第61話 難民 其の三

「ふー……」


 俺はダークエルフの責任者であるテオと共に天幕を出て一服をしている。

 ふふ、テオも吸うんだな。貴重な喫煙仲間だ。


「でもさ、ダークエルフでタバコを吸うのはシャーマンだけなんだろ? テオもシャーマンなのか?」

「いいや。だがお婆ほどではないが精霊の声は聞こえる。タバコを吸うとよりはっきり聞こえてくるんだ」


「へぇ? じゃあ今精霊はなんて言ってる?」

「泣いてるよ。森が無くなってしまったからな。くそ…… なぜお前はそこまで余裕でいられるんだ? この状況を分かってるだろ?」


 まぁな。普通に考えたら絶望してもおかしくない。

 食料はほとんどなく、百万を超える難民が押し寄せた。

 その多くが傷付きまともに動ける状態ではない。


 自分達が助かるには難民を見捨てるしかないだろう。

 普通だったらな。


 俺は最後に深くタバコをふかし、吸い殻を焚き火の中に捨てる。


 ボッ


 吸い殻が音を立て燃える。

 ふぅ、これで一服終了っと。


「それじゃ戻ろうか」

「…………」


 テオは無言で天幕に戻る。中に入るとテーブルにコーヒーが用意されていた。

 アリアが淹れてくれたものだ。


「ありがとな」

「ふふ、どういたしまして」


 俺はカップをとってコーヒーを一口。

 うん、いい濃さだ。俺好みの苦さだな。


「ふぅ。それじゃ再開しようか。もう一度確認しよう。いまヴィジマには百万を超える獣人がいる。だが今の俺達には彼らを食わせるだけの食料は無い。南の森にある備蓄食料を使っても半月もたないだろう。

 バルルから届く食料もあるが焼け石に水だ。ここまではいいか?」


 バンッ


「グルルルル! そんなことは分かっている! 今更繰り返すな!」


 とベルンドが机を叩く。そんな怒るんじゃないよ。


「ねぇタケ…… 私がこんなこと言うのもなんだけど…… このままじゃ私達だって危ないんだよ。森が焼けてしまったんだ。今残ってる南の森じゃ生き残ったエルフに回す食料ぐらいしかない。

 アリアとあんたは獣人を助けるって言ったけど、そんなの無理。たしかにあんたは強いよ。でも神様じゃないんだ。何もないところからパンを生み出すことなんて出来ないんだよ」


 今度はサシャが口を開く。

 何もないところからパンか。そんな能力があったら便利だろうな。

 俺には出来ないけど。


「なるほど。たしかに俺には無から有は生み出せない。だがこんなことは出来るぞ」


 俺はポケットから豆を一粒取り出し、テーブルの上に置く。


「この豆がなんだっていうんだい? あんたの力でこれを樽いっぱいに増やせるとでも?」

「んー、惜しい。半分正解」


 さてそろそろみんなを安心させてやるか。

 これをするとかなり疲れるんだが…… しょうがない。


 スッ


 豆の上に手をかざす。


 そして時計をイメージする。


 時計の針が高速で回り始める。


 そのイメージのまま…… 


 オドを放出!


