルルルル…… では次は私だな。タケの指示に従い、獣人達のために炊き出しを行った。だがあの数だ。手持ちの兵糧はほとんど使い切ってしまった。明日には全て無くなってしまうだろう。

 御子様から聞いたが現在飛竜部隊がバルルから食料を持ってくる手はずになっている。だが飛竜の機動力を以てしても里からここまで十日はかかるだろう」


 十日か…… 何もしなかったら間違いなく餓死者が出るだろうな。


「テオ、南の森にある食料だが、どの程度蓄えてあるんだ?」

「期待しないでくれ。我らは森の民。恵みは森が与えてくれる。多少は米や麦は蓄えてあるが、一月食べていける程度だ」


 一月か。テオの話ではダークエルフの人口は子供から老人まで含めると十万人前後だと聞いたことがある。

 節約すればバルルからの食料支援が到着するまでに間に合うか。


 バサッ


 ん? 突然天幕に入ってくる者がいる。

 見張りの竜人だ。どうしたんだ?


「失礼します! 獣人の代表者が話したいと言っていますが、如何いたしましょう?」


 代表者か。そいつがリァンの息がかかっている危険性もあるが……

 そうだ!


「通してくれ」

「はっ!」


 俺の指示を受け、竜人が天幕に獣人を通す。

 あれ? こいつは…… さっき会った虎獣人だ。

 たしかフゥって名前だったか? 俺は心の中でルネに話しかける。


 ルネ、この人から嫌な気持ちは感じるか?


(このネコちゃんから?)


 虎だけどね。それはどうでもいいか。

 そうなんだ。この人を見て嫌な気持ちとか怒ってる気持ちを感じたら教えてくれ。


(ちょっと待って欲しいのー。ジー…… 多分大丈夫なのー)


 そうか。さすがはルネ。多少曖昧なところはあるが経路を使ってある程度感情を読み取ることが出来る。

 こいつが間者なら俺達に対する敵意を感じるはずだ。


「おいタケ……! 信用出来るのか……!?」


 とベルンドが心配そうに聞いてくる。

 大丈夫だよ。あんたらの御子様のお墨付きだ。

 俺はフゥに席に着くよう促す。


「此度は我らを救って頂き、感謝する。私はマルカで傭兵団を経営していたフゥと申す」

「虎のフゥさんか。よろしくな。で、何の用だ?」


 バッ


 フゥは突然席を立ち、俺達に向かって頭を地面に当てる。

 これは…… 見事なまでの土下座だ。この世界でも土下座ってあるんだな。


「頼む! 我らの仲間を救ってくれ! 我ら獣人は魔女王に敗れ、国を追われた! もう行くところが無いのだ! 頼む! ここに住むことを許可してくれ!」

「「「…………」」」


 皆声に出さない。

 ここにいる奴等はみんないい奴だ。

 魔女王軍相手に種族の垣根を超えて共に戦ってくれる大切な仲間。

 皆そう思っているはずだ。きっと獣人を助けたいと思っている。


 だが認めることが出来ないでいる。

 そりゃそうだ。戦うことも出来ない獣人が大勢で押しかけてきて、今後戦うのに必要な食料を食いつぶしていく。

 ここで下手に獣人を仲間にしたら、俺達の間で不信感が産まれるだろう。


 だが俺の答えは違う。獣人を見捨てたりはしない。

 これはリァンの策だ。だったらその策を逆手にとってやるさ。


 ガタッ


 ん? 俺が席を立とうとしたら先にアリアが席を立つじゃないか。

 アリアはそのままフゥのところに。


「フゥさん。顔を上げてください。私達は獣人さん達を助けますから心配しないで下さい」

「「「…………!?」」」


 皆アリアが暴走したとでも思ってるのだろう。ものすごく驚いた顔をしている。

 案の定テオが俺に小声で話しかけてきた。


「おいタケ……! アリアがあんなこと言ってるぞ! いいのか!」

「ん? もちろんだ。なぁフゥさん。あんたら獣人だが、全部でどれくらいいるか分かるか?」


 フゥは頭を上げることなく俺の問いに応える。


「百万はいるだろう……」

「なっ!? おいタケ! 私達は百万を超える民を食わせるだけの蓄えは無いんだぞ! それを分かってるのか!?」


 とテオが叫ぶ。おいおい、フゥに聞こえてるぞ。

 さて今度は俺が説明する番だな。


「フゥさん。座ってくれ。そんなんじゃ話が出来ない。それとアリア…… 勝手に話を進めるんじゃない」

「んふふ。先生ったら。フゥさんの言葉を聞いて笑ってたじゃないですか。どうせ助けるって言うつもりだったでしょ?」

「バレてたか。そういうことだ。それじゃ話す前に少し休憩しようか。アリア、コーヒーを淹れてくれるか?」

「はい!」


 さて、長くなりそうだし、その前に一服してこよう。

 外に出て懐からタバコを取り出し火をつける。


 ザッ


 ん? 俺の横に並ぶ者がいる。テオだ。

 テオは懐からパイプを取り出す。


「へぇ? テオも吸うんだな」

「お前は紙巻か。ふぅー…… 一服して落ち着かなければ…… おい、一体お前達は何を考えてるんだ? 自軍の状況くらい理解しているだろ?」


 テオは心配そうだ。まぁそれについては後で話す。

 今は貴重な一服を楽しむとしよう。

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