 カッ


 豆が光りを放つ……


 みんなそれを不思議そうに見つめている。


「グルルルル…… 何をした? 何も起こらんではないか?」

「まぁまぁ。もう少し待てって。お? そろそろだな」


 プルプルッ


 触れてもいないのに豆が細かに揺れている。そして……


 ピョコッ


「芽が出た……?」

「な、何をしたの?」


 フリンとサシャは目を丸くして豆を見つめている。

 ははは、二人の前でこの能力を発動するのは初めてだったな。


「これか。俺の能力の一つ、時間操作だ。豆の中の時間を早くしたんだ」

「すごい…… あ、分かった! 先生! これで私達は助かりますね!」


 さすがは一番弟子のアリアだ。俺の考えてることを理解したか。

 俺は時間操作を使い食料の生産時間を短縮するつもりだ。

 この能力を使えば栽培期間が短いものであれば一日。

 米や麦など栽培期間が長いものでも十日あれば収穫出来るだろ。


「ほ、本当にすごい能力だな。だがタケよ。この力があるんだったらなぜ魔女王軍との戦いで使わなかったのだ? 動きを止めてさえすれば無駄に戦う必要は無かっただろうに」


 なるほど。テオがそう思うのも無理はない。出来ることなら俺もそうしたい。

 だが時間操作を発動するには大量のオドが必要だ。

 それも相手の強さに比例して消費MPが増える。

 先に魔女王軍の将であるユンに向け時間操作を発動した時もほとんどのMPを持っていかれた。


 この能力は便利で強力だが、使いどころが難しい。

 下手に集団戦で発動すればMPを使い切ってしまい魔力枯渇症になりかねない。

 戦いの最中で意識を失えば死ぬだろうからな。


 まぁ世の中に万能なんてものは無い。必ずデメリットはあるのだ。

 だがこの力があれば食料不足で餓死者を出すような事態は避けることが出来る。


 虎獣人のフゥは自分達が厄介者であると思っていたのだろうが、それは違う。

 ヴィジマにやってきた獣人は百万を超える。子供や老人もいるだろうから戦える者は限られるだろう。

 だがその内二割でも俺達と共に戦ってくれるのであれば一番の戦力になり得る。


 それじゃフゥに聞いてみよう。


「なぁフゥさん。さっきあんたはここに住ませてくれと言ったな? むしろ俺からお願いする。ここにいてくれ。それとさらにお願いする。俺達と一緒に戦ってくれないか?」

「…………!?」


 フゥは答える代わりにその目から大粒の涙を流す。

 そして俺の手を両手で握ってきた。


「ありがとう…… 我ら獣人、命にかけてタケ殿にお仕えする……」

「命はかけなくていい。一緒に戦ってくれるだけでいいさ。でも死んでも恨まないでくれよ?」

「ははは…… 人族にも貴方のような人がいたのだな。テオ殿、ベルンド殿。しばらく迷惑をかけると思うが…… この恩は必ずお返しする。これからもよろしく頼む……」


 フゥは俺達に深々と頭を下げた。もうみんなの顔から不安は消えていた。

 それじゃ会議はそろそろ終わりだな。明日の予定だけ決めておこう。


「俺とアリアは明日も獣人の治療に向かう。ベルンドは引き続き炊き出しをしてくれ。テオは南の森から当面の食料をここに持ってくる。サシャとフリンは種もみと栽培期間が短めな野菜の種か苗を集めてくれ。

 フゥさんは……」

「タケ殿。私のことはフゥと呼んでください。救世主の貴方にさん付けなど……」

「だったら俺のことはタケと呼んでくれ」

 

 と言葉を被せる。俺は別に上に立つつもりはない。

 なんか流れでリーダーみたいなことになっているが、そんな堅苦しい呼び方をしないで欲しい。

 それに以前から付き合ってるこいつらは呼び捨てだしな。


「し、しかしそれでは示しがつかないのでは?」

「とにかく殿は止めろ。俺の名前はタケ。分かったか?」

「…………」


 フゥは不満そうにだが頷いてくれた。


「よし。それじゃフゥはサシャとフリンを手伝ってくれ。ついでにヴィジマに何があるのか見てくるといい」

「分かった。タケど…… タケ、これからもよろしく頼む」


 今殿って言いそうになったな? 

 ははは、それでいいさ。


「それじゃ今日の会議は終わりだ。また夜に集まろう。それじゃお休みな」


 俺とアリアは天幕を出る。さてどこで寝るかな。

 適当なところにテントを設営するか。ここはマルカから来た獣人だらけだ。

 彼らがテントも無く野宿しているのに、俺達がテントで寝るのはちょっと心苦しい。


(そうなの? なら向こうならあんまり人がいないのー)


 とルネが経路パスで伝えてくる。また勝手に思考を読んで…… ダメだぞ。


(ごめんなさいなのー)


 まぁいいか。俺はルネが指差すほうに進む。

 なるほど、川沿いね。雨が降ったら増水して危ないけど、今日は星空が出てるし大丈夫だろ。


 テントを立てると、ルネは早々に眠ってしまった。


「疲れてたんですね」

「そうだな。アリアは眠くないのか?」

「んー。ちょっと興奮しちゃって。まだ寝れそうにありません」

「そうか。コーヒー飲むか?」

「ふふ、いただきます」


 寝る前に星空の下でお茶会をする。コーヒーをアリアに渡すと……


「ん…… 美味しいです。ふふ、やっぱり先生ってすごいですね。みんなどうしようか困ってたのに一発で解決しちゃいました」

 

 とアリアは褒めてくれたが、俺は悔しかった。策でリァンに負けた。

 だからこそリァンが仕掛けた策を逆手に取ってやろうと考えた。

 結果として、時間操作を使った食料生産を思いついたんだ。


 それをアリアに話すと……


「あはは、先生って意外と子供なんですね。悔しかったんですか?」

「そりゃそうさ。俺は負けず嫌いなんだ。やられっぱなしは性に合わなくてね。必ずリァンを策で負かしてやる」


 新しい目標が出来た。

 この世界を魔女王軍の支配から解き放つ。

 そしてリァンを倒す。必ずだ。


 そのためにも獣人達を助けてあげないとな。

 明日から忙しくなるぞ。

